正義のヒーローはピーマンが嫌い
西藤有染
第1話「ひいろくん、ヒーローになる!」
ひいろくんは小学4年生。この前10才になって、新しい弟も出来てお兄さんになったけど、まだまだ子どもです。キライな食べ物もたくさんあります。
今日も、学校の給食で苦手なピーマンが出てきて、ひいろくんは困ってしまいました。
「うわあ、ピーマンだ。食べたくないなあ」
ひいろくんはピーマンが1番キライでした。色も気持ち悪いし、味も苦い、匂いも何となく苦手でした。いつものようにピーマンを横へ、そっとよけます。それをたけしくんに見つかってしまいました。
「やい、ひいろ。ヒーローのくせに好きキライするなよ。かっこ悪いぞ」
たけしくんは小学生にしては体が大きく、けんかも強く足も早い男の子です。クラスの男の子はみんなたけしくんのことが好きでした。そんなたけしくんに強く言われて、ひいろくんはおどろいて泣きそうになってしまいました。
「おい、泣くなよ。ヒーローのくせに泣き虫だな」
ヒーローのくせに。小さい頃からひいろくんが言われてからかわれてきた言葉です。そんなふうにからかわれるので、ひいろくんは自分の名前が好きではありませんでした。お父さんとお母さんが、「太陽の色のように辺りを照らす様に」とつけてくれた名前でしたが、もっとからかわれない名前が良かったと思っていました。
「ちょっとたけしくん、ひいろくんがかわいそうでしょ!」
そうやって声をあげたのはひかりちゃんでした。ひかりちゃんは、クラスの女の子のリーダーで、とても明るく真面目な子です。掃除の時に遊んでいると、まっさきに叱るような子なので、男の子からはきらわれていました。でも、ひいろくんは、そんなふうにはっきりと自分の意見を言えるひかりちゃんのことが好きでした。
ひかりちゃんは言葉を続けます。
「それに、好きキライするなって言ってるのに、この前プリン残してわたしにおしつけたでしょ! 人の事言えないよね?」
「あれはキライだから残したんじゃねえよ!」
「じゃあなんで残したのよ?」
「それは、その……」
おやおや、たけしくんは何も言い返せなくなってしまいました。それもそのはずです。たけしくんも、実はひかりちゃんの事が好きなのです。この前のプリンも、ひかりちゃんによろこんでほしくてあげたものでした。でも、たけしくんは素直になれないので、きらいだからあげる、という事にしたのです。そんな事、みんなの前で言えるはずがありません。
「ほら、やっぱりたけしくんも好ききらいしてるじゃん! ほら、ひいろくんに謝って」
「……ごめん」
「わたしじゃなくてひいろくんに!」
「ごめんな、ひいろ」
「え、いや、だいじょうぶだよ」
たけしくんがひかりちゃんのことを好きだと知っているひいろくんは、何となく申し訳無い気持ちになってしまいました。
「良かったね! ひいろくん」
そういってひかりちゃんに笑顔を向けられると、ひいろくんはドキッとしてしまいます。でも、たけしくんがふきげんそうにしているので、素直に喜ぶことができません。
すると突然、どかーんと大きな音がして壁がどこかへ飛んでいってしまいました。壁を吹き飛ばして現れたのは、見たことも無いバケモノでした。
「エーンエン。俺の名前は怪人エンエン。お前らに深い悲しみを味わせてやろう!」
何ということでしょう。そいつは自分を怪人と名乗ったではありませんか。
「怪人だって? そんなもんオレが倒してやる」
ケンカの強さに自信があるたけしくんが怪人エンエンの前に立ちはだかります。クラスの男の子たちからは、「がんばれー」と大きな応援の声が聞こえてきます。
「エーンエン。ガキが、俺様に勝てると思うなよ。くらえ! 悲しみ光線!」
たけしくんはその攻撃を避けようとしましたが、このまま避けたら他の人に当たってしまうと思い、避けるのをためらってしまいました。怪人の悲しみ光線がたけしくんに当たってしまいます。
「うわああああああん! うわああああああん!」
するとどうでしょう。あんなに強くて頼りになるたけしくんが、大声をあげて泣き始めてしまいました。
「エーンエン。俺様の悲しみ光線は当たると、そいつが1番悲しくなる映像を見せることができるんだ。1度当たると、しばらく泣き止まないぜ」
「うわああああああん! ママーーっ!」
「エーンエンエン。そいつはきっとお母さんがいなくなった映像でも見てるんじゃないかな」
何という恐ろしい技でしょう。あまりの恐ろしさに、皆逃げ出してしまいました。
「ちっ、ガキ共は逃げちまったか。……お、まだひとり残ってたか。なんだ、もう泣いてるのか。情けないな、エンエンエンエン」
そうです。ひいろくんだけは、怖すぎて、動くことが出来なくなってしまいました。
「そんなに泣き虫だと、俺様の悲しみ光線をくらったら、泣きすぎてちびっちまうかもしれないな、エンエンエンエン」
