第3話 腐臭を司る魔物。
俺達がその場に到着すると、女性の首筋にゾンビが噛みついている場面だった。
出血も酷く、もう助かりそうもない。
放っておけばきっとその女性もゾンビ化してしまうだろう。
敵の数はゾンビが五体に、スケルトンが一体。
あの骨の奴は綺麗に食い尽くされたということだろうか。
「おうおう、敵発見じゃ! 行くぞガルス、お主の出番だ!」
「行く行く、行くから! まずこのロープを切ってからにああああ、引っ張らないでッ!」
ドル爺とガルスが、アンデットの群れに向かっている。
途中でガルスのロープが切られたから、まあ問題ないだろう。
しかし俺達の目的は、このアンデット達を倒す事ではない。
アンデットを作り出しているグールを見つけ出さなければならないのだ。
もう別部隊が援軍に駆けつけている。
この場はあの二人に任せれば良いだろう。
「ラクシャーサ、あれは二人に任せて、俺達はグールを探すぞ。グズグズしていたらまた逃げられるからな!」
「だな。だったらあのゾンビ達が出て来た場所は…………あった! あそこだ!」
その一軒だけは、入り口が荒らされ、扉が開いていた。
あの中にグールが潜んでいるのかもしれない。
俺は腰から扱い易い短い剣を抜き、その家の中へ入って行った。
その家の中は女性が逃げ回ったからか、水瓶の破片や生活用品が散らばり、グチャグチャに荒らされている。
広い家ではないが、幾つかの部屋がある。
ゆっくり一つづつ調べ、そして最後の部屋。
中は寝室になっていて、荒らされてはいるが、グールという魔物は見当たらない。
「…………マルクス、中には見当たらないな。何処か見逃したのか?」
「さあな。見逃す様な広さではなかったし、隠れられるような場所も見当たらなかった。グールの特性はあまりよく知られていない。何か逃げる手でも持っているのかもな?」
念の為に部屋の壁を刻んでみるが、特に何か居る感じはしていない。
天井は白く四角く区切られたもので、天井の張も見られず、隠れられる場所はない。
もう少し探してみるべきだろうか?
改めてこの部屋の中を確認してみると、荒らされたばかりで目新しい物は発見出来なかった。
まさかとは思い、ベットの下まで確認するが、やはり何処にもみつからない。
俺が部屋の中を出ようとすると、コンっと足物に何かが当たった。
家族の似顔絵が描かれた物で、決して上手いわけではないが、その人物像がよく分かる。
その中で一つ、見つからなかったものを見つけた。
似顔絵は六人の兄弟の姿だけしか描かれておらず、女の姿は描かれていなかった。
あの女はこの家の人物じゃないなら、グールの可能性がある。
もしそうだったなら、ここで逃したらまた見つからなくなってしまう!
「あの女が怪しい、ラクシャーサ外に出るぞ!」
「あいつが?! 分かった!」
外はまだ大勢の人間がゾンビ達と戦っていた。
女は…………居た!
近づくとまずいか?
まずはその女の状況を遠くから確認した。
目は見開き、多量の血が流れている。
人間なら確実に死んでいる状態だ。
だがそれがグールだとするなら、ただの死んだ振りをしている可能性が高い。
俺は思い切って近づくと、剣を振り上げ、その心臓辺りに剣を真っ直ぐ突き刺した。
…………反応がない。
違ったのか?
いやまだだ!
何度もこの手で逃げているなら、心臓を突き刺された事も一度や二度では済まないはずだ。
人の心臓の位置は。グールの急所ではないかもしれない。
今度は頭上に剣を向け、もう一度思いっきり振り下ろす。
俺の剣が頭に当たる寸前で、その女がガッと剣を掴んでとめたのだった。
片腕だけだというのに、力いっぱい押し込んでも、その剣は動かない。
ゾンビのような力ない目をしていない。
たぶんこいつで当たりだ。
グールの女が逆手の爪で俺を狙っている。
このまま動かせない剣を持ち続け、ダメージを受けるのは得策じゃない。
迷わず剣を手放し、後ろへと飛び退いた。
その瞬間、ラクシャーサによる弓の連射で、女の体は針鼠状になっている。
「これでどうだよ!」
「ラクシャーサ、まだ油断するな!」
何十本もの矢を食らい、それでも女は掴んだ剣を持ち換えている。
ゾンビと同等か、それ以上のタフさがあるのか。
その女グールは、俺達に向かって攻撃を仕掛けて来ていた。
持っていた武器をなくした俺は、愛用のロングソードを鞘から引き抜き、女グールへと挑み掛かる。
剣の刃が打ち付け合うが、相手の力は強い。
あまり無理はせず、ラクシャーサの矢の軌道上から体を外す。
その度にグールの体に矢が突き刺さり、突き出た矢が三本程増えていく。
戦いながら随分と慣れて来た。
このグール、力は強いが剣の腕はそれ程でもない。
それはそうか、魔物が剣の為に練習をする筈がないのだ。
「ふぅ…………」
一度息を吐き出し、冷静に相手の動きを見極めてみると、無暗やたらに剣を振り回しているだけだった。
それが分かってしまえば、後はどうとでもなる。
一気に終わらせるとしようか。
上段の構えから、力強く振りかぶられた一振りを半身で躱し、首元に向けて一気に剣を薙ぎ払った。
ザンっとその頭が吹き飛び、空中でその顔付きが変わっていた。
斬り飛ばされた頭が落ちると、その頭から小さな手足が生えると、その頭が俺へと跳びかかる。
「なるほど、お前が本体だったか」
ラクシャーサの支援で弓の矢が一本刺さり、襲い来る敵へ体を丸めて、白銀の刃を地に下ろす。
ザシュンっと空に居た頭が二つに分断さ、暴れていたゾンビ達が地に崩れた。
「この場に居る全員に告げる! 至急他にゾンビが居ないか確認しろ! もし居るのなら他にもグールが潜んでいるはずだ! さあ急げ!」
「おうおうこの
「あああああ、また縛るし! 自分で歩けるって言ってるじゃないかああああああああ!」
「じゃあ私も行って来るよ。マルクス、また後でな!」
「おう、充分気を付けて行って来いよ」
この場に集まった隊全てが散らばり、神都の中を確認して行く。
幸いな事に他にゾンビは見つからず、神都の平和は護られた。
しかし人の頭に化けるとは、恐ろしい相手も居たものだ。
今後は旅人の確認も入念にしなければならないな。
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