第17話 ■「魔法陣を改造してみよう」

 目を覚ましたクリスに素晴らしく素敵な笑顔で怒られた後、僕たちは一枚の紙を挟んで座っていた。


 ただの紙ではなく複雑な文様が規則的に描き込まれている。


「エル、これって魔法陣よね?」

「そうだよ。と言っても僕なりに過去の魔法陣を再構築してるから上手く発動するかが不明な、なんちゃって魔法陣だけどね」


「え? エルが作ったって事?」

「正確には僕が作った訳じゃないかな。本来の魔法陣をベースに改変しているだけだから。

 いつかは一から魔法を開発してみたいけどね」


「……ホント、エルって何者なのか分からなくなるわね」

「ただの伯爵公子だよ」

「エルと私の『ただ』の認識の間には物凄く距離がありそうだけど。

 ま、エルがどんな人か少し分かっただけ成果があったわね」


「なんだかひどい言われ様な気もするけど?」

「あら? 人との付き合いは相手の人となりを把握してから始めるものだとお母様も言ってたわ」


 なるほど、言われてみれば、会話は相手の趣味嗜好や考え方を理解していれば進めやすい。

 とりあえずは、そういう事で納得しておこう。


 今やっているのは、初級魔法の『ウォーターボール』の魔法陣の改造だ。

 魔法陣を解析しているうちに発見したのだけれど、魔法陣の文様と詠唱の文言には密接な関連性がある。


 たとえば、『ウォーターボール』の詠唱文言は『我、求るは清涼なる水の加護。集え、せせらぎの流れ。ウォーターボール』であるが、『我』『求る』『清涼なる』『水』『加護』『集え』『せせらぎの流れ』に分割できる。

 この一つ一つを『呪文じゅもん』と言う。


 そして魔法陣は呪文全てを文様化して描かれている。

 この世界の不思議の一つだけれど呪文=魔法陣の文様の関連付けが全員の意識内にできている。


 詠唱する際、無意識に脳内で呪文に関連した文様が魔法陣として形成され発動している。

 つまりは呪文を唱えれば、誰でも(十分な魔力さえあれば)魔法は使えるという事になる。


 この理由は何時か解明したいけれど、重要性は低いので後回しにしようと思っている。


 さて、ここで『ウォーターボール』だけれど、これは攻撃魔法に分類される。

 にも関わらず、呪文の中に『清涼なる』『加護』『せせらぎの流れ』のように攻撃するにしては似つかわしくない呪文があるな。

 とずっと思っていた。


 なのでその部分を自分なりにより威力が増すように、『我』『求る』『豪雨』『猛威』『集え』『水』『鏃』『貫く』の呪文で魔法陣を構成した。


 文様も手探りで少しずつ検討しながら開発したからかプログラマーだった経験から見ると無駄の多い処理をしているところが散見していた。

 そのため、文様についてもより最適化している。


「それでこの魔法陣は何の魔法なの?私、見たこともないんだけれど?」


 クリスが、そう聞いてきたため、理解できないだろうなぁと思いながらも説明をする。

 最初は意味が分からなかったのだろうけど、幾度と質問と回答をしているうちにクリスの顔はだんだんと真剣なものになっていく。


「エル、本当にあなた五歳なの? とても普通の子が思いつける発想じゃないと思うんだけれど?」


 そりゃそうだ、精神的には僕はもう三十歳を超えている。内緒だけど。

 人生経験だとクリスの六倍以上になる。


「僕もだけど、この発想についてこれるクリスもすごいと思うけどね」

「理解はできるわ。でも私には多分、何年たっても思いつかない。

 だって、私、いえ私以外のほとんどの人が魔法についてそんな疑問を持ったことすらないのだから。」


 なるほど、生まれた時から魔法が当たり前にある人にとってはそうなのかもしれない。

 クリスたちにとっては、『魔法はくあるべし』がもはや固定観念になっている。

 まぁ、それを非難するつもりは全くない。

 僕も前世では詰込み型教育で『なぜ?』『なに?』を考えもせずに大学を卒業したわけだし。


 僕の前世は、魔法なんて空想上のもので、無いからこそ憧れたものだ。

(三十歳まで童貞だったら本当に魔法使いになれるのかな? と妄想したこともあった)


 だからこそ、魔法をこの世界の人とは別の切り口で見ることが出来るのかもしれない。


「とはいえ、今まで話したことは、僕の想像でしかないからね。

 それが、ただの想像なのか現実なのか?

 が今から少しは分かるかもしれない」


 僕は、クリスに対して微笑む。なんだかクリスの頬が少し赤くなった気もするけれど…まぁ気のせいか。


「クリス、これが上手くいく保証はまったく無いから、少し離れていてくれるかな?」

「そうね。わかったわ」


 僕の向かいに座っていたクリスは立ち上がると、ファンナがいるあたりまで離れていく。

 さて、僕の妄想が正しいかどうか、新しい世界の一歩を踏み出そう。


 攻撃魔法ならば、求めるのはとにかく威力。

 そのために『豪雨』クラスの『猛威』となる『水』量を圧縮『集え』し、弓矢の『鏃』のように『貫く』文様にしたのだ。


(モノがモノだけにどれくらい魔力を取られるかわからない。まずは暴走しないように...)


 より意識を集中して魔法陣に魔力をゆっくりと流し込む。

 感覚としては普段の一.五倍位のペースで魔力が流れ込んでいるのだけれど、『豪雨』や『猛威』といった物騒な呪文を使ったにしては予想よりも低いのは最適化が上手くいったからだろうか?


 魔法陣の上にどんどん圧縮された水の塊は、次第に形が鏃のように変化していく。


 よしよし、想定通りにいっている。次に僕は、目標を意識する。


 目標は、普段の目標としている十m先の小石よりもさらに十m向こうにある三mほどの岩。


 通常のウォーターボールだとびくともしない強度があるけれど、さてどうなるか?


 魔力を十分に注ぎ込んだ後、水弾が目標に向かっていくイメージを持つと同時に水弾が魔法陣上から発射する。


 普段の三倍近い想定外の速度で……

 高圧縮された水弾(水の矢と言った方が近いか)の物理エネルギーを真正面から受けた岩はあっさりと亀裂が入る。


 収まりきらない水により十mほどの巨大な水柱が立ち、太陽の光を受けて綺麗な虹が出来上がる。


 二十m離れている僕も大量の水しぶきがかかるが、興奮で体が熱くなっている僕にとっては心地よい。


「よし、想像以上にうまくいったぞ!!」


 大成功に喜びながらクリスとファンナのほうに振り返る。


「ええ、成功して、と、て、も、よかったわね。エル。」

「ええ、おめでとうございます。エル様。成功したようで本当によろしかったです。本当に……」


 そこには、服だけではなく髪や顔からも水を滴らせながら、とてもとても素敵な笑顔で微笑む、クリスとファンナがいた。


 いやぁん、クリスもファンナも透けた服からお肌が見えてエロエロですぅ。


 ………と、考える間もなく僕は、二人の傍までいき、静かに土下座をしたのであった。

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