第7話:キャンプファイアー

 日が暮れ、夕焼け空が暗く染まって数十分が経過した空は、真っ暗で月しか見えない。

 沈んでしまった太陽の代わりに、キャンプファイアーの光が俺らを照らしていた。

 俺らはそのキャンプファイアーを、グランド端の小丘から眺めていた。

「マイムマイム踊りますんで、どうですか!?」

 このキャンプファイアーの係員らしき人が、そう叫ぶのが聞こえる。

 夜の雰囲気が生徒たちをその気にさせるのか、参加者は意外に多かった。

 ……まぁ男子が多くて女子が少ないのは、そういう事だろう。

「というか、本当に不参加で良いのか?」

 俺らはと言うと、ダンスには不参加だった。俺はする気ではいたが、彼女が反対したのだ。

「マイムマイムは知っているのよね?」

「まぁ一応は」

 中学一年の時だが、野外実習キャンプ合宿? で踊った事がある。

「キャンプファイアーの周りで踊るやつだろ? 男女がペアになって、一通り踊り終わったら、次のペアと交た……うん、行かなくて正解だな」

「正解ね」

 俺らの意見は一致した。

 というか俺自身が間抜けすぎる。経験者なのに重大な事を忘れて、参加しようとしていたのだ。

 彼女が他の男子と踊っている姿を考えてしまう。イライラする。

 現実に無い事なのにイライラしてしまうので、彼女の手を強く握ってしまった。

 我に返り、慌てて手を緩める。謝ろうと声をかけようとする。

 かける前に、彼女が俺の手を逆に強く握ってきた。

 思わずビックリするが、その握りは心地よかった。

 ……さっきやってしまった強握りは案外、彼女には心地よかった事かもしれない。

 そう考えていると、彼女の握りがギュッと強くなる。

 ちょっと痛い。っと考える間もなく更にギュッと、ギュウギュウと、万力のように急激に強くなる。

 思わず悲鳴が出そうになる。俺は唇を噛んで耐えようとした。

 「いいい……」

 手が千切れそうだ。

 え、もしかして怒ってる? 彼女の顔を見ようとするが、彼女は俯いており顔が見えない。更に締め付けが強くなる感触。

 絶対怒ってる。さっき俺がやってしまった強握りのこと絶対怒ってる。

 俺はそう確信したので、慌てて平謝りモードに入った。

「ご、ごめん! 強く握っちゃってごめん!!」

「……え?」

 彼女から返ってきたのは疑問の声。

 その声を聞いて、彼女が怒ってはいない。手を思いっきり握っていたのは別の要因であると分かった。

「強く握っていたの?」

「え、あ、うん。もしかして気が付いてなかった?」

「うん、まったく」

「……」

 うん、まったく。その声を聞いて俺はショックを受けた。

 もしかして、俺の握力弱すぎ?

 いや、俺の握力は両手とも30あるから、最低限はあるはずだ。弱すぎっというのはないはず。

 ああ、でも相手は彼女だ。女子トップクラスの肉体ならば、俺の握力などないも同然というレベルなのかも知れない。

 ……なんか悲しくなってきた。

 俺の落ちこみ具合を見て、励まそうとしてくれたのか、彼女が俺に声をかけてきた。

「考え事をしてて、気がつかなかったわ。ごめん」

「考え事?」

「ええ」

 考え事をしていてこちらに意識を向けていなかった。本当にそうなのか?

 握力が弱すぎて落ち込んでいる俺に対する、励ましというかフォローなのでは?

 そう思ったが、次の言葉に疑惑は完膚なきまで消滅した。

「……貴方が私とは別の女と踊っている姿を想像したのよ」

 それは深い感情がのった声で発音されていた。

「最初踊るのが一緒でも、時間が進めば次の人と踊るでしょう。しかも、どんどんと二人の距離が離れていく」

 感情の行き先の一つは俺だ。俺への執着の意識。

「しかも、貴方が一緒に踊るのは女性だけ。距離がどんどん離れながら私以外の女と踊っているの……!」

 そして、感情ベクトルは彼女自身に向いていた。

「それを想像するだけで、その女を殴り飛ばしたくなるのよ。想像上の人物のくせにね」 

 感情の名は、自己嫌悪だ。

 想像上の人物に嫉妬してしまったという。彼女自身への嫌悪だ。

「……」

 以前までの彼女。それも役決め前の彼女であれば、余り気にしなかっただろう。きっと「私だけを見て欲しい」とか真剣に言ってくれるだろう。彼女自身がその気持ちを封じ込めて、その気持ちを否定しているのは役決めの事があったからだろう。

 つまり、俺の事を思いあってくれているのだ。

 彼女自身の気持ちを封じ込めてまで、俺の学校生活を平穏にしようとしてくれている。

 別に今そんな事があっても、役決めのような事は起こらない。あの時とは状況が違う。……だが、そうであっても彼女はそう行動してくれている。

 それだけ悔いてくれているのだろう。ほとんど俺が悪いのに、彼女自身のミスであると、後悔してくれている。

 そうであれば俺のすべき行動は、その気持ちを尊重すべき言葉を発する事だろう。

「……それに似た事を、俺も想像してたよ」

 だから、彼女の言葉への返信はこうなった。

「俺もね、想像上の人物に嫉妬してさ」

 ギュッと彼女の手を握る。

「こうやって手を握ってしまったんだ。さらにマヌケな事に、我に帰るまでその事に気が付かなかったんだよ」

「……」

「お前の行動が、俺の行動と一致してて何か嬉しかったよ」

 返信は以上だ。

 彼女のフォロー話をする予定が、何故か嬉しいありがとうと言う感謝の言葉になってた。

 しかし、案外彼女へのフォローにはなってたらしく、

「……」

 顔を真っ赤にしていた。

 相当嬉しかったのだろうか?

「え、もしかして私、手を強く握っちゃってた?!」

 違った、恥ずかしがっていた。

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