第2話 伊犂江グループの終焉
――2035年4月。
極限までのリアルを追求したVRMMO「Darkness spirits Online」――通称「DSO」が発売され、アメリカを中心に人気を博したが……あまりに
事件を重く受け止めた開発元のゲームメーカー「アーヴィング・コーポレーション」は全てのソフトを回収、発禁とした。この一連の騒動は「DSO事件」と呼ばれ、アーヴィング・コーポレーションにおける
また、同ソフトの開発費を提供していた日本の一大企業「伊犂江グループ」は、醜聞を恐れて「DSO」への関与を否定。事実の隠蔽を謀る。
――2036年12月。
アーヴィング・コーポレーションが送るVRFPS「Raging Army Online」のサービス中、「DSO」と同じゲームシステムが起動するという奇妙な事件が起きる。
調査に向かったFBI捜査官2名により、「DSO」元開発主任「アドルフ・ギルフォード」の関与が浮上。日本へ逃亡していた同人物を追い、1名の捜査官が来日した
――2037年5月。
東京駅発の新幹線第2車両の乗員乗客85名が、催眠ガスにより昏睡状態に陥る事件が発生。
ガスを散布した実行犯達を率いるアドルフ・ギルフォードは、眠った乗員乗客の意識を「DSO」の世界に転送させ、デスゲームの演出を目論んだが、現地に潜入していたFBI捜査官と居合わせた当事者により阻止された。
最終的に実行犯を含む容疑者全員が死亡し、伊犂江グループへの復讐という事件の真相は、会長・伊犂江芯の圧力もあり公にはされないまま、速やかに終息していった。事件の首謀者である男の名を取り、この1件は「ギルフォード事件」と呼ばれている。
――2038年1月。
サイバックパークにて開催された
観客を保護する目的で事件を隠蔽したヒーロー部の判断により、ショーの演出としてスペンサーは処理され、公的には無事にショーを終えたことにされている。
この件の裏には伊犂江芯の思惑が絡んでいたのだが、当時その事実が明るみに出ることはなかった。
――2038年2月。
人間を超人化させるデバイス「デザイアメダル」。その密売に伊犂江グループが関与しているという容疑が浮上し、会長である伊犂江芯は任意同行を求められた。
だが、ゲームデータを現実世界にコンバートするメダルを所持していた彼は、その力を利用し警官隊を殺害。本社ビルに立て篭もり、多数の死傷者を出した。
この事態を受け、地球防衛隊に所属する特殊部隊「セイバー
さらにデザイアメダルの犯罪に対抗しうる重要参考人として、天照学園より「レヴァイザー」が派遣され、伊犂江グループに対する包囲網が構築された。
その後、セイバーVとレヴァイザーの共同戦線により、怪人化した伊犂江芯は捕縛され、事件は終息に向かう。
――2038年3月。
大量殺人、デザイアメダル密売、「DSO事件」及び「ギルフォード事件」との事実関係の隠蔽。それらの悪業が改めて報道され、伊犂江グループは世間から激しく糾弾された。
伊犂江芯と側近の
世論からは同グループの解散を求める声もあったが、日本経済の一翼を担う伊犂江グループが突如倒れれば、さらなる経済的混乱が招かれるとも危惧されていた。そこで傘下企業を保護し経済の混乱を防ぐべく、伊犂江グループに並ぶ大財閥である
――2038年4月。
伊犂江芯の元妻、相次ぐ報道陣の糾弾に耐え切れず自殺。伊犂江家と蟻田家はマスコミの追及を回避するべく隠遁生活を強いられ、令嬢達は
――そして、2038年7月現在。
人々は、流れ行く月日の中で……「伊犂江グループ」も「DSO」も「ギルフォード事件」も、過去の事として忘れようとしていた。
◇
「……ありがとうございました、またお越しくださいませ」
森の中に佇む自然の喫茶店――「COFFEE&CAFEアトリ」の扉を開け、1組の男女が店を後にしていく。その背に頭を下げる1人のウェイトレスが、透き通るような声色で彼らを見送っていた。
やがて顔を上げた時、彼女の亜麻色のポニーテールがふわりと舞い上がる。誰もが振り向く絶世の美少女でありながら――その貌はどこか、儚い。
「……そろそろ混み合う時間帯だ。準備しておくぞ、チーフ」
「あっ……はい、そうですね」
そんな彼女の背に、穏やかな青年の声が掛けられる。カウンターに立つ、オールバックの男性は――碧い瞳で「チーフ」と呼ばれる彼女の表情を、静かに見据えていた。
「……顔に出ているぞ、チーフ。上司にこんなことは言いたくないが、客商売でそれは致命的だ」
「あ……ご、ごめんなさい、アレクサンダーさん」
「別に私に謝ることはない。ただ……」
頭を下げるチーフに手を振りながら、アレクサンダーと呼ばれた青年は隣を見遣る。今はもう、誰もいない隣を。
――かつて、2人の少年少女が笑い合っていたはずの、この空間を。
「君がいつまでもその調子では、彼女にも申し訳が立たんだろう」
「は、はい……。でも、どうしてこんなことに……優璃さんは、何も悪くないのにっ……」
「……それを決めるのは我々ではなく、世間だ。『彼』でさえ、それを止めることはできなかった」
アレクサンダーはカウンターから移動し、夏の陽射しが降り注ぐ窓辺に立つ。そしてガラス戸を解放し、手を伸ばすと――その腕に、一羽のカラスが留まった。
カラスらしからぬ、人懐こい様子でアレクサンダーに擦り寄る、この店のマスコット――「リク」。その嘴を撫でながら、碧眼の青年は黒い翼を見下ろしていた。チーフから、目を逸らすように。
「……これでよかったんだ。少なくとも、人々にとってはな」
やがて彼は再び、少年達がいたスペースに視線を向ける。言葉とは裏腹に、その貌は悲哀の色に満たされていた。客商売としては、致命的なほどに。
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