第5話:私と一緒の感情を
「え、私?」
「うん、ジュリエット役をお願いします」
私が思わず出した言葉に、学級長がそう答えた。
……嫌だなぁ。
思わずそう思う。ジュリエット、つまりその物語のヒロインで主人公のロミオと結ばれることになる人物だ。物語上だとは言え、それはなんか嫌だった。
まぁ、彼がロミオとなって、ジュリエットが私以外の女になるよりはましだろうと、そう考えたときだった。
「ちょっと待って!」
彼が叫んだ。
いきなりの声に、クラスメイトの視線が彼に向かう。なんだなんだと好奇心を向けられた。しかし、彼はそう言った視線に気づいてないのか、そちらの方に目を向けない。
「あ? なんだよ?」
そんな場で初めに声を出したのは後ろで黒板に向かっていた副学級長だった。
「何がちょっと待ってなんだよ!」
副学級長がもう一度、声を荒げる。それに対して彼は、
「なんで彼女がジュリエット役なんだよ」
そう答えた。
……。
え? なんで彼女がジュリエット役? 彼は私がジュリエット役であることを疑問に思っている?
いや、多数決で決める事は周知なはず。つまり彼の言いたいことはそうじゃなくて――
「は? いや、多数決で決まったからに決まってんだろ?」
「だからって、彼女がジュリエット役をやる事はないだろ?」
彼がこちらを向いた。
目がいつもよりもギラギラしている。怒りに染まった顔をしている。
数秒後、彼は何かを決心したように顔を私から、副学級長へ向けてまた話し始めた。
「いや、何言ってんだお前?」
「何で彼女がジュリエット役をやらないといけないんだって言ってんだよ。彼女が困惑しているじゃないか!」
「……それはお前に困惑しているだけだと思んだが」
彼が副学級長と言い争っている間に、私はある確信を抱いた。
——彼も、私と同じような感情を持っている。
私はジュリエット役をやるのは何か嫌だ。でも、彼がロミオとなって、ジュリエットが私以外の女になるのはもっと嫌だ。
考えただけでも腹立たしい。
彼の視点ではその腹立たしい感情を今現在、体験しているのだろう。だから、このように行動してしまっているのだろう。
……しかし、彼がこのように怒るのは珍しい。
何らかの問題が起こった時、彼はまず自分に問題があると考えてしまうタイプだ。問題が怒ったら自分を責めてしまうタイプだ。
だから、こうやって他人に当たるのは凄く珍しくて――なんだか嬉しかった。
何だかよく分からない喜びが私の体内で芽吹き始めた。なんで私は嬉しいんだ? その疑問を感じるが、とにかく嬉しかった。とても嬉しかった。歓喜と言う感情が爆発するのを感じた。
彼の顔を見る。あのギラギラとした目が副学級長へ向いている。思わず声を荒げて喜びたいエモーショナルが膨らむ。体が熱くなる。なんだか恥ずかしい感情すら出てきて、目を向けるのを止めてしまう。
彼に対しての愛情が更に深くなるのが実感できた。
なんでそんな感情が出てきたのか? いや、理由とかどうでも良い。とにかく彼に触れたかった。
しかし、いきなり体を触るのはダメかもしれない、驚くかもしれない。なら、ワイシャツの裾に触れよう、それが良い、そうしよう。
ぎゅっと掴む。
ただ、それだけで幸せがあふれ出て、体がとろけそうになる。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
体を更に彼に寄せる。
私が私と認知できないくらい、私は私と認識するのを止めてしまっている。ただ、幸せを感じている。
……知らないうちに頬が濡れているのを感じた。
そこで私は少し、我に戻った。
何で私は歓喜しているのだろう? そう考えて、ある結論を考え付いた。
――私は彼に、同じような恋心を抱いてほしかったのだろう。
彼は私を愛しているのは間違いないだろう。でも、私とは少し恋のベクトルが違う。
嫉妬深いという共通点がある。でも、嫉妬した時の行動が違う。
彼は原因を自分と考えて、それを改善するために努力する。でも、私の場合は他人に原因があると考える。
だって、私たちは愛し合っているのだ。私たちは私たちで完結しているのだ。それが崩れる原因は――他人しかありえない。
そして今現在の彼は、そのような感情を抱いているのだ。
私と一緒の感情を抱いているのだ。
私と一緒の感情を。
私と一緒。
うれしい。
……とはいえ、いつまでも彼にべったりと裾を握っている場合じゃない。
彼の現状は災厄なのだ。
彼は今、副学級長へ叫んでいる。副学級長は周りからの評判も良くて、周りへの影響力が抜群な男だ。それに喧嘩を売っているように思える現状は喜ばしくない。
彼との仲を妨害するような問題が生まれてしまうかもしれない。
だから、そのような場を鎮静させなくては。
そう思って顔を上げると、
「そう、ローレンス!! その役、彼にしようぜ!」
副学級長の楽しそうな声によって、ある種の災厄が送られてきた。
@
黒板に書かれた役決めの文字を消す。この文字を書いた副学級長は僕よりも数十センチ背が高い。そのため時々背を伸ばさなくては文字が消せない。
「つらいなぁ……」
思わずそんな声がため息と共に出てくる。
LHRを利用した演劇の役決めが終わり、放課後。
あれだけ騒がしかった教室には、学級長になってしまった僕しかいない。静寂している。
そんな事を思いながら黒板消しを電動クリーナーで綺麗にしていると、
「お待たせ~。ほら、報酬のジュースだ」
陽気な声と共に副学級長が教室に入ってきて、ジュースを僕の方へ投げた。
クルクルと回るジュースをキャッチする。そして、ふたを開けて口に含む。
多数決アプリの工作料としてのジュースはオレンジジュースの味がした。
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