第3話 魔法属性判定イベント開始
◇◇◇◇◇
「これは!」
俺が触れたオーブを覗き込んだ鑑定人が絶句した。
「どうですかな」
父であるアシュフォード男爵が尋ねる。
「ふん、どうせ平民の血。せいぜい土属性がいいところでしょう」
男爵の正室であり、世間的には義母である女性が吐きすてるように言う。
側室だった俺たちの母親は既に無くなってるのに、その頃の恨みを容赦なく子供にぶつけてくるのはどうなんだろね。
「その、これは……私も話にしか聞いたことはないのですが……ご子息は魔力自体はあるのですが、どうやら無属性です。つまり何の魔法も発動できないということです」
「はっ!?」
父親が絶句し、それから顔をこわばらせる。
「ふっ、フフフッ。やはり平民の子は所詮平民だったということね」
義母が高らかに笑い、その横にいる兄たちも爆笑。指をさし俺をバカにしてくる。
――――第7話『何もないがあるじゃない』◇◇◇◇◇
「おい、魔なしのグレイだぜ」
「わざわざかんてー人まで呼んでもらったのに、何のてきせーも無かったなんてアシュフォード家のはじさらしなんだぞ」
魔力判定の儀を受けて三日。
アシュフォード家の本宅から離れた別宅を出た俺は、兄たちにからまれていた。
「兄さん、何か用?」
俺より一つと二つ上のジャットとスニ。
主観だと初めて顔を見たのはつい最近なんだけど、その時からすでに俺のことは馬鹿にしてきていた悪ガキ二人。おやつに果物をかじってて、ぺっと種を吐き出して行儀も悪い。
「お母様から言われたんだ。今度王都からエライ先生が来るんだ。失礼のないようにお前は家にこもってろってさ」
「そうそう、王都のめーもん学園の先生なんだからな。魔なしが出てきたら怒られちゃうんだぞ」
「ふうん、分かった」
魔法が使えない扱いと判定された俺は、義母や兄たちにここぞとばかりに馬鹿にされていた。
原作だと魔力はあるけど無属性という、貴族の中で落ちこぼれという扱いだったけど、
むっとくるけど、中身が高校生な俺としては、いかにも子供って感じの嫌がらせに本気になるわけにもいかない。
「それよりお前、外に出ていいのかよ。お父様に宿題いいつけられてるだろ。ちゃんと終わったのか?」
「そうそう。お前は魔法が使えないんだから、剣や勉強ができなきゃしょーらい、ごくつぶしなんだぞ。さぼったらいいつけてやるからな」
「終わったよ」
字の書き取りや単語の暗記なんて、女神様に翻訳スキルを入れてもらってる俺にはまさに子供の遊びみたいなもんだ。
「嘘つくなよ、こんな早く終るわけないだろ!」
「本当だよ。もう一年分の宿題は済んだから。テキストの文章は全部読めるようになったよ」
「はあ? 俺たちだってまだ途中なんだぞ!」
「嘘じゃないって。じゃあ試しにその本を見せてよ。読んでみせるから」
長男ジャットが持っているのは父の蔵書である魔法の解説書。王都から学園の教師が訪れることを聞いて、こっそり持ち出したんじゃないかな。
「じゃあここを読んでみろ!」
適当に開いて見せてきたページ。
魔法陣の挿絵入りの細かい解説。俺はそれをすらすらと読み上げる。
「人は誰しも生まれながらに魔力を持つがそれを魔法という形にするには己の属性が定まっている必要が――――属性とは端的に言えば魔力を外部に出す際の型であり――――より詳細に現象を把握するほどに火が強く燃えるのである…………ってとこ」
この世界の属性は魔力を身体から放出する際の型の違いって感じ。散水ホースのヘッドを回転させるとシャワーや霧や直射とか水の出方が変わるけど、そんな感じの差があるのだ。
原作の俺は幼児期に鍛えすぎて型が定まる前に魔力の放出グセをつけたせいで、いわばヘッドをぶち壊して水をぶちまけてるから無属性扱いになってたんだよね。
まあ読むまでもなく、原作者特権で知ってるそんな魔法の設定をすらすら説明すると、
「「…………」」
兄二人があっけに取られている。
「どうせてきとーに言ってるだけだろ!」
「バカにすんなよ!」
二人は怒鳴るが、難しい単語や概念を連ねてよどみなく口にした俺の言葉を否定できずにいるのは明らかだった。その後の言葉が続かずに二人ともぐぬぬと悔しそうな顔。
ふっ、他愛ない。
所詮は子供よ。俺の知性の前にひれ伏すがよい。
「何をしてるんですか? お兄様たち」
そこへ家から出てきた姉ちゃんがニッコリと微笑みながら言う。
「あら、それは魔法の解説書ですか?」
やはり翻訳スキルで表紙タイトルを理解した姉ちゃん。
「ネリィか。そうだ、これはすごくむずかしい魔法の本なんだ」
「魔法にはぞくせいがあって、はっくするとつよくなるって書いてあるんだぞ」
「うわー兄様たち、さっすがー、知らなかったですー、すごーい、精霊の加護ありそー、そうなんですねー」
姉ちゃんが朗らかな笑顔で称賛の言葉を並べたてる。
雑すぎねえか、と思ったけど兄たちは、
「へへっ、ネリィはちゃんと分かってんだな、エライぞ」
「グレイとはちがっていい子じゃん」
すっかりのせられて、赤面して身をよじっていた。
「じゃあグレイ、分かってるな。王都の先生が来たらお前が魔なしなのに魔法の本が読めるとか嘘ついてるのがバレちゃうんだからな」
