ベッド下にグールなんて居るわけがない

高里奏

ベッド下にグールなんて居るわけがない

 幼い頃、カーテンの隙間や押入れの隙間から誰かが覗いていたり、すぅっと白い手が現れるのが怖かった。

 近頃はばかばかしいと思いながらも、海外の子供たちはなぜクローゼットやベッド下を恐れるのかが不思議だった。日本の子供はベッド下を恐れないのに、あちらさんは恐れる。

 ある仮説を立てるとしたら、日本のベッドは収納付きが多いことが考えられるだろう。

 尤も、今、私の使用しているベッドには収納が付いていない。ベッド下には空白がある。

 だからと言ってこの下からグールは出てこないし、私の父はある日突然ルーガルーに変身して母を食べたりはしない。サンタクロースなんて存在しないし、黒いサンタは現れず、父を食べてくれたりはしない。レイスだって妹を誘拐してくれたりなんてことはありえない。

 つまり何が言いたいかと言うと、私は家族が大嫌いだということだ。

 なにかとんでもないモンスターが現れて彼らを食い散らかしてくれないかと考える程度には嫌い。一緒に生活をするのが苦痛でならない。

 家を出たいと常日頃から考えているが、頭の固い彼らはそれを許可しない。

 困ったものだ。

 けれどもこの先の人生をすべて彼らに束縛されるなんて考えたくもない。

 だから、私は行動を起こすことを決意した。 

 ベッド下にグールなんているわけがない。

 けれど、人間はグールになれるんだ。

 しかしこの日本という国には刑法で殺人を罰する法がある。つまり、私が物理的に彼らを殺せば罰せられる。それでは自由を得ることは出来ない。やはりどこかから気味の悪い怪物でも現れて彼らを食べてくれるのが一番だ。

 

 真冬の北海道は氷点下の二桁になることも珍しくはない。そんな日に酒を飲むのは非常に危険だという認識は父母には無い。彼らは風呂上りに雪で冷やしたビールを飲む。

 普段は二缶飲むのだが、今日は余分に勧めると不思議に思う様子もなく、新しい缶に手を伸ばす。

 学校の、恋愛の、将来の、極めてどうでもいい話を根掘り葉掘り訊く父に、今度は日本酒を勧める。早く彼氏を作れとうるさい母にはさらにビールを勧めた。

 暫く酒を飲み続けた彼らはだらしなく眠っている。今夜の気温はベストだといえるだろう。

 酒の効果でよく眠っている二人を勝手口から外に運び出す。そして冷たい水を浴びさせてやる。

 妹は二階の自室で眠っているだろう。あれは後で考えよう。

 今日はもう眠ってしまおう。あとはきっと、ルーガルーかグールでもやってきて新鮮なご馳走に喰らいついてくれるだろう。

 部屋に戻ると妙な高揚感があり中々寝付けそうにはなかった。幼い頃に、押入れの隙間に何かを見つけたときのような、そんな奇妙な感覚がある。

 クリスマスが近くなると、黒いサンタを期待した頃のように、いや、サンタクロースを捕まえたい子供のような気分だ。そわそわと落ち着かない。奴が現れるのが楽しみで仕方が無い。そんな気分。

 ふわふわとした浮遊感。落ち着けない心境。ただ、明日の朝が楽しみで仕方が無い。


 朝はいつもより早く目が覚めた。目覚ましアラームより早く目覚めるなんて相当久しぶりであることは間違いない。

 急いで身支度を整え、外の様子を確認する。

 どうやら二人は完全な凍死体になっているようだ。

 これを見れば夫婦心中だと思うだろうか。いや、そう上手くはいくまい。

 死体を見つからないように処理しなくてはいけない。パイプ用洗剤で融かしてしまおうかとも考えた。しかし、それでは小さな骨の破片も残るだろう。

 死体を残さないためには、骨まで残さず食べてしまうことがベストだ。

 しかし、成人二人を喰らいつくすというのはいくらグールだって無理な話だ。とにかく凍っているうちに切り刻んで冷凍庫で保管しよう。犬に食わせるのもいいかもしれない。

 妹が起きる前に終わらせなくてはならない。

 凍っているとはいえ、包丁では難しいだろう。確か物置に斧があったはずだ。まずはあれを洗って消毒しよう。それから捌いていけばいい。男の方はよく太っている。食うところも多いはずだ。

 凍った肉をばらしていく。ずっしりと重く、血の匂いが充満する。

 先に頭皮を剥がし、パイプ用洗剤で融かして処分することにする。

 しかし、これでは時間が掛かってしまう。

 妹が起きる前に終わらせないと。

 そうだ、妹が起きる前に。

 起きなきゃいいんだ。

 もう、妹は目覚めない。それで全て済むじゃないか。

 ゆっくりと、妹の部屋に向う。

 よく眠っている。そのまま永遠に眠ればいい。

 枕を手にとって顔に押し付ける。

 すこし、暴れられたが、力で押し返す。結局私のほうが大きい。私のほうが力強い。

 暫く攻防を続け、びくりと身体を震わせた妹が大人しくなる。


 これでもう、起きることはない。


 骨は融かしてしまおう。

 肉は調理し、犬たちに最高の食事をあげる。

 人肉のステーキなんて豪勢じゃないのさ。

 あまりにも美味そうに貪るその姿を目にして、思わず余った肉を口にする。

 肉の味がじんわりと口の中に広まった。

 やや匂いがきつい。香草で調理すればまぁ食べれないことも無い味かもしれない。

 それよりもシチューがいいだろうか。ゆっくりと煮込めばいい。 

 ただ、急がなくては。

 人肉は長持ちしないのだから。


 ベッド下にグールなんて居るわけがない。

 だって、グールは人間の中に住んでいるのだから。



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ベッド下にグールなんて居るわけがない 高里奏 @KanadeTakasato

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