第5話 ファイヤーボール
◇◇◇◇◇
「びびって泣くんじゃねえぞ。ファイヤーボール!」
ジャットの手に集まった魔力が形づくられる。生み出されたのは初級の火魔法、ファイヤーボール。
テニスボールサイズで温かみのある赤色。
そいつがジャットの手から緩やかに発射される。
さて、どうしようか。
どうせ温度はちょっと熱めのお風呂程度で持続時間もない。
スピードも遅くって、風船でも投げたのかなってくらい。
全然脅威じゃないんだよね。
って、ジャットはビビらせるとか言ってたけど普通に俺に直撃コースじゃん。いや、ほんとどうしよう。
こんなの当たってもどうってことないし、別に余裕で避けられるけどジャットと義母のプライド刺激しちゃうしなー。
そこまで0.1秒くらいで考えて、俺は脳内で唱えた。
(マジックシールド!)
パシュン。
とファイヤーボールが消失。
「はっ!?」
「なっ!? まさかグレイ、あなた魔法を!?」
「えっ、そんなわけないじゃないですかお義母さま」
うん、魔法じゃないよ。ただ魔力をぶつけただけ。
本来の属性魔法だと相性とかいろいろあるけど、素の魔力をそのまま展開すればこういうことができちゃうんだ。
魔力が膨大で無属性の俺ならではだね。
「俺に当たりそうだったからジャット兄さんが消してくれたんですよね?」
俺がにこやかにそう言うと、ジャットは「えっ、おっ!? おお、そうだ」とのってきた。
「すごいや兄さん、魔法を消すこともできるんだ!」
次男のスニが我がことのように喜んでいる。
ジャットもバツが悪くなったのか、義母もさすがに魔法で子供に怪我をさせるところだったのに気づいて、何かごまかしながら立ち去っていく。
さあ、邪魔する奴はこれで消えた。
それじゃあ今日もタンパク質を採りにひと狩り行きますか!
――――第15話『なんか森で絡まれた』◇◇◇◇◇
「いくぜファイヤーシュート!」
俺の手から放たれたボールが兄のジャットに向かう。
「このっ! スーパーシールド!」
ボールを上半身で受け止め、こぼれそうになったのを慌てて押し留めたジャット。にやりと笑うと俺に視線を向けてボールを投げてくる。
すっと巧みに避ける俺。
「ナイスパス! ジャット兄さん!」
背後に位置していたスニがボールをキャッチ。
だが俺は今のがシュートでなくパスなのは読んでいたので、すでに距離を置いている。
スニは悔しそうな顔をしたが、ふっと顔を横に。
そこにはチーム一番のおちびさん。
「くらえトルネードシュート!」
「やばっ」
わわっと慌てるおちびの前に俺は飛びこんだ。ボールが幼児の背中に叩き込まれるその寸前、身体でガード。
「痛っ!?」
だが、無理な体勢がたたって腹に直撃させてしまった。落下と同時にボールが腹から転げていく。
「やったぜ、グレイのアウトだ!」
「待てよスニ兄さん、小さい子や女の子を狙うときは下投げで軽く当てるはずだろ」
「いいじゃないか、なんで小さいやつに甘くしないといけないんだよ!」
俺が腹をおさえながらルール違反を咎めると、スニはちょっと怯みながら正当化してきた。
「だめだぞスニ。俺たちは貴族なんだ。これも のぶれすおるーじゅだぞ」
ノブレスオブリージュな。
高貴なる者には責任があるって奴だ。
貴族は普段威張ってる分、弱者を守る義務があるんだって教え。
つい最近ネリィちゃんに教えられて知ったばかりの単語を掲げてジャットが弟を諭す。
スニも兄に言われてしぶしぶと分かったよと答える。
「そんじゃ今のノーカンね。俺のボールから再開するよー!」
俺は転がるボールを拾って不用意に近づいていたジャットに向けて投げ込んだ。
「なっ!? 卑怯だぞ!」
そう、俺たちが今やっているのはドッジボール。
