紅殻のレヴァイザー

オリーブドラブ

第1話 正義の代償


 扇状に広がる階段。そこを下った先の、噴水広場。伊犂江いりえグループ本社ビルの敷地である、その空間に佇む独りの男が、摩天楼の頂点に君臨する高層ビルを仰いでいた。

 筋骨逞しい肉体を、背広で覆い隠した初老の男は、闇夜の豪雨の只中にいながら――瞬きすらも惜しむように、自分の「城」を凝視している。


「……来たか」


 彼方から響く、バイクのエンジン音。数は3台。それを耳にした彼は、踵を返して振り返る。

 視線の先には――雨を弾き、水飛沫を撒き散らし、こちらへ猛進する3人の少年少女達の姿があった。赤と青、そしてピンク。3台のバイクを駆る彼らは、真っ直ぐにこの場を目指している。


 やがて青いバイクを操る少年が停止し、ヘルメットを脱ぎ捨て眩い金髪を露わにする。豪雨に濡らされた髪の先が、白い頬に張り付いていた。青い制服に袖を通す彼は、階段の上に立つ初老の男に毅然とした眼差しを向ける。

 それから一瞬遅れて、彼の隣に赤いバイク「VFR800X」が停まる。そこから颯爽と飛び降りた2人目の少年は、ヘルメットを脱ぎ鋭い眼差しで男を射抜いた。瞬く間にずぶ濡れになった黒髪と、マフラーのように首に巻かれた白タオルが、べったりと張り付いている。黒いライダースジャケットと赤いダメージジーンズも、雨の影響を受け持ち主の肌に密着していた。

 ――そして最後に、ピンクのバイクを駆る少女が、ふわりと舞い降りる。引き締まった肢体に密着した桃色のライダースーツを纏う彼女は、ヘルメットを脱ぎ黒の長髪を露わにした。


 暗雲と闇夜に包まれ、僅かな街灯にのみ照らされたこの空間に集った、4人の男女。彼らは今この瞬間――「全ての決着」を付けるためにいる。


「……伊犂江グループ会長、伊犂江芯いりえしん。デザイアメダル密売の容疑で、あなたに逮捕状が出ています。すでに……警察も動いたはずですが」

「ここに来たはずの警官隊の行方に、心当たりはありますか」

「私に逮捕状が出ていると知っていて、そう言うからには……答えなど分かりきっているのではないかな? ――レヴァイザー。セイバーピンク」


 レヴァイザーと呼ばれた少年と、セイバーピンクと呼ばれた少女は、男――伊犂江芯の発言から、彼が重ねた罪を悟る。苦々しい表情を浮かべ、唇を噛む2人を一瞥し……黒髪の少年が、一歩前へと進み出た。


「『DSO』への関与の隠蔽。デザイアメダルの密売。警官隊の殺害。それほどのことを繰り返して、あなたに何の得がある……!」

「グランタロト。……いや、飛香炫あすかひかる君。ヒーローたるもの、彼らのように冷静な振る舞いを心掛けるべきだ。そんなことでは、君に可愛い優璃ゆりを託すことはできん」

「……伊犂江さんが、あなたの娘が。どれほど悲しむことになるか、考えたことはあるのか!」

「あるとも。だからあの日、私は君を試したのだ。アーチボルドは、実にいい働きをしてくれた」

「やはりサイバックパークの件も、あなたが……!」


 娘の幸せ。ただそれだけのために多くの命を踏み躙り、災厄を齎した男を前に――飛香炫は、拳を震わせる。

 そんな彼を気遣うように、レヴァイザー……もとい天野猛あまのたけるは、彼の隣に歩み寄った。セイバーピンクこと輝咲玲奈きざきれなも、炫を庇うように芯に立ちはだかる。


「……どうしてですか。どうしてあなたは……優璃を、悲しませるようなことばかり……!」

「セイバーピンク――いや、玲奈君。これは、その優璃のために必要なことなのだよ。この先あの子は、悪鬼の娘として世間の糾弾を浴びることになる。その時のために……こうして君達を集めたのだ」

