第4話:愛情たっぷり冷凍食品弁当

 一年前、一年生一学期ごろの話。

「えっと、ちょっとごめん」

「はい?」

 放課後の教室で、私は声をかけられた。ので顔をそちらに向ける。

 知らない男がいた。

「誰?」

「あ、そうだよね、ごめん」

 彼は自分の名前を言ったので、私も言う。

 よろしくなんて付け足して彼は言葉を出す。

「まあ、なんていうのか、その、お願いがあって来たんだ」

「お願い?」

「うん」

 男は一呼吸いれ、

「勉強を教えてほしいんだ。ほら君、あれでしょう? 学年一位なんでしょ?」

 教えてくれたらジュースおごるからさ。なんて付け加えて、男はそう言った。

 その時、私は変なのに絡まれたなぁっと思っていた。勉強教えるとか冗談でしょとも思っていた。

 ——その約七ヶ月後にそいつと恋人になるなんて、夢にも思わなかった。


 @


 図書館を出て行った後、授業を受けながら私は彼とこれからどうやって接していけば良いのかを考えていた。いや、考えようとしていた。

「——ぉい、大丈夫?」

「え、いや、大丈夫よ、大丈夫」

「……ホントぉ? なんかひどく憂鬱してる感じだけど」

「……まぁ色々あるのよ。いろいろね」

「へぇ。友人に相談してみたら?」

「今すぐ相談できる人は居ないわね」

「ゆ・う・じ・ん・!!」

「ふふふ」

「んにゃぁあ!! 酷い! ひどうすぎるよ!!」

 ばぁっか!! っと言いながら教室を出ていく彼女。

 その姿を見て、

「はぁ……」

 なんとか誤魔化せたかなっと一安心した。

 私は今もまだ困惑の渦に居た。気を抜いたら直ぐに泣きわめきそうになっていた。それほど精神がどうにかなりそうだった。

 過去の事を引きずるよりも、これからどうすれば良いのかを考える方が良い。それぐらい分かる。分かるのだけど、感情が未だに喚いでいた。

 授業中はどうにかできていた。勉強に集中すればなんとか精神を統一出来ていた。

 でもこんな昼休みとかだと、何もすることがなくてダメだ。頭がいろんな事を、余計な事を考えてしまう。

 私がちゃんとしていれば、感情をどうにか制御できていれば良かったのだ。悪かったのは私だけだ。私が悪かった。私は悪い。

 ちゃんとしていれば、彼のプライドを傷つける事も無く、今現在、

「……」

 こうして一人でご飯を食べることは無かったのだ。

 一人で昼飯を食べて感じたのは寂しさだ。いつもは彼が隣にいた、居てくれた。彼との会話は生産性皆無であったが楽しかった。自然に笑顔が生まれた。

 でも今はなんだ。何もない。教科書を見ながら食べているので、生産性という観点ならかなりあるが、心は虚無だ。何もない。

 そんな事を考えて、弁当が残り半分くらいになった時だった。

「あれ? 今日は一人なの? だったら一緒に食べようよ」

 男の声。机を引きずり、私の席にくっつける時の「ガン!」という音。

 顔を上げると、

「いやぁ、おいしそうだね、学年一位の弁当は」

 男のクラスメイトが私の弁当を覗きこんでいた。

 え、なにこれ。

「なぁ、俺の弁当と具を取り換えっこしない? 俺の弁当は母親の手作りなんだけどな。めっちゃうまいぞ!」

「え、あ、うん」

 動揺の余り了承する私。……いや、なに了承してんの私?!

 私の冷凍ミニハンバーグと、クラスメイトの母親手作りエビフライが交換された。冷えてもサクサクでおいしかった。

「いやぁ、冷凍なんだねこのハンバーグ。最近の技術ってすごいんだな」

「えっと、ははは……」

 しかし、距離が近い。近すぎる。

 このクラスメイトとはあまりかかわりが無いと思っていたのだけど。

「いやぁすっかり騙された気分だぜ」

「?」

「あ、いや違う。ごめんな。けっして学年一位をけなしているわけじゃぁないんだよ。最近まで付き合っていた彼女の話なんだよ」

 ちょい聞いてくれん? なんて前置きをして、

「最近までは彼女がいたんだけどさ、その時は毎日弁当を彼女に作ってもらってたんだよ。すごい嬉しかったんだけどさ、ハンバーグ。ハンバーグよ」

「ハンバーグが?」

「彼女がいつも入れてくれてたんだよ。手作りで美味しいよってな」

「いい話じゃないですか」

「君の弁当のハンバーグと同じ味がしたわ」

「ああ……」

 それは悲しい出来事ですね。としか言いようがなかった。

 というか何時までここに居る気だろう。私は今、彼に対してどう接していこうかと考えたいのだ。

 帰ってくれないかな。

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