第2話《兆しのままに》

クリーチャー瑠衣・2

《兆しのままに》






 Creature:[名]1創造されたもの,(神の)被造物.2 生命のあるもの 




 瑠衣は高坂先生が好きだった。


 瑠衣は歌うことは好きだったが、楽譜が読めない。だから中学までは、音楽のテストというと、歌が自己流になってしまい、結果成績は低かった。だから歌が好きなわりに音楽の時間は嫌いだった。

 高校に入って、高坂先生に音楽を習うようになって認識が変わった。


「音楽って、音を楽しむって書きます。音楽をやっていて、自分が楽しければOKです。で、人を楽しませることができたらエクセレント!」

 だから、多少歌をアレンジ(中学では、音が外れていると減点された)しても、瑠衣が楽しくて聞いている他の生徒が喜んでうれたら、満点をくれた。

 それに高坂先生の美しさに、瑠衣は、いつも見とれていた。

 高坂先生は細身の美人。うりざね顔にきれいな一重目蓋、京都の舞妓さんにしたら、一番人気になるだろうなと、最初に見た時から思った。


「高坂先生に、こんな思いさせた奴、許さないからね!」


 そう叫ぶと、瑠衣は兆した想いのままに動き出した。

「ちょ、ちょっと立花さん!」

 呼び止める先生の声は聞こえたが、体が止まらなかった。

 職員室に入ると、職員室の作業台のいろんな書類といっしょに積んである内示書の山を文面が分かるように写メった。そして、上の方から二十枚ほどいただいた。

 職員室は、春休みに入ったこともあり年次休暇をとっている先生も多く、いつもの半分もいなかったが無人というわけではなかった。


 でも、誰も、瑠衣がしたことには気づかなかった。


 瑠衣は大好きな野球部の杉本が、珍しく向こうから声を掛けてくれたことにも気づかなかった。心の中には音楽準備室でボンヤリと魂が抜けたようになっている高坂先生の姿が映っている。


 内示書の高坂先生のところが二重写しのように、目に浮かんだ。


 高坂麗花(高麗香 コレイファ):〇(外国籍を表す)常勤講師 都立神楽坂高校へ移動


 高坂先生が外国籍だったのは意外だったが、それはなんの問題もなかった。自分に自信を取り戻させ、音楽の楽しさを教えてくれた先生が、自分の意志に反して移動させられること。そして、それを知った英語の岸本先生の心変わり。そして、こんな極秘文書が大量に印刷され、誰の目にも自由に見られるようにした校長の底意地の悪さだけが頭を占めていた。


「高坂先生、移動は不本意で、こんな内示書晒されてほしくなかったんだよね!?」


「立花さん……」

 ノックもせずに入ってきた瑠衣に高坂先生は、とっさに声も出なかった。

 瑠衣は、あえて岸本先生のことには触れなかった。触れれば先生が心の平衡が保てないと直観したから。

「立花さん!」

 瑠衣は返事も聞かずに準備室を飛び出した。いや聞いた気になっていた。先生が心で反応したことが、瑠衣には声で聞いたような気になっていた。


「これを見てください」


 瑠衣は、検索したわけでもなく、人に聞いたわけでもなく、都教委の指導一課長の机の上に内示書コピーの束を置き、スマホの映像を見せた。

「こ、これは……」

「違法です。これでは人事内容から、外国籍の先生の本名まで分かってしまいます。繰り返します。都の教育条例に違反し、職務権限を越えて、個人情報を暴露してしまっています。対処してください」

 一課長の頭には、驚愕、そして穏便な解決の二文字が浮かんでいた。

――こいつには解決の能力も意志も無い――

 そう思った瑠衣は、学年とクラス、名前を述べて一課の部屋を後にした。


「みなさん、これを見てください!」


 そう言って飛び込んだのは、都庁の記者クラブだった。

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