二章

第41話 感謝祭

 エルズバーグの感謝祭は地区ごとに二日ずつ、ずれて行われる。

 国の面積が広すぎて、国をあげて行うと産業が一気に停止してしまう為だ。

 何せ、こうした年に数回の祭りには皆、仕事を休んで楽しみたい。

 店という店は一斉に閉めてしまう。もちろん食べ物を扱う出店なんかも。

 楽士や踊り子だって休んでしまう。

 そうなると、飲んで食べて歌って踊って──楽しむことが出来なくなるのだ。

 それで地区ごとにずれて行い、他の地区が祭りで休みの地区に出向き稼ぐわけだ。

 中には年中無休で働き、稼ぐ商人もいるが……。


(王族も似たようなもんだね……)


 ロジオンはそっと溜息を付いた。








◇◇◇◇


 宮廷を背に上がる花火を背景に、メインバルコニーに集合する王族。

 中央には国の最高権力者であるロジオンの父の国王陛下。

 両脇・左には第一王妃が立ち、ずらりと第一王妃の嫡子達が並ぶ。

 第一王子のディリオン殿下夫妻とその子達。

 第二王子は他国へ婿養子に行ってしまったので飛ばして第三王子・アリオン夫妻とその子達。

 第四王子・エアロンが並ぶ。

 第一王妃が産んだ王女達は成人し、皆、他国や他の区域の有力貴族や豪商者達に嫁いでいった。


 右には第二王妃が立ち、すぐ横には第五王子のロジオンに第六王子のユリオン。

 第六王女のリーリヤ、第七王女のアラベラ、第八王女のイレインが並ぶ。


 男子は名前に統一感を持たせたと言うが、返ってややこしい。

 ややこしいが名前に連帯感を感じるのか、仲が良い。


 しかも──今年はきちんとロジオンが『王子』として参加している。


 同世代の民衆の女の子達に絶賛に人気のある、第六王子のユリオンと似た顔が並んでいる。

 どよめきから歓声に、甲高い女性達の声──ロジオンは手を振りながら『王室スマイル』と言う上品な笑顔で、宮廷に集まってきた民衆に応えた。




 バルコニーでのお披露目の時間が終わり、王族達は陛下である父と二人の王妃、それと後継者であるディリオン殿下夫妻は晩餐会に出席するが、後の兄弟達は自由である。

 年に数回ある国をあげての行事には勿論、王族全員の参加義務がある催しがあるが、下に生まれた者ほど拘束が少ない。

 その点、ロジオンは五番目なので、まだ気楽なわけだ。


 バルコニーから室内に入った途端にロジオンは、ヘナヘナと踞った。

 じんわりと汗を掻き、しかめっ面である。

「ロジオン様!」

 控えていたアデラが肩を貸し、ロジオンはゆっくり立ち上がったが、背中を丸めたままだ。


「兄上、大丈夫ですか?」

 すぐ隣にいたユリオンも寄り添い、肩を貸す──が、華奢なので潰れた。

 慌てて、ユリオンの従者が彼を起こす。


「もう、兄様ったら力無いんですから」

 百合の名を持つリーリアが、代わりにロジオンに肩を貸す。

 身体を動かすのが好きな彼女は、普段から運動を欠かさない。ユリオンよりずっと安定している。


「フフフ……僕は竪琴以上の重い物を、持ったことが無いのさ」

 念入りに手入れされた銀の髪を掻き分け、ユリオンは言った。

 自慢げに言われても、返す言葉が見つからないので皆、スルーする。


「ロジオン」

「陛下……」

 家臣達が大勢揃っている中では、例え親子でもわきまえなければならない。

 王室には面倒なしきたりや作法があることは、食客として師と渡り歩いていた頃から知っているロジオンだが、それが自分の身に起きると面倒くさい。


「負った傷が痛むようで……退出したいと思います」

 ロジオンの台詞に、父である国王陛下はウンウンと頷く。

「師との戦いとの傷だと聞いておる。……よくぞ打ち勝った! 魔導術統率協会の皆々からその様子を聞いて、父は……父は……!」

 腕を後ろに組んだままの体勢で立っていた父陛下は、くっ、と顔を上げた。

 ぷるぷると震えているところをみると、感涙しているらしい。


「ロジオンはまだ結婚が決まっていないから、深夜から始まる舞踏会には参加しなくてはならないが……痛そうだしなあ」

 代わりにディリオンがロジオンと話す。

「全治二週間で、一番腹部にきているから、まともな食事が取れないでいるのです」

 アデラが答える。


 ディリオンと補佐役のアリオンが顔を見合わせた。

「殿下、二ヶ月後には新年祭が控えてますから、それには必ず出席すると言うことで、今回は見送っても良いのでは?」

「……まあ、感謝祭は民衆のための祭りみたいなものだしな……」


 まだ感激に涙を流している父陛下は二人の王妃に任せて、てきぱきと指示を与えるディリオン殿下とアリオンを見て、取り合えず次世代のエルズバーグ国は安心だとロジオンは思った。



 その一方──。

「兄上! 今夜の舞踏会で兄上の武勇伝を詩にして歌いますよ!」

「いや、止めてそれ……」

 瞳を輝かせて迫るユリオンを見て、自分と似ているのがこういうの──だと思うと、物悲しい気持ちになった。


「申し訳ありません……。私がしたことなのに、亡きお方の所業にして……」

「良いんじゃない? よく 師匠は『女性に不利になる罪は被れ』と言っていたし……本望でしょう」

 宮廷内の自室の寝台に横たわるロジオンは、自分に何度も頭を下げるアデラに、慰めるように言った。


 腹と背に打撲。全治二週間は本当で、その原因はエクティレスであるが──身体はロジオンのものだ。

 エクティレスは追い出せたが、アデラが付けた怪我はそのまま残った。

 大変だったのは、それから数時間後で、痛みがますます強くなり普通に立っていられなくなってしまったのだ。


 加えて、食べられないわ頭痛はするわで──。

 こんな状態にした張本人がアデラだと知られれば、どんな処罰が下されるか……。

 ロジオンは曲がりなりにも、王位継承権を持つ王子なのだから。


「結果的にアデラの活躍が一役買ったんだし、気にしないで」

「代わりに心を尽くしてお世話させて下さい」

「じゃあ……」

「夜伽は無しです」


 さらりとかわされ、湿布の用意をしますと、近くで甲斐甲斐しく支度をするアデラの姿を、ロジオンはじっと見つめた。

 こんな状態じゃあ夜伽も何もないから、冗談だったんだけど。

(まあ、可能だったとしても……)


 色々と問題が発生してるしね──。


 ロジオンは考えに耽る。

 自分自身の気付かなかった問題が、明るみに出たこともそうだが。


 ──アデラだ。


 アデラは魔力を持たない。

 先祖に魔力を持つ者がいて、先祖がえりでもしたのかと魔力で探ってみても、欠片も視えなかった。


 ただ、アデラといると、今まで経験の無い奇妙な感覚に襲われる時がある。

 微々たるもので、はっきりと意識したことはなかったけど。


 ドレイクの部屋から持ち出したコンラートの魔法日記だって、事前にドレイクが目眩ましをかけ、尚且、取り出したら『トラップ』が発動するよう施行してあったはず。

(だから、ドレイクも驚いていたんだ)


 それに──魔法コーティングされた日記の装丁を千切るなんて──

(しかも師匠の日記を破ることが出来るなんて……)

 長年使うものだからコーティングしていても、たまに手入れを行うが、その時だって大層魔力を要する。


(やることが豪傑だから小さい所業が隠れて、そのまま忘れてっちゃうんだよね……周囲が)


 ──エクティレスの、悪意に満ちたオーラを受けても動けていたし。


(魔力がなかったから平気だったとかいう問題じゃない)

 魔力の無い普通の人間だったら尚更立ちすくむだろうし。

(魔法が通じない―とぼやいたのを聞いたし……)


 ──でも、ドレイクの意識支配や僕の身体憑依は施行できた。

『戦女神パラスの鎧』も施行できていた。


(……なんなんだろう……?)

 湿布と替えの包帯を手にし、振り返ったアデラと視線が合う。

 ずっと見られていたのかと、アデラはどぎまぎしながら

「な、何でしょうか?」

と尋ねた。

「ん……。アデラって立ち姿、綺麗だなって」

「……」


 師匠と言う見本が常にいたとしても、息をするように女性の口説き文句が出てくるのってどうなのよ?

 嬉しい反面、そんな考えが浮かんでアデラは素直に喜べずにいた。


「お褒めいただいて恐縮ですが、ロジオン様はまだ十六なのですから、大人の口真似をしないで年相応になされませ」

 自分でも可愛くない返答だと思うアデラだが、こういう場合、誉めてくれた自分の主にどう言葉を返せば、気のきいた会話になるのか分からない。


 だが、ロジオンは勘に障ること無く逆に問いかけてきた。

「年相応って……どう言う言葉?」

「しょ、少年らしい言葉ですよ」

 じっと見つめられて、しどろもどろになりだしたアデラを見て、ロジオンは目を細めて笑う。


 ──こう言う時の主は、妙に大人びて苦手だ、とアデラは思う。


 従者としてようやく認めてもらった時も、こうやっておちょくられた。

(私が子供だから……?)

 歳の差が逆転している会話に気付き、へこみながら湿布の交換を始める。

「脱いでくださいな」

とアデラ。

「脱がしてくださいな」

とロジオン。

 むーっ、とするアデラに

「痛いんだよね……脱ぐ時なんか特に……」

 はあ、とロジオンは溜息をつく。

「アデラが必死だったのは分かるけど……見事に急所を当てるから痛くて痛くて」

 目を潤ませて、か弱い様子を見せる主にアデラは、罪悪感たっぷりに服のボタンに手をかけた。

 そろそろと、ゆっくり服を脱がす。

 彼女の顔は至極真剣だ。

 動かしたり、何かに触れたりするだけで激痛が走ると言うのだから。

 シャツを脱がし、ほっとしながら汗を拭うアデラを見て、ロジオンの顔はますます緩む。


(面白い人だ、ほんと)

 何でも一生懸命で

 何でも全力投球で


 ロジオンは大人の中で育ってきた。

 その大人達は大抵、何でもそつなくこなすか、やりたくないことは徹底してやらないと言う、極端な者達が多かった。


(こういうの、生きている輝き──と言うのかな)


 包帯も真剣に外しているアデラを茶化す気もなく、その様子をニコニコと見つめていた。





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