このカップルは蚊にすら嫉妬する
春風 村木
日常編
第1話:蚊に嫉妬するカップル
「むあぁあああ!」
可愛らしい叫び声を揚げながら彼女は両手を叩いて頂きますポーズ。
だがしかし、蚊を潰すことは出来ずに空回り。
「ああっもう、いい加減にっ!」
ぶんぶん飛び回る蚊を相手に手をバンバン叩くが、彼女の華奢な手では捉えられない。
「もう辞めないか? 追い掛け回し始めて10分は経つぞ。いい加減に数学を教えてもらいたいんだけど」
そう声を掛けてみるが、無視。
こちらの事なんぞ認識していない。蚊のデストロイに入れ込んでいる。
「…………」
恋人の意識が蚊なんぞに向けられるのに腹が立った。蚊に相手に嫉妬するとは我ながら器が小さいな。
そう思いながら、網戸を開けた。
蚊は空いた網戸から外へ逃げだした。
「あ……」
蚊ハンターであった彼女は頬抜けた表情で外を見つめていた。
その表情を見て、どれだけアノ蚊に入れ込んでいたんだと笑いと、彼氏である俺の事もそのくらい入れ込んで欲しいという嫉妬が湧いてくる。
むかついたので彼女の頬でも引っ張って少し虐めてみようか。
そう思って近づいて――ビンタを食らった。
「何で開けたのよ……」
ビンタ実行犯である彼女は静かであった。先ほどは「うわああ」とか叫んでいたクセに今はその事を全然意識させない。
いや、彼女はもともと静かな人だ。さきほどの「うわああ」っとうるさくしていた方が稀な方だ。
でも今の彼女は異常に静かすぎる気がする。
「……何で開いたのって聞いてんのよっ」
彼女が再度聞いてきた。そこで彼女と目が合う。
ああなるほど、彼女は怒っていたのか。
「逆に何で蚊を追い掛け回していたんだよ。そんな必死になる必要が何処にあるんだよっ!」
びっくりした。自分の口に。気づいたら声を荒げてこんな事を叫んでいたのだ。
おかげか彼女がちじこまっているじゃないか。
「あ、えと……ごめん」
謝ることしかできない。
大声を出した原因は分かっている。蚊に嫉妬していたのだ。俺が自覚しているよりも。
だって仕方が無いじゃないか。初恋の人が彼女になったのだ。成績は全て学年一位な文武両道な彼女に。定期的に芸能界に興味ないかと連絡が来るというクールビューティーな美貌をもつ彼女に。
勉強も運動も見た目も、ましては趣味のゲームすら中途半端な俺が恋人となれたのだ。
手放したくない。
酷く醜い感情だなと思う。でもこの感情は消せそうに無かった。
つまり、彼女に暴言を吐いてしまった俺は涙目であった。嫌われてしまうのではないかと心が冷え込む。
だから彼女の言葉には驚いた。
「……だってアノ蚊は貴方の血を吸ったのよ」
確かに吸った。左の二の腕あたりで今も痒い。
だから何だと言うのだ。
「貴方は私の物なのよ。あんな蚊に血一滴与えるなんて嫌なのっ」
彼女の言葉は少々意味不明であった。
血くらいどうでもよい気がするが。
「どうでも良くないのっ! 貴方の事は誰にも渡したくないのっ!」
「その気持ちは痛いほど分かるけど、血はちょっと違うだろって」
「うぅ……分からずやぁ!」
分からずやとは言われても分からないものは分からないんですけど。
いや、一つ分かった事はあった。
――彼女も蚊に対して嫉妬していたのだ。
「こうなったら、私も貴方の血を飲むっ!」
そうして画びょう片手に迫るのは分からなかったが。
「ほら、人差し指出して」
「え、やだよ怖い」
「おりゃ」
「いぎゃあああああ!」
俺の人差し指を舐める彼女はエロかったです。
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