第二十六話

 セバスが意味有り気な視線を俺に向け、帰っていく。


「ど、どうしました……?」

「服を脱いで奴隷紋を見せなさい」

「っ!!」


 あのジジイ、喋りやがった。確かにばれても何とかなるとは思ったけど、ばれるのとばらされるのでは全く意味合いが違う。

 蹴り飛ばした事への意趣返しか?どうする!?


「あ……」


 ヴィクトリアの姿が目に入る。

 ふっふっふっふっ、良い事を思いついた。


「殿下申し訳ありませんが服を脱ぐことは出来ません。今朝の事です。ヴィクトリアさんに稽古を付けて頂いていたのですが、実は始まる前に彼女に体を触られまくりました」

「んなっ!」

「肩に胸に腹に腕に足に、と。それはもうベタベタと遠慮無しに。彼女は私の体に興味を持ったのでしょう。この通り私の見た目は、奇跡と称せるほどに美しいです。ヴィクトリアさんを虜にしてしまったのかもしれません。なので今ここで裸になんてなってしまったら、最悪襲われるかもしれません。貞操のピンチです」

「き、きききき貴様」


 おお、顔が真っ赤だ。しかし耳まで赤いという事は、羞恥も含まれているのだろう。襲われる云々は兎も角、触ってきた事は事実なので彼女も強く反論できない。

 凛々しい女騎士が、羞恥と怒りに赤くなり震えながら僅かに目を潤ませ睨み付けてくる。何とも言えない感情がこの身を支配する。端的に言えばもの凄く興奮する。

 くっくっく、トドメだ。

 俺は自らの体を捻り、両手で抱き締める様に腕を回す。やや怯えながら、それでもどこか挑発するように。


「いやん♡えっちげぼらっっっ!」


 石突きでの一撃をいただきました。


「こ、こっここころ、ころっ」

「ゲホッ。ゔぅぅ」


 代償は大きかったが、これである程度誤魔化せた筈。

 チラリと姫様の方を見ると……冷めた視線が。うん、誤魔化しきれて無いようだ。


「トリア、落ち着きなさい」


 姫様の言葉にハッとするヴィクトリア。今彼女が震えているのは、怒りを抑えるためか、はたまた羞恥を堪えるためか。本命としては溢れ出る殺気だろう。フーッフーッと息が漏れているのが恐怖だ。


「今は冗談に乗ってあげる気分じゃないわ。奴隷紋の事を……あぁ、陛下と何を話したかも教えなさい」

「……はい」


 それなりに信頼関係を築いた今なら乗ってくれると思ったのだが、商会の時同様対応が冷たい。

 気を取り直し話せる事だけを話していく。神力・麒麟・手合わせ関係については誤魔化し、隠し話さないようにしながら。


「じゃあ、奴隷紋について知っているのはお父様とお母様、オスカーにユーゴとセバス、そして暗部の男。後はここに居るメンツだけね」

「はい」

「そう。なら皆、他言無用を心掛けなさい。独自に調べる事も許さないわ」

「「はっ」」


 混乱を避けるためか。良い判断だ。

 奴隷紋が魔力を流すだけで消えるとか、パニックは必至だろう。


「で、陛下とは軽い世間話をしたと」

「はい。いやー、王様だけじゃなくて他にも偉い人達が居てビックリでした。あはははは」

「嘘ね。貴方は嘘を吐くとき、誤魔化すとき変に口調が軽くなるわ」

「……」


 どうしよう。姫様得意気な顔だ。これがばれても良い嘘の時のポーズだなんて言えない。


「勿論話せない事もあるのは分かっているわ。一国の王との会話だもの。でも話せる事は話しなさい。普通奴隷になったら所持品は主に取り上げられる。でも私はそうしていない。奴隷じゃなく臣下でもいいと思っているから。だから奴隷紋の有る無しも問題にしないわ」


 姫様の顔が、目が真剣なものになる。相変わらず綺麗だ。


「マフション商会で槍を向けられ、王族を相手にしても全く物怖じしない胆力。朝のサブリナに関する書類の整理の時に見せた知識。何度も言うようだけど、私は貴方を高く買っているの」


 これは俺が悪いな。地球ではビジネスライクが基本だった。だから人に仕えるという感覚が良く分かっていなかった。確かに思い返せば、言葉こそ丁寧だが態度は軽い。軽すぎた。


「忠誠を捧げろとまでは言わないわ。それでももう少し貴方自身を曝け出して、もう少し私に従いなさい」


 反省しよう。態度を改めよう。

 なまじ彼女の方が年下だったため、何処か舐めていた、侮っていた。認めよう彼女は『主』だ。口では「従え」と言っているが顔は目は態度は、命令など無くても付いて行きたくなる雰囲気を纏っている。その姿は気高く、どうしようもなく惹きつけられる。

 ああ、これは決定だ。この世界に残ろう。やはり、何らかの目的に向かって真っ直ぐに進む女性の瞳は美しい。そして、あの瞳が見ている先にあるモノを一緒に見たい。

 差し当たっては陛下に頼まれた事に、本気で取り組むとしよう。


「……陛下に一つ頼み事をされました」

「頼み……貴方に?内容は?」

「キャメロン・コナー。殿調です」

「「なっ」」


 流石に皆驚いたようだ。クロエも僅かに眉が動いた。


「私は会った事が無いので、商会に居た頃に聞いた噂でしか知りません。しかしコナー侯爵家の者は総じて評判が良い。調べる必要性が分かりません。もしかして、本性はとでもない悪なのでしょうか?」

「そんなわけあるかっ!キャメロンはそんな男じゃないっ!」

「ひっ」


 なんだなんだ。ヴィクトリアに本気の殺意を叩きつけられたぞ。


「トリア落ち着きなさい。幼馴染を悪く言われて怒るのは分かるけど、グレンは陛下に頼まれたのよ」


 幼馴染なのか。ならこの激昂も納得だ。もしかしたらそれ以上の感情を抱いてるのかもしれないし。

 ん?そうなると複雑な三角関係という事に?いや、確固たる情報が無い以上先入観を持つべきではないか。


「し、しかしキャメロンはっ……」

「トリア、陛下が何を考えているかまでは分からないわ。だけど、これには訳があるはずよ」


 俺にも分からないんだよな。商会のお得意様でもあったし。ただ―――


「え、えっともしかしたら私を試す試験のようなものかもしれません。陛下も父親である以上、殿下の傍に私の様などこの馬の骨とも知れない、それも奴隷契約を弾くような男がいるのは簡単に許せるようなものでは無いでしょうし」


 ただ王様とユーゴ、それに親父がキャメロン・コナーに関して嫌な感じがすると言っていた。オスカーに関しては分からぬとの事。弟子として鍛えたり、幼少の頃より知る人物であるなど距離が近すぎるためだろう。


「それに、陛下や暗部も調べたけど何も出て来なかったそうです。殿下も調べているのですよね?」

「ええ、私も彼が婚約者候補に挙がった時と、正式に婚約者になった時に調べているわ。結果は勿論二回とも問題無しだったわ」


 となると王様達の勘違いか?いや、親父も同じ様に感じている以上六割は確定だな。後は俺自身で判断するとしよう。

 これだけの人間を謀っているのだとしたら一筋縄ではいかないだろうが、忠誠とまでは言わないがかなり姫様を気に入ってしまったので本気で臨むとしよう。


「ではやはり、何か他の目的があるのでしょう。なのであまりこちらを睨まないで下さい、ヴィクトリアさん。怖いです」


 サービスで目に涙を浮かべる。


「ふんっ」


 今朝の稽古で1くらいは好感度が上がったと思っていたが、今のでまた振出しらしい。いや、最悪マイナス値かも。マジ殺意だったし。

 だいたい人の恋路に関わるとか、あまり好きじゃないんだけどな。姫様がキャメロン・コナーをどう思っているかが分からんから、恋路と決まった訳じゃないけど。どちらにせよ下手に彼女達を突かない様にしよう。馬に蹴られるのは御免だ。


「と、取り敢えず私なりに動いてみたいと思います」

「好きになさい。ただ朝は必ず顔を出すこと。報告書を手伝いなさい」

「早朝稽古も忘れるなよ」

「ひ、ひゃい……」


 なかなかハードなスケジュールになりそうだ。稽古で殺されないようにしないと。


「あ、あと私が使える魔法ですが……おや?」


 ―――ッ――――!!―――ッ!!

 何やら外が騒がしい。


「クロエ」

「は」


 確認の為だろう。名を呼ばれたクロエが扉に向かう。

 と、そこへメイドが飛び込んできた。


「失礼しますっ。姫様そ、その……で…」

「報告ははっきりとせんかぁっ!」


 視線を彷徨わせ、口籠るメイドにヴィクトリアが一喝。


「暴動が起きました!!!」

「「「は?」」」


 メイドはやけくそとばかりに、そう声を上げ報告する。


「フィオランツァ殿が人質に取られております!」


 呆気に取られる俺達を余所に、メイドの報告は続く。

 ここでメイドは俺をチラリ。


「グレンを返せ、と。それのみを繰り返しています!」

「は?」


 俺?返せ?状況が全く読めん。一体何なんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る