そして改めて俺に出しゃばるなと念を押して去っていった。
「はっ、チョロすぎ」
姉ちゃんが手にした紫色の果実をかじりながら言った。兄たちがおやつに持ってきていて、俺の前で自慢気に食べてたやつだ。去り際に姉ちゃんにまずいからくれてやるとかぶっきらぼうに押し付けてきてた。
「ヤバイな。俺、あんな小さい子を相手に大人の精神でマウント取っちゃてたんだな」
「おう、反省しろよ」
姉ちゃんの振りを見て反省したよ。
「んじゃ、さっさと行くか
「グレイです、お姉さま」
****
俺たちはある場所を目指し連れ立って村の中を進む。
まだ昼前の時間。畑仕事や家畜の世話をしている村人たちとすれ違う。
見るからに穏やかな農村の風景。
「おーう、ネリィちゃん、おはよう」
「はーい、おじさんもおはよう」
「あらネリィちゃん、どこ行くんだい?」
「ちょっとフィクスの実を取りに行ってきます」
「そうかい、遠くまでいかないように気をつけるんだよ」
「はーい、ありがとう」
うん、ほとんど姉ちゃんの方にばっかり声がかかるけど。それでも俺を蔑視や敵意の目で見てくるような人はいない。
義母が権力かざして威張ってばかりで村人に嫌われてるからな。その分、俺への同情が集まるのだ。
そんでおばさんに取りに行くっていったフィクスの実ってのはさっき姉ちゃんが食べてた紫色の果実。
おやつとして村の子供たちが自分で取りに行くくらいに、村の近場に自生しているっていう設定の果物。味と外見は地球でいうイチジクに似ている。実はあれのラテン語を元にした名前なんだ。
「ういしょっと」
俺は道なりの木に生えたフィクスの実をもぎ取り、ここまで背負ってきたカゴに放り入れる。
20分ほどかけてカゴの1/3が埋まった辺りで目的地についた。
目の前にあるのは苔がつき始めた祠。
山のふもとに半分埋もれるように、石で作られた筒型の砦みたいな建物。子供なら辛うじて入れるサイズで、小さな窓からは中にミニチュアみたいな祭壇があるのが見える。
「アレがそう?」
「うん、完全に俺の脳内イメージボード通りの形だ。すごいな女神様。原作だと『古めかしい祠』で済ませてたけど、完璧な仕上がりだよ」
「逆に怖くない? 頭んなか覗かれてんじゃん」
俺たちは別におやつの確保に来たわけじゃない。その名目でこの祠を訪れたのだ。
「これが100年前にこの国を滅ぼしかけた邪鬼ガルグラン、その眷属ルーメアを封印した祠なんだ」
「んで、こいつが夏の祭りで封印が解けちゃって、村が襲われるわけね」
「うん。もともと王都の地下で眠ってる邪鬼ガルグランが蘇ろうとしていて、それに呼応してこいつが先に力を取り戻してきてるんだ」
「たしか100年前の勇者に封じられてて、お祭り自体もその勇者の功績を祝うためのものって設定だったけ」
「そうそう。選ばれた子供だけでここまで練り歩いてきて、魔を封じる効果があるっていう精霊石を捧げるのが決まりになってて、そこを狙われちゃうんだ」
――――はーい、坊や。ちょっとこちらにいらっしゃい
眷属ルーメアの本体は封印されたままだけど、かろうじて使えるようになった念話でもって、精神力が低くて抵抗できない子供を誘導して封印の鍵である封印石を壊させるんだ。
――――さあ、祭壇の上にある魔法陣の刻まれた石板に触ってご覧なさい
ういしょっと、こんなふうにずりずりとズラしていってっと。
――――うふふ、そう。いい子ね。そのままそれを地面に叩き落とすのよ。そうすればお姉さんが坊やに素敵なご褒美をあげちゃうから
「このバカ!」
「おぶっ!?」
姉ちゃんの拳が俺に叩き込まれた。
――――ちっ、この小娘が余計なマネを
「あんたいま完全に操られてたわ! 『大人の精神だからもしも狙われても抵抗できるさ、ふっ』とか言ってたけどノーガードだったじゃん!」
「違うんすよ姉ちゃん。ルーメアの声が完全に桜庭杏奈ちゃんだったんですよ。俺の脳内アニメ化キャスティングのまんまで! こんなドリームなキャスティングされたら抵抗できるわけないじゃん!」
そう、悪魔っ娘でセクシーキャラのルーメアのボイス担当は俺の好きなラブコメアニメ『天使爛漫エンジェルパライダイス』のお色気要員である天使キスエルの声をあててる桜庭杏奈ちゃんだったのだ。妖艶なお姉様系キャラに定評のある声優さん。
あんな蠱惑的なボイスをリアルに叩き込まれたら惑わされないはずがないのだ。
ちなみに姉ちゃんの声は清楚系天使のシズエルを担当した長南杏ちゃん。せっかくの楚々とした控えめな声で、口にするのが弟への罵倒ばかりで台無し。
「オラこいや」
「ちょっ、痛い。姉ちゃん普通に痛いって」
姉ちゃんが小さな身体で信じられないくらいの力で俺に
何かというとすぐに決めてきた姉ちゃんの必殺技。正直もとの身体のときは胸が当たってくるんで俺も甘んじて受け入れていた面もなきにしもあらんかったが、今は普通に細腕が食い込んできてキツイ。
俺はそのまま祠を離れるまで連行されていった。
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