「それは、どういう……!?」

「君が知る必要はない。……これからも、あの子の良き友人・・・・であってくれたまえ」


 玲奈は芯の娘の今後を慮り、彼を糾弾する。彼女は芯の娘である伊犂江優璃いりえゆりとは中学時代の友人だったのだ。

 だが、娘の友人の訴えにも耳を貸さず――芯は彼女から炫へと視線を移す。


「……伊犂江芯。あなたにどんな事情があったのか、なぜこんなことになったのか……今の僕らには推し量る術がない。だが、今はただ、これ以上の被害を防ぐためにも――あなたを倒す必要がある」

「結構。私も君達との決着を望んでいるからこそ、この場を設けたのだ。そうでなくては困る」

「これ以上、伊犂江さんを泣かせるわけにはいかない。伊犂江芯、あなたを止める!」

「優璃のためにも……あなたの好きには、させないッ!」


 横一列に並んだ少年少女達は、同時に眼の色を「戦闘時」に切り替える。次の瞬間、炫は指先で十字を切り、玲奈と猛は流麗な動きで腕を振るった。


「発動!」

「変身!」

「セイバーピンクッ!」


 ――その「変身ポーズ」が決まる瞬間。彼らの全身を眩い輝きが包み、そこから3人のヒーローが顕現した。

 青いスーツとマスクで固めた「レヴァイザー」。桃色のスーツとマスクで武装する「セイバーピンク」。

 そして、臙脂色のスーツとベージュの鉄仮面を身に付ける、「紅殻勇者こうかくゆうしゃグランタロト」。


Set upセタップ!! Thirdサード generationジェネレーション!!』


 ――やがて、グランタロトのベルトから無機質な電子音声が轟く。共に戦場に立った3人のヒーローが、同時に各々の剣を構えたのは、その直後だった。


「そうだ……炫君。君は、それでいい」


 そんな彼らを――炫を、満足げな笑みを浮かべて見つめる芯は。懐から抜き出したゲーム機……を模ったベルトを、自身の腰に装着した。

 その直後、彼はベルトに備わっているボタンを入力する。


「――発動」


 そして、静かに。それでいて、この豪雨の中でも響き渡るほど、厳かに。芯は己の「変身」を宣言すると――激しい光の中に身を隠し。


Set upセタップ!! Firstファースト generationジェネレーション!!』


 グランタロトと同じ、電子音声と共に。オレンジ色のマントを纏う、純白の鎧騎士となって顕われた。

 「原始勇者げんしゆうしゃディアボロト」となった彼は、唯一無二の武器である鋼鉄の拳を鳴らして――悠然とした足取りで、階段を降りていく。


「私が使ったデザイアメダルの力を逆に利用し、君もグランタロトに変身した。……それはつまり、今日が決着の日になる、ということだな」

「……そうだ。もう全て、悪夢は終わらせる。あなたのゲームは、ここまでだ!」

「伊犂江芯。あなたのデザイアメダルを――破壊する!」

「これ以上……優璃を、悲しませないで!」


 階段を下り、ヒーロー達と同じ土俵に降り立つ白銀の帝王。その「最後の敵ラスボス」を前に、レヴァイザーとセイバーピンク、そしてグランタロトの3人は、戦意を露わに剣を構えた。


「いいだろう。……さぁ、飾りなさい。私という『悪』を絶つ、『正義』の物語を!」


 そんな彼らに、怯むことなく。帝王の鎧を纏う芯は、ディアボロトの力を振るい――「正義」を背負うヒーロー達に、躍り掛かるのだった。


 ◇


 ――2038年2月。

 東京都伊犂江グループ本社ビル前、噴水広場。


 その日、その場所。記録的豪雨に晒された、その時。


 伊犂江グループの名声は地に堕ち――日本経済の頂点に立つ一大企業としての歴史に、幕を下ろすのだった。



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