小学生男子が好きなスポーツNo.1のアレだ。
この世界、スライムをあれこれと加工してゴムボールみたいにする技術はあるんだ。ただ球技ってのはまともなのは存在していない。騎士団とか町の自警団がファイヤーボール代わりに投げて、それを避ける練習にするみたいな使い方しかされていないんだ。
姉ちゃんになんでだよって突っ込まれたけど、これは原作だと将来、王都に行った俺がサッカーとかバスケとかを学園で広めるっていう伏線なんだ。
もちろんドッジボールを村の子どもたちに広めたのは俺たちだ。
この世界の攻略に当たって決めた方針。
対策① まず子どもたちをルーメアの祠に近づけない
これの対応として取り掛かったのが子供を現代日本のエンタメで虜にする作戦。現代日本が蓄積してきた様々な遊びをご紹介だ。
鬼ごっこや勇者ごっこくらいしかなかった子供たちに、ドッジボールなんていう洗練された遊びを教えてあげたら? そりゃもう夢中になるよね。これぞ知識チートって感じ。
自警団の練習用のボールを姉ちゃんが確保してきて、広場でチビたちを集めて遊んでたらたちまち周囲の子供たちがよってきて、もう一日中やってんの。
俺もルール説明から審判から順番決めとかの運営に大忙し。
ジャットとスニも初日のうちに見に来て、すっげえやりたそうにしてんの。
まあ俺は心が広いからジャットとスニも仲間に入れてやった。というか貴族で年長組のリーダーであるこの二人をハブにすると、取り巻きが参加しづらくなるからね。
まあその辺は姉ちゃんが上手いこと煽った。王都では騎士団のチームプレイの練習に使われてるトレーニングなんですよ、お兄様たちならすぐマスターできますわよねって。
何で知ってんだよって聞かれたら、いやほら、前にきた魔法属性の鑑定人から聞いたとかなんとか。
俺も適当に接待プレイで避けて当てられ、外して当たってフェイントに引っかかってと盛り上げてやったんだ。そしたらもう次の日には貴族ムーブで村の男子は全員強制参加よ。さすが未来の暴君。
まあドッジボールの魅力には抗えないよな。
俺も小学生のときは休憩時間のたびに校庭に飛び出てたもんだよ。あれ今思い返すと10分しかない休み時間でどうやって移動して1プレイしてたんだろな。
「あらあら、お兄様がたは野蛮ですわね」
「ほんとですわおほほほ」
広場の反対側から、ベンチに座った琴姉ちゃんたちの声。
テーブルには花や空のカップが乗せられ、刺繍の道具が広げられている。
お貴族様のティーパーティーごっこだ。
女の子組と一部のおとなしい男子は姉ちゃんの受け持ち。
アクセサリ作りや先鋭的な立体刺繍でもって女の子たちの心をがっつり掴んでる。
男子組は俺がジャットを上手くおだてて仕切らせてるけど、姉ちゃんは幼児なのに普通に女子組を仕切ってんのな。
「あらマリーお姉様、その花の色合いとてもおナイスですわ」
「あらネリィさん、ありがとうご存じですわ」
適当なお嬢さまムーブをかましつつも女の子たちは姉ちゃんの周りに集まって、ちくちく布に針をさしたりおしゃべりもノンストップと賑やかしい。
「やった! グレイ兄ちゃんにヒットだ!」
「あっ」
と、よそ見をしていたせいで兄貴チームの攻撃に当たってしまう。
いやホントは気づいてたよ。でも小さい子だからたまには当たってやらないと可哀想じゃん。別によけようとして足がもつれたわけじゃないんだ。
「やっぱり俺たちの勝ちだな」
「俺のトルネードシュートが効いてたんだよ」
さっそくマウントを取ってくるジャットたちがうざいので、俺はパンパンと手を叩いて場をしめる。
「そろそろ一回休憩入れよ。ネリィちゃんがお話してくれるって」
