第16話 ■「弟子を作ろう」

 生誕会が終わってから一週間が経った。


 いままでほぼ放置状態だった裏庭は僕が毎日のように使い続けていたことで整備が行き届いた場所になった。


 練習後の僕の休憩場所の後ろ側には、本格的にメイドたちが休憩する場所が整備された。


 わが伯爵家はどうにもメイドたちに優しすぎる。

 まぁ、みんな喜んでくれているから良いけれど。


 そして変化として僕の日課、「魔法詠唱による魔力増加」「魔法陣の解析&改変」「身体能力強化」に「前世の知識習得」が加わった。


 とはいえ、これが非常に難しい。

 三十歳前で死んだ僕にとって例えば兵器には、サブマシンガンやガトリングガンと言った重火器、戦車や爆撃機、果ては核兵器といった知識はある。


 けど知識があるのと理解しているには、大きなへだたりがある。


 サブマシンガンの構造図や戦車の構造図をみても正直意味が分からない。

 何千年もの人間の歴史の中で蓄積された技術を独りで理解しようとするのが間違いだなぁと、思い始めていた。


 これについて本格的に動き始めるのは、『ギフト』でお願いした政治と技術に長けた人と出会ってからになりそうだ。


「エル様」


 そんな事をぼーっと考えながら紅茶を飲んでいた僕にファンナが声をかける。


「ん? ファンナさん何か用?」

「はい、クリスティア様がお越しになりましたが、こちらにお通してもよろしいでしょうか?」

「クリスが? うん、わかった、問題ないよ」

「それではお連れします」


 と、ファンナは軽く会釈をすると裏庭から去っていく。

 そういえば、クリスが僕の屋敷に来ることがあるって言っていたな。

 と思い出す。


 あー、しまった。お茶を飲んだら練習を始めようと思ってたので、運動しやすいラフな格好だった。


 とはいえ、いまからクリスを迎えるために着替えるという時間もなさそうだ。

 ……ま、いっか。会った際に謝ろう。


「エル様、クリスティア様をお連れしました」


 そう声をかけられて僕は振り返る。

 そこには、ファンナに付き添われて来たクリスがいた。

 生誕会の時に着ていたドレスに比べると質素とは言え、良い生地を使っているんだろうなぁと思わせる薄青色のドレスを着ている。

 うん、今日も可愛い。


「エルスティア殿、急な来訪にも関わらず、お会いしていただきありがとうございます」

「このような格好で失礼いたします。

 本日もお美しくそのドレスもお似合いです。クリスティア殿」


 とお互いに会釈後に顔を見合い、笑い出す。


「ここには面倒な大人もいないから。普通通りに会話してほしいわ。エル」

「一応、ファンナさんはいるけどね。

 まぁ、我が家のメイドは口が堅いから。大丈夫だよクリス」

「あら、そうだったわね。でもエルの御付きのメイドでしょ?信用しているわ。

 ちなみにだけれど『本日もお美しくそのドレスもお似合いです。』

 というのはお世辞だったのかしら?」


 と意地悪そうに聞いてくる。

 おいおい、五歳の女の子のトークスキルじゃないだろ。


「もちろん、僕は思ったことを言ってるさ」

「あら、それならばとても嬉しいわ。エル」


 と次は本当にうれしそうに微笑む。

 うーん、年相応と貴族としてのしたたかさを両方兼ね備えているなぁと、改めて感じる子だ。


「それで、エルは何をしていたの?」

「えっと、毎日の訓練を今から始めようと思っていたんだ」

「訓練? なに、それ、とても面白そうね。見ていってもいいかな?」

「うん、それはいいけど、特に面白いものでもないよ?」

「大丈夫よ問題ないわ」

「そう? それじゃその椅子でも使っておいてよ。

 ファンナさん、クリスにお茶を出してもらえるかな?」

「はい、かしこまりました。エル様」


 ファンナは僕とクリスに一礼をすると、クリス用のお茶を準備するために屋敷に向かっていく。

 それをクリスは見送った後、椅子に座る。


「それにしても、レインフォード様やエリザベート様もだけれど、メイドに対して優しいわよね」

「え? そうなのかな? 僕の家ではこれが普通だからよく分からないや」


「あっ、別に悪いとは言っていないの。

 むしろここのメイドたちは幸せそうに働いているから。

 エル達の態度をみて少し納得した。と言うのかしらね。

 大体の貴族たちは、メイドや使用人に対しては命令口調だから逆に新鮮なのよ」

「へー、そういうもんなのか。まぁ、僕の家では使用人含めて家族みたいな感じだからね」


「えぇ、とっても素敵なことだと思うわ」

「お褒め頂きありがとうございます。さてと、それじゃ訓練を始めるよ。