ゆっくりと近付いてくる怪人に、ひいろくんは何もすることができません。
「やめて! ひいろくんをいじめるなんて許さないわ!」
そこへ、ひかりちゃんが怪人の前に立ちはだかりました。でも、ひかりちゃんも怖がっています。その証拠に足がぶるぶるとふるえていました。
「エーンエンエン。じゃあお嬢ちゃんから先にこの悲しみ光線のえじきになってもらおうかな」
ひいろくんは、はっとしました。このままだと、ひかりちゃんが悲しみ光線でやられてしまう。それだけはイヤだ。ひかりちゃんだけは守りたい。そんな思いで立ち上がりました。
「なんだ? 坊主から先にやられたいのか」
「だめよひいろくん! 下がってて!」
「イヤだよ、ひかりちゃん。ぼくは、ひかりちゃんが泣くところなんて見たくない」
いいか、女の子は絶対になかせちゃいけないぞ? それは、ひいろくんのお父さんとの男の約束でした。
「ぼくは君を守るんだ!」
――それでこそヒーローです。
すると、突然どこからか声が聞こえてきました。
――私は正義の味方です。ひいろくん、君に力を与えましょう。
知らない人の話は聞いてはいけないと、お母さんはよく言っていましたが、その声には逆らおうとは思いませんでした。
――さあ、ひいろくん。そこに残してあるピーマンを食べるのです。
「え?」
――キライな物を克服しようとする力。それが、正義のヒーローの力の源となるのです。さあ。ピーマンを食べるのです!
ヒーローになる為に必要なことだとしても、苦手なピーマンを食べる事は少しためらってしまいます。おはしでつかんで口もとまで持ってくるのですが、どうしても口に入れることができません。
――早くしないと大切な人を守れませんよ!
そう言われたひいろくんは、しかたなく鼻をつまんでえいとピーマンを口の中にほうります。口の中に、苦い味が広がり、思わず口から出してしまいたくなりましたが、ひいろくんはガマンしました。あまりの苦さに、なみだがでてきそうになります。
――ひいろくん、頑張って下さい! それを飲み込んだらヒーローになれますよ!
そのことばを聞いて、ひいろくんはがんばってピーマンを飲みこみました。すると、どういうことでしょう。ひいろくんが光に包まれ始めたではありませんか。
突然のことに、怪人も、ひかりちゃんもびっくりしています。しばらくすると、光がおさまりました。そこには、真っ赤なヒーロースーツに身を包んだ、見たことの無い人が立っていました。
「ヒーロー、見! 参!」
それはひいろくんの声でした。そうです。ひいろくんはヒーローに変身したのです。ヒーローに変身したひいろくんは、大人のような体に成長していました。
「怪人エンエン! 悪いやつはこのヒーローがたおしてやる!」
「やれるものならやってみな! 悲しみ光線!」
おそろしい攻撃が、ヒーローに当たってしまいました。しかし、ヒーローには効いていません。
「なんで悲しみ光線が効いてないんだ!」
「僕のパワーは苦手を克服するパワー! 悲しみだって克服できるのさ!」
怪人の必殺技が効かないほどに、ヒーローの力は強かったのです。怪人は何も出来ずに、ヒーローにやられてしまいました。
「お、覚えてろよー!」
たまらず、怪人は逃げてしまいました。すると、ひいろくんはヒーローからもとの姿に戻りました。
「正義は必ず勝つ!」
そこへ、ひかりちゃんが寄ってきました。
「ひいろくんすごいね! 本当にヒーローだったんだ!」
目をかがやかせて話しかけてくるひかりちゃんにてれてしまい、ひいろくんは思わず顔をそむけてしまいます。
すると、まだ泣きつづけているたけしくんが目に入りました。ひいろくんは、おもむろにたけしくんに近寄り、ぎゅっとだきしめましました。ひいろくんが泣いているとき、お父さんがいつもやってくれていたことのマネをしたのです。
大きな声で泣いていたたけしくんの声は、少しずつ小さくなり、やがて泣きやみました。
「……どうしてオレを助けたんだよ。さっきお前にいじわるしただろ」
たけしくんが不思議そうにひいろくんにたずねました。
「だって、たけしくんは謝ってくれたでしょ? だったら、もう気にしないよ。それに、困っている人を助けるのはふつうのことでしょ?」
そのことばに、たけしくんは自分の今までの行動が恥ずかしくなり、顔を赤くして俯いてしまいました。
ひかりちゃんは、それを見て、
「やっぱりひいろくんは本物の正義ヒーローだよ!」
と、嬉しそうにひいろくんに抱きつきました。
それを見て、たけしくんはくやしそうな顔をしています。ひいろくんは、嬉しいような、困ったような、複雑な気持ちになってしまいました。
こうして、ひいろくんの正義のヒーローとしての日々が始まったのです。
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