姉ちゃんが今からかよー、みたいな顔してるが気にせず俺は男子組を引き連れてベンチへ向かう。
ジャットたちもいそいそと、だが一番に姉ちゃんの元へ。
「ネリィ、今日はなんの話なんだ」
「今日はモモタロウスですよお兄さま。最強のオーガハンターの冒険譚です」
「ほー、面白そうだな」
皆をベンチに座らせ、姉ちゃんは特別席である木箱に座って語りだす。
「むかしむかし はるか彼方の大陸で、人々は凶悪なオーガに支配されて――――」
落ち着きのない幼稚園や小学生くらいの子どもたちがモモタロウスの活躍を絶対に聞き漏らさないぞと、姉ちゃんのかん高い声に真剣に聞き入っている。
娯楽の乏しい時代。姉ちゃんの語るこれまで知られていない物語に皆は夢中だ。
俺はそのすきに広場を離れて近くの商店へ。
向かったのは雑貨から布きれから装飾品にお菓子まで、なんでも扱うよろず屋。
王都の大商会からのれん分けされた小規模商会のその支店が開いてる店だ。
「ハンスさん、こんにちは」
「おや、グレイくん」
俺が挨拶したのはこの店の店長さん。
といっても店にいるのはこのハンスさんだけ。
あとは馬車の御者と護衛を務める大男の相棒が一人だけ。
この商店は月の半分も開いてなくて、その間は近隣の他の村や町を回って商品の仕入れや運搬を行う悲しきワンオペ店長だ。
実際もうすぐ買い出し出張に向かって祭りの前に戻ってくるスケジュールになっている。
「今日は何を持ってきてくれたんだい?」
期待をこめてそう聞いてくるハンスさんに、俺は答える。
「今日はおやつを買いに来たんだ。このねり飴を20個ちょうだい」
「そっか、また金儲けのタネを期待してるよ。はい、それじゃあ20個。お代は例の財布から引いておくから」
ハンスさんには姉ちゃんの立体刺繍の本気版を持ち込んでいる。街に行けば絶対に売れるって高値で買い取ってくれた。こっちは現代知識チートがあるからね。それ以外にもいろいろ良い物を提供してる。
対策② 金がないと始まらない
こっちはハンスさんが信用できる人だってのは分かってるから、原作で登場したネタを初手で容赦なくぶち込んでる。ってか原作で小出しにしてたのは単に思いついた順に出してただけだからな。
まあおかげで立体刺繍の材料費や子どもたちを引き寄せるためのおやつ代くらいは稼げてる。序盤資金の確保は原作チートの醍醐味だね。
「まいどどうも!」
ハンスさんの声をあとに店を出て広場に戻れば。
「さあ、ですがここで倒れたはずのフェンリル、グリフォン、ハイパーコングが立ち上がりました。『モモタロウスさまはぼくたちが守るんだああああ!』そして三匹は最後の力を振り絞って合体攻撃を繰り出しました」
「うわあああああ!」
「いっけええええ!」
モモタロウがハイライトを迎えて子どもたちが大興奮だ。
しっかし、昔話の桃太郎がまた派手なことになってんな。なんだよ合体攻撃って。姉ちゃんは小説家になれるね。
さっそく自分でも三匹のしもべの固有技を出してるおちびたちを見て、俺は考える。
そんじゃ次は
板の切れ端にモモタロウスやシンデレラのイラストを描いて、適当な必殺技を解説したフレーバーテキストを添えて。ゲーム性はジャンケンでいいだろ。
俺たちの言う事をちゃんと聞いていい子にしてたら、引かせてやるぜってスタイルで。
ジャットにも特別にモモタロウスをくれてやれば何でもいうこと聞くだろ。ガキはレアカードには勝てないってことを俺はよく知っている。あいつには俺たちの入れない母屋でいろいろやってもらうことがあるからな。
さあ、この村のエンタメは俺たち兄妹が支配してやるぜ。
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