第二話
「じゃあ遠慮なく、まずあんたは麒麟ってやつでいいのか?俺の世界の古い文献などで見たことがある」
『ほう。我が同胞の中には此の世界より飛び出して行った者もおるでな、そ奴らだろう』
つまり昔の人は地球で麒麟を見たということか。細部はともかく大まかにはそっくりなんだし。
話によると麒麟は数万年生きるらしく、その長い生に刺激を求めて多くの麒麟たちが飛び出して行ったらしい。
「どうやって地『あぁ、世界を渡る術については答えん。貴様が此処に居る理由、通ってきた扉についてもまた然り』‥‥‥さいですか」
地球に往く方法を聞こうとしたが、また被せてきた。
こいつ心を読めるんじゃないだろうな、タイミングが的確すぎる。
『心など読めん。貴様が分かりやすいだけだ』
読めてるじゃん!とツッコみたくなったが我慢し、自らの状態を今一度確認すると身体は小刻みに震え、顔には力が入り強張っていた。
話しているうちに麒麟が此処に現れた理由について最悪な展開がよぎり、ポーカーフェイスでいたつもりだが思った以上に動揺や焦りなどが顔と態度に出ていたみたいだ。
俺もまだまだ青いな。小僧呼ばわりも納得だ。
今一度大きく深呼吸し、麒麟と対峙する。雨足も弱まってきた。
『ふんっ。生意気な目をしおって』
「覚悟を決めたんでね」
『なら早うせい。雲も流れてきた、時間は無いぞ。』
俺が奴の目的に当たりを付けたことも、時間を稼ごうとしていることすらも察しているようだ。そしてあの雨雲とは密接な関係にあるらしく急かしてくる。電池みたいな役割なのだろうか。
「この指輪について何か知っているか」
『指輪?』
例の拾った指輪を見せながら聞く。
『貴様、どうやって其れを手に入れた』
「件の扉が崩れた場所に落ちていてな」
『扉が崩れただと?真か?』
「あ、ああ」
凄まじい気迫で聞いてくる麒麟に若干気圧されながら答える。
『ということはこの小僧があの女の……?』
あの女?誰だ?
やはり色々と知っているみたいだ。
「そ『荷物が消えたと言っていたな。おそらく其の指輪の中だ。我に言えるのは此れだけだ。此れ以上は聞いてくれるな』……はいよ」
また被せて、いやそれより、指輪の中だと。異世界特有の魔法的なやつか?
「荷物よ出てこい‼」
右手を掲げそう叫んでみる。
『……』
「……」
ハズイ。とてつもなくハズイ。麒麟の白い目が容赦なく突き刺さる。
『……』
「……そろそろ時間切れか?」
『……そうだな、戯れも此処までだ。ほれ、最後の質問をせい』
共に先程の一連の流れを無かったことにし、互いに闘気を漲らせながら対峙する。
麒麟は立ち上がり軽く稲妻を躰中に迸らせ、俺はバタフライナイフを取り出しバックステップで距離を取る。
「じゃあ最後の質問だ。何しに俺の前に現れた」
『貴様を、異世界人を喰らう為よ。如何なる味なのか興味が尽きぬ』
思っていた通りだ。最初の会話から異世界人に用があること、重要なことは何も教えてくれないことから親切で現れたのでは無いことはすぐ分かった。やはりこいつもこの世界に留まっているだけで、刺激は欲しているのだろう。それで先程のセリフだ。
これが人だったら勝てるかどうかは別として戦うだけで済んだだろうが、生憎と目の前に居るのは地球では神獣扱いで会話も出来るとはいえ、結局は獣だからな。そりゃ喰われるわ。
「せめて片腕だけとか一部位で勘弁願いたいのだけど?」
『我の好物は心臓だ。次に内臓、そして頭。どれを差し出してくれる?』
そう言う麒麟の口が弧を描く。立派な牙だ。あれで骨ごとバリバリ行くのだろうか。
「そいつは無理だ」
『であろうよ。だが心配するな。此れでも我は貴様の事を気に入っているのでな、生きたまま喰らう様な酷な事はせぬ』
気に入ってくれているのなら食べないで欲しいのだけど、言っても無駄なことか。
「はは、それは嬉しいね。嬉しさの余り涙が出るぜ、ちくしょうっ」
『何、貴様が真にあの女に選ばれた存在であるなら、そう簡単には死にはせぬ筈。強運の証故な……。―――些か喋り過ぎた。』
そう言うと本格的に電気を纏い始める。最早問答は期待出来そうにない。
最後の最後で新たに気になる言葉が出てきたが、麒麟は完全に戦闘態勢に入っている為、こちらも隙を突かれぬようにナイフを構え、奴の一挙一動に神経を尖らせる。
麒麟が現れた時の状況から察するに、恐らく電気形態になれるのだろう。となると闇雲に攻めても容易く躱される。なれば狙うはカウンター。光速で動くであろう麒麟の攻撃を躱し、その際に出来る隙を狙いこちらの攻撃を的確に叩き込む。改めて言葉にすると難易度が高いのが分かる。てか無理だろコレ。
『―――では
麒麟は小さく呟くと一瞬にして、俺の懐に首を垂れた状態で潜り込んでくる。
「っ!!?」
そのまま流れるように首を貫かんと下から突き上げながら迫りくる角を躱し、すかさず露わになった首にナイフを走らせる。
ギィィィンッ バチッ
「
途轍もなく硬い鱗にナイフは弾かれ、お返しとばかりにナイフを伝って電流が流れてくる。腕が痺れる程度ではあるものの無視できない。
「ふっ!くっ!」
絶え間無く仕掛けてくる麒麟の攻撃を紙一重で避けていくが、息つく暇もない状況に疲労が溜まり時折感電するのも相まって動きが鈍り、深くは無いが確実に傷が増えていく。麒麟は角で牙で蹄で、俺もナイフで拳で蹴りでと時間にして一分弱、されどその攻防は優に五十を超える。
『驚いたな。魔法も魔力すら無しに此処まで粘るとは思わなんだ』
「はぁ、はぁ」
皮肉の一つでも返してやりたい所だが、如何せん息を整えるので精いっぱいだ。
『人の気配がする。其れと同胞の匂いも』
麒麟は何か呟くと風の方角に首を向ける。
「?……ふぅ~」
麒麟が何かに気を取られている間に、息を整える。ついで最後の手段である、いくつかの武器をチェックしていく。
大丈夫だ。問題なく使える。後はタイミングだけ。絶対に外さない瞬間を見極める。
『まだ距離はある。我が雷の全力を持って、貴様を屠るとしよう』
麒麟の躰が先程までとは比較にならない程、放電し始める。前足を広げ首は深く沈み、黄金に輝く角がこちらに向けられる。静電気で全身の毛が逆立つ。周囲の温度も上がっていく。奴の纏う電気の凄まじさが分かる。
恐らく今までよりも格段に速いスピードで突っ込んでくるのだろう。そしてあの角で貫かれると。一瞬たりとも気が抜けない。
睨み合うこと数秒、体感時間はもっと長い。奴が動いた。
「っ!しまっ!」
いや、正確には動いていない。角が伸びたのだ。いや、これも正確ではない。一際大きく輝いたと思ったら、角から電気が槍の様に伸び俺を貫いていた。
「ぐぅ、がはっ」
くそっ!見誤った!
登ってきた大量の血が口から溢れる。内臓が大ダメージを受けたようだ。
今までの攻撃が肉弾戦みたいなものばかりだったため、この魔法的攻撃を失念していた。だが魔法なんて知らない者からすれば、これは必然の結果だろう。
直前に違和感を覚えた為、横に飛ぶことで角の直線上から逸れるも時既に遅く、左の脇腹を貫かれていた。
それが引き抜かれると同時に、仰向けに倒れる。体は痺れ思うように動かず、貫かれた腹からはズブズブと煙が上がり、微かに肉の焼ける匂いがする。
『ふっ、旨そうな匂いだ』
「ごほっ……うるせー」
『楽にしてやる』
麒麟の牙が首に当たる。噛み切るつもりなのだろう。一見絶望的だが、俺にとっては又と無い最大のチャンスだ。痺れる腕を必死に動かし両腕で麒麟の頭を抱え込む。
『無駄な足掻きよ』
左手でナイフを振るい麒麟の注意を右手から逸らす。痺れのせいで覚束ない右手を懸命に動かし、それを
『鬱陶しいわっ!』
ナイフで執拗に目を狙っていたのだが、癇に障ったらしい。頭を軽く振り電撃を放ち、左手を弾かれる。弾かれた勢いで骨が折れる。もう左腕は使えない。
だが十分に時間は稼げた。
「ただでは……死なんぞ?」
ピィィンッ、という音が辺りに響く。
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