第6話 封印解除

 ◇◇◇◇◇

 いよいよ夏祭りの当日。


 朝から賑やかな声や笛の音が村中に鳴り響く。

 だけど俺はハブられてるからいつも通り部屋で日課の魔力トレーニング。


「グレイ坊っちゃん、大変です!」

 そこへ俺たちのお世話をしてくれてるおばちゃんメイドが飛び込んできた。


「どうしたの、そんな慌てて」

「森の西側からワイルドボアが出てきたんですよ! いま男爵さまたちが討伐に向かいましたが、すぐ近くですから万一があったら大変です。祭りも中止になりますから、絶対に家から出ないようにしてください。絶対ですよ!」


「ふーん、ワイルドボアくらいどうってこと…………っと、それは大変だ! 俺は怖いから部屋にこもってるね。それより早くネリィちゃんの所にいってあげて」


 おばちゃんメイドをネリィちゃんのところ行かせると、俺はベッドにいつもの偽装を施す。

 そしてこっそりと外に出る。


 ワイルドボアが森の西側、村の近くにまで出てきたって?

 たしかに普通のイノシシの数倍の大きさで、クマみたいな爪とパワーを持った凶暴なモンスターが出れば村はパニックになるだろう。

 

 俺は村を囲む垣根の穴から抜け出ると、身体強化魔法を発動。

 猛ダッシュ―――で向かうのは森の西じゃない。


 ワイルドボアは大丈夫だろ。火魔法の使い手である父親に加えて俺の弓の師匠であるゴッゾ爺さんもいる。普通の村人には脅威でも、二人ならなんとかするはずだ。ゴッゾ爺さんはともかく、父親に俺の能力を明かすつもりはないから、そっちはおまかせする。


 俺が向かうのは森の東側だ。

 なんでワイルドボアが出たかを考える。


 前にゴッゾ爺さんに聞いたことがある。

 上位のモンスターがテリトリーを離れるのは、そこに餌が無くなったか、何かから逃げるためだって。自分よりも強い、もっと恐ろしい何かから。

 

 気になるのは、さっきかすかに感じた魔力の波動。

 その方向にあるのはジャットたちが儀式を行っているはずのルーメアを封印する祠。


「さっきのは気のせいじゃなかったってことかよ――――うおおおおお!」

 ギアを上げまくって数分で森の東側、祠のある場所についた。


「あれは!?」

 祠の周囲に倒れているのは村の子供たちと引率の大人たち。全員意識が無い。

 いや、巫女の婆ちゃんだけが辛うじて震えながら顔を上げてなにかを口にしている。

 その言葉を向けている相手は…………


――――22話 『ルーメア復活!?』◇◇◇◇◇



 祭りの

 村全体が明日の祭りの準備で慌ただしい。


 去年までは俺たち兄妹姉弟は祭りに極力関わらないように離れで大人しくするように言われているはずだが、今回はなし崩しに準備にがっつり加わっていて忙しい。

 この頃には姉ちゃんの立体刺繍は子供ばかりか大人の女性たちもを虜にしていて、今回の祭りの飾りにも採用されることになっていたのだ。


 義母? こんな地味な作業には近づかないから姉ちゃんの活躍は知らないだろうね。姉ちゃんは今は村の集会所で女性陣に指導と作業補助をしているところだ。


 俺もその手伝いをしていて、今は不足した道具を取りにきたところ。ていうか女性陣のおしゃべりパワーに押されて雑用を買ってでて逃げてきたところだ。

 

 あー、ドッジボールやりてえなあ。

 でも広場は祭りの準備で慌ただしいし、今日だけはメンバーも集まらない。

 まあ子供の見張りって意味では心配いらないけど。年長組の子供は何かしらの仕事を命じられてるだろうし、さすがにその下の幼児だけで祠にいくことはないから。


「んっ?」

 俺が布や刺繍のセットを持って離れを出たところで道を塞がれた。


 そこにいたのは義母。おでこの出たちょっと眼がきつめの美人って言えば美人な女性。

 姉ちゃんが言うには主人公が憑依転生しなかった悪役令嬢顔だって。何だそりゃ。


 で、その義母がなにをしに来たのかと思ったら、

「グレイ、私のジャットとスニはどこにいるのです! 知っていたら教えなさい!」


 兄貴共?

「祭りの支度してるんじゃないすか?」

 

 子供らのリーダーとして儀式に向かうんだから、この日のための良い服を準備してるんだって自分が自慢してたじゃん。

「いないからいってるのです!」


 なんで俺が知ってるんだよ。年下の俺に攫われたとでも思ってるのか? 

 そんな思いが顔に出てたのか、義母が顔をしかめて言った。

「いいから探しにいきなさい」

 

へいへいはーい」 


 そこで、男爵の従者の一人が駆け寄ってきた。

「奥様、大変です! 森の西側にワイルドボアが出ました!」


「なんですって!?」

 義母が慌てふためき従者と共に男爵のいる本宅へと駆け込んだ。俺もショックに呆然とした。


「グレイ!」

 入れ替わりで今度はネリィちゃんが近づいてきた。息が荒く、ここまで走ってきたのが分かる。


「姉ちゃん……まさか……」

 姉ちゃんの緊迫した表情で俺は悟る。


「さっきキモい魔力の波動を感じた。これ、ルーメアの封印が解けたってことよね」


 幼児期スキップが開けた俺の魔力増大ブーストは失敗したわけだが、まだ幼児の姉ちゃんはなんとかブースト期間が残っていた。だからスキップが開けてからのこの三ヶ月、毎日魔力使い切りのトレーニングをしていたんだ。


 赤ん坊から始めるより効率は悪いけど、元々の才能や魔力量はグレイよりはるかに上だからネリィちゃんは順調にレベルアップしていた。その向上した能力で祠の破壊で生じた魔力の放出を感知したんだ。


「いま森の西側にワイルドボアが出たって。間違いない、ルーメアの封印が解かれた証拠だよ」


 でも誰が?

 あそこまで自分で行ける子供はみんな祭りの準備に駆り出されてる。いや、いま聞いたばかりだ。ジャットとスニ。この2人がいない。

 

 なんだ? 自分がリーダーだからって予行練習しに行ったのか? そんな生真面目な性格じゃないだろう。

 だけど今はそんなこと言ってる場合じゃない。

 

「行こう。ほんとにジャットとスニか分かんないけど、放っとけばルーメアは利用した子供を取り殺そうとする」


 わずかでも対抗できそうなのはアシュフォード男爵くらいだけど、今はワイルドボアの討伐を任せるしかない。

 事情を理解して動けるのは俺たちだけだ。

 

 姉ちゃんが頷く。

 俺たちは近くにいた大人に離れにこもっていると言い残して、こっそり家の裏手へ。

 そのまま建物に隠れて村を囲む垣根の穴に向かう。

 幸い誰もがワイルドボアの件で騒いでいて、見つかることはなく村を出ることができた。

 そこから息を切らしながら全力で走る。


「遅い!」

「えっ、ちょっ!?」

 並んで走っている俺を、姉ちゃんが腕を取って止める。そしていきなりおんぶされた。


「えええ……」

 言うだけあって姉ちゃんは俺をおんぶしながらも走るスピードを上げていった。

「身体強化魔法、えげつねえ」


 そりゃ俺は理論を知ってるから、この世界の魔法のコツやら秘術を姉ちゃんに教えておいたけど、ここまで使いこなせるようになってたるんだもんな。

 自転車にでも乗ってるのかよというスピードで景色が流れていく。


「ははっ、夢でも見てるんかのう」

「舌噛むよ」

 と俺と姉ちゃんは原作第17話『ゴッゾ爺さんを救出するぞ』のワンシーン、森の奥で怪我をした狩人のゴッゾ爺さんを運ぶために隠してた身体強化魔法を明かした時のセリフを再現。

 

 原作グレイほどではないけど、俺たちは常人にはありえないスピードで祠にたどり着いた。

 木の影に隠れながら祠の様子を伺えば。


「はい、もうすぐ王都から王立がくえんのえらい先生がくるんです」

「まほうがすごい先生で、なんかほこらも見にくるんだって」

 

 ジャットとスニが熱に浮かされたような顔で懸命になにかを説明している。


 その相手が誰かはひと目で分かる。

 この村にはありえない異質な存在。黒いドレス状のラバースーツに身を包んだ金髪の美女。背中には小さな黒い羽根、細長い尻尾を揺らして妖艶な笑みを浮かべている。

 ジャットたちを魅了し、要石を破壊させて封印から抜け出した邪神の眷属ルーメアだ。


 俺が恐れていた展開に息をのんでいると、横からお尻の痛みと共に声がかけられる。


「おい愚弟、何だよあれ」

「いや、見ればルーメアだって分かるでしょ。それより俺、なんで尻をつねられてんの?」 

「そっちじゃねえよ。なんだよあの爆乳は」


 うん、あれはすごいよね。

 実はルーメアの胸部がすっごいことになってたんだ。ルーメアのモデルに使ってたのが天使爛漫エンジェルパラダイスのセクシー担当キスエルだったけど、自作品ではもっと魅力を上げようと思ってそういう外見設定にしてたんだよね。恥ずいからはっきり書いてなかったけど。

 やっぱ女神さまってば完全に俺の脳をスキャンしてんじゃん。


「いや、ほら、原作でちゃんと妖艶な美女って書いてあったじゃないですか」

「あれは妖艶じゃなくて下品って言うんだよ。リアリティ考えろよ。てめえファンタジーじゃねえんだぞ」

「ファンタジーですけど!?」


 と、俺と姉ちゃんがいつものノリで話していたが、ルーメアはそれからも兄たちからいろんな情報を引き出そうとしていた。


「ふうん。どうやらその先生というのはこの祠の調査に来るのが本題のようねえ。他にこんな田舎に王都のエリートが来る理由がないもの。これは邪鬼ガルガラン様の復活の兆しを捉えたということなんでしょうね。ふふっ、ガルガラン様に手が出せないからせめて眷属だけでも抑えようということ。ふっ、一歩遅かったようね」


「はい、そうです」

「そのとーりです」

 ジャットとスニが何も分からないままにルーメアの機嫌をとろうと雑な同意をする。

 くっそ、あいつらぺらぺらと喋りやがって。


「それにしてもあなたたち、何で祭りの前にここまで来てたのかしら。てっきり祭りではあの妙な兄妹に邪魔をされると覚悟してたから、助かったのだけど」


 とルーメアが頬に手を当て、首をかしげる。

 そうだよ。あの二人が余計なことをしでかしたからストーリーが狂ってくるじゃないか。そう思っていたら、


「お母さまは弟のグレイが嫌いだから」

「グレイはめーよあるぎしきには参加しちゃだめっていうから」

「だから俺たちはグレイの分の精霊石をこっそり取りに来たんです」


 えっ!? あいつら何を言って……


「おれたちは貴族だから、のぶれすおるーじゅしないといけないんです!」

「弱いやつを助けてやんないといけないんです!」


 ジャットとスニが自分たちは立派なことをしているんだから褒めて褒めてとでもいう、誇らしげな顔。

 当のルーメアはどうでもいいわあってな表情。


 だがこれであの二人が祭の前日にこんなところに来た理由が分かった。

 儀式に参加した子供は祠に魔除けの効果があるとされている精霊石を奉じるわけだけど、そこで前回の精霊石を回収する。

 まあ精霊石なんて言ってもただの翡翠の欠片だ。

 領地内の川で採取できる、そこそこ貴重であっても装飾品に使ったあとの余り物。


 それでも子供にとってはきらきら輝くステキなアイテムだ。勇者の証なのだと皆に自慢できる。持っていれば村のエリート層の証明になる。


 だから義母は俺を参加させたくないし、男爵も渋々ながら受け入れた。

 俺自身はどうでもよかった。そんなの主人公が子供らのピンチに駆けつけるための理由づけなんだから。


 だけど。

 あいつらはそんな物に価値を感じてて、それを手にできない俺にこっそり分けてやろうとしたんだ。


 何でだよ。お前らかませ要員だぞ。

 しょぼい語彙でグレイ様を罵倒してざまぁフラグを立てるのが仕事の。

 読者からも早くわからせようぜってコメントもらって、狙いどおりだぜって思ったよ。


 なのに、ちょっと一緒にドッジボールやっただけで仲間扱いかよ。チョロすぎだろ。チョロインかよ。


 …………ああ、くそっ、こんなの絶対たすけないといけないじゃないか!



※ゴッゾ爺さん

 原作15話に登場。

 森の浅部の小屋で一人暮らしをしている狩人。

 グレイがこっそり森で狩りをするようになって知り合う。最初はグレイの狩りの痕跡から、彼の解体技術がなっていないと文句をつけにきた。

 その際にグレイがゴッゾ爺さんの弓の腕を知って強引に弟子入り。

 人嫌いだが、酒が好物でそれを条件にグレイの弟子入りを許可。


 本作ではグレイとネリィが酒を手土産に狩りの話が聞きたいと会いに行って「さっすがー、知らなかったですー、すごーい、精霊の加護ありそー、そうなんですねー」と並べ立てたら即オチ。弟子入りはしていないが、祭りの際にルーメアが子供たちを操作しないようこっそり見守ってくれるはずだった。

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