第三十九話
結果から言えば上手くいった。
だが、ルフィーナは一時間ほど使い物にならなくなり、その間姉妹にも似た様な事をやって欲しいとせがまれた。その後は他の料理人達。結局、厨房にいる娘達全員を相手にした。
彼女達要望の物語や劇のワンシーンの再現。やはり、自らの意思でするのとは違い羞恥が伴う。もう少し人目のない所でするべきだった。
そんなこんなでやや赤い顔のまま復活したルフィーナと蕩けた表情の姉妹、そして夢心地の料理人達とようやく調理に入る。
今回作るのはカツ。と言っても、トンカツでは無く、ワイバーンの肉で作るワイバーンカツだ。
ワイバーンとはファンタジーでお馴染みのドラゴンと同じ、トカゲを祖とする魔獣の一種だ。とは言ってもドラゴンよりは全然弱く、下等種に位置付けられている。それでも人間より強いうえ群れる為、熟練の冒険者や騎士達でも下手を討つ事がままある。
また、ドラゴン肉は鶏肉に近い肉質で旨味成分が多く脂肪が少ない、上位の竜種になればなるほどその傾向は強くなる。
そう言った理由もあり、ワイバーン肉は高級肉とされている。勿論、ドラゴン肉は最高級肉だ。王族に出す肉となると最高級のドラゴン肉の方が良いのかもしれないが、ドラゴンは討伐が難しくあまり市場に出回らない。故に、今回はワイバーンカツだ。いずれドラゴンカツも作ってみたいものだ。
「ほらほら、下拵えを早く済ましちまいな!遅れた分を取り返すさね!」
肉は前述の通りだが問題はパン粉。当然、そんなものは存在しない。となるとやる事は決まってくる。
「……」
「……」
ひたすら無心で、パンを細かく千切る姉妹。大変そうだが文句は出ない。彼女達はそう言うモノと理解しているからだろう。地球のパン粉を見せれば投げ出すかもしれないな。
そんな光景を肉の下処理をしながら眺める。
ルフィーナも顔は赤いままだが、初めて会った頃の快活さが戻ってきた。いや、戻ってきたというのは変か。俺が居なければ普通にこの状態だったんだし。時々、俺を盗み見るのはご愛嬌だろう。
ああ、やはり俺は最低だ。彼女を見て思い浮かぶのは「上手くやらないと」という歪んだ考え。ナンシーの事もあるし、シスターも最近いよいよ怪しい。いつか刺されるかもしれんな。
「皆さま、キャメロン様がご到着されました。料理の方をお願いします」
いつになくそんな事を考えていたが、厨房に入ってきたメイドのセリフによって引き戻される。
「来たか……それじゃあ、皆さん。仕上げの方よろしくお願いします」
「「「「はい(よ)」」」」
さて、キャメロン・コナーとの対面といきますか。
どんな人物なのか。焦らしに焦らされた分、ワクワクするじゃないか。
俺はカツを揚げながらそんな事を思った。
料理を乗せたサービスワゴンを押しながら廊下を進む。
「さてと……ルフィーナさん、よろしくお願いします」
「……はいよ」
うーむ、不満そうだ。そんなに俺様モードが良かったのか。また今度やってあげようじゃないか。この欲しがりめ。
「失礼いたします」
ルフィーナに扉を開けてもらい部屋へと入る。
入った部屋は以前のカレーの時にも使った部屋。普段は自室か書斎で食事する姫様は、滅多にこの部屋は使わない。それこそ、俺がここの来てからはカレーの時と今回で二度目だ。理由を聞いたら、『広い部屋で一人で食べてもつまらないじゃない』という返答をいただいた。全くもってその通りである。
その部屋には以前と同様、上座に座る姫様。そしてその対面に向かい合って座る人物がいた。
整った顔に穏やかな笑みを浮かべているが、どこか鋭さを持った精悍な顔つきしている。また煌びやかな騎士団服に身を包んでいるが、その上からでも鍛えられているのが分かる。騎士団長の名に恥じぬ強さのようだ。
彼がキャメロン・コナーか。なるほど、噂通りの人物のようだ。それに、姫様と並ぶととても絵になる。街の皆が沸き立つのも分かる気がする。俺程では無いもののカッコいい。これは親父たちの勘違いだったんじゃないか?嫌な感じなどしないぞ。
料理を並べつつ失礼にならない範囲で観察・分析し、そんな事を考える。
「あにうえ!」
おや、この声は。
見ると、姫様達の座るテーブルにはヴィヴィの姿もあった。
「これはこれは、ヴィヴィアナ殿下もいらっしゃったので?」
「どこから聞きつけたのか、貴方の料理を食べたいと言って来たのよ」
それは嬉しいが、相変わらず活発な子だ。良く見れば後ろにはシーナとニーナもいる。
すると殿下呼びが気に入らなかったのか、走ってくるなり俺に飛びつきポカポカと拳を振り下ろしてくる。
「やーっ!ヴィヴィってよんでっ!」
「え。流石に今それは……」
キャメロン・コナーの目もあるし。彼も目を丸くしている。
「やーっ!やーっ!やーっ!」
困ったな。
チラリと姫様を見ると。
「諦めなさい」
「……はい」
姫様がそう言う以上怒る意味も、必要も無いか。
「ヴィヴィ、よく来たね」
「あにうえ!うへへへ」
諦めて、ヴィヴィを抱き上げ頭を撫でる。
―――ゾクッ
その瞬間、何とも表現しがたい悪寒が体中を奔った。
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