 本当に退屈だったら付き合ってもらわなくても大丈夫だからね」

「えぇ、お気遣いなく」


 一応了解を取った後に、僕はクリスから離れて立つ。

 ウォーターボールだと六十回詠唱してもほぼ疲れを感じなくなってきたのだが、次は魔力が枯渇するまでに時間がかかるという状況になっていた。

 なので効率を上げるため、最近はより魔法消費が激しいエアーストームをメインで詠唱している。


 名前の通り魔法詠唱すると周辺にかなりの強風が発生する。

 最初に詠唱した際にはその突風で休憩所のテーブルや椅子が飛んであわや大惨事になってしまった。

 メイドさん達のスカートの中が見えたのは眼福ではあったけどね。


 なのでそれからは、かなり休憩所からは離れて詠唱するよう気を付けている。

 最近は、頭の中にイメージすれば無詠唱で魔法を発動させることも出来るようになってきた。


 魔法陣の解析も行っているから、魔法に対してのイメージが付きやすくなったのかもしれない。


 ただ、今のように練習ではイメージすることは容易なのだけれど実戦を想定した場合、イメージを落ち着いてすることに不安があるので、短縮詠唱をトリガーとしての発動がメインになっている。

(この時点では、そもそも短縮詠唱がどれほど高技術なのかは知らなかったけど。)


 一度、深呼吸をして右手を前に突き出す。

 頭の中で竜巻をイメージし、本来は八小節からなる詠唱を『風よ、来たれ』に短縮して詠唱する。

 右手に熱い感覚を感じると同時に二十mほど先に竜巻が発生する。

 離れているにもかかわらず、僕が着ている服は強風によってはためく。

 竜巻が発生した場所にいれば、人程度であれば致死的な威力だ。


 この一詠唱でウォーターボール十詠唱分程度の魔力が必要なので、魔力をギリギリまで使い切るのに効率がいい。

 続けて六回詠唱を行う。それにより体に倦怠感を覚えたところで一息つく。


「エル、あなたすごいわね。これだけの魔法が使えるなんて!」

「そうなのかな? 四歳の頃から続けているからだと思うけど」


「魔法って誰かに教えてもらったの?」

「ううん、自分で勉強して覚えた感じかな」


「独りでやってここまでできるなんて。ねぇエル」

「何? クリス?」

「私にも魔法を教えてもらえないかしら?」


 いつもとは違う真剣な目で僕に聞いてくるクリス。

 単純な魔法への興味以外の何かがあるようだけれど、それを聞くのはなんだかはばかれる。


「うーん、構わないけど独学だから上達は保証できないよ?」

「えぇ、構わないわ。エル以外に頼んでも教えてくれるとは限らないから」

「ん? それってどういう」

「ううん、なんでもないの。ではエル先生、ご指導よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げ、にこりと笑ってくるクリス。

 ちくしょう、可愛いじゃねぇか。可愛いは正義!


 それからは、飲み物とお菓子を持ってきたファンナさんが見守る中、魔法の一通りの説明をする。


 クリスは頭もよく、適度に質問をされたが、どんどん理解していっていることがわかる。


「それじゃ、実際にウォーターボールの詠唱をやってみようか?」

「わかったわ、エル」


 クリスは僕の横に立つと、深呼吸をして右手を前に差し出し詠唱を開始する。


『我、求るは清涼なる水の加護。集え、せせらぎの流れ。ウォーターボール』


 だけど、クリスの右手の先に水弾は出てこない。


「うーん、自分の右手の先に水の塊ができるイメージが出来てた?」

「あ、なるほど、確かにイメージできてなかったかも。

 もう一度やってみるわ」


 再び、クリスは詠唱を開始する。

 そうすると、クリスの右手の先に水弾が出来上がる。


「おぉ、エル! 見て見て! 私にもできた!」

「うん、そうだね。

 それじゃ次は、その水弾をあの石に当てることをイメージしてみて」


 僕は、十mほど先にある石(僕がいつも標的にしていた石だ)を指さしクリスに言う。


「えぇ、わかったわ。」


 一呼吸置いて水弾は石に向かっていくと十㎝ほど右に逸れた場所にあたる。


「あぁ、外れちゃった」

「でも。すごいよ僕の最初は二mくらい逸れたから」

「だったら。先生の指導がいいのかもしれないわね。エル先生!」


 クリスはよほど嬉しかったのか。その後もウォーターボールの詠唱を続けた。

 魔法を覚えた最初の儀式(意識喪失)は、六回目の詠唱を行った後だった。

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