勤務交替

 変な恰好だな、というのが最初の感想だった。


 ウェスとスタンは、まず呆気に取られ、ついで顔を見合わせた。

 それというのも湖水地方はおろか、これまでの旅で出会ったどの人間のいでたちとも違っていたから。ヴェローナを飛行船に送り届けたのち、ウェスたちは古代都市ロドニーの中心、干上がった川にかかる橋を越え、玉座の痕跡を追って宮殿にたどり着いたのだった。


「どちらさんで?」

 と口火を切ったのは常識人のスタンだった。


 同じセリフが口から出かかっていたのか、先方もパッと表情を明るくさせた。赤いチュニックと綿毛のような帽子は廃墟と化したロドニーの街で数少ない動くモノのひとつだった。


「おいらぁ、ジャックスだぁ、ここいらの見回りと警護をやってる」

「俺たちはスタンとウェス、それにこっちがラトナーカルだ」

「そいつは猿なんか? 猿ってなぁ随分昔に一度っきり見たけんど、そんなじゃなかったっけ」

「こいつは特別さ」とスタン。人語をうっすらと解し始めているラトナは胸を張り、ウェスの肩に飛び乗って自分を誇示した。


「ここにゃ入れねえ、すまねけんど他所よそぇ行ってくんねえか」


 請いながらも、その姿はどこか寂し気だった。


 ジャックスの背後には巨大な宮殿が控えている。古代都市ロドニーにおける極めて重要な場所なのだろう、都市そのものが滅びても巡回警備のシステムが途絶していないとはどういうことなのか。宮殿には守るべきものがある。


(もしくは過去にあった?)


 上っ面の愛想よさでスタンは粘った。

「いいけどさ、その前に聞きたい。突っ走ってる機械を見なかったかい? 玉座を乗っけたやつだ」

「蜘蛛んことなら……ふん、しばらく前に見かけたっけなぁ。気色悪い、うろちょろしてくさってからに」

「どっちに行った?」


「知らん。あいつら嫌いじゃ。見たくもね」

 ジャックスは忌まわしそうに吐き捨てた。


 ラトナの毛づくろいしてやりながらウェスが言う。

「あいつら? 他にもいんのか?」

「昔はいっぺぇおったけぇの。わらわら沸いて出よった。猿んの方が珍しいわ」

 事もなさげにジャックスが言うと、ウェスとラトナが同じ仕草で首を傾げた。


「それっていつのことだよ?」

「随分前のことよ。まんだロドニーにゃ人が住んどったけ」

 指折り数えるジャックスだったが、途中で混乱してしまう。

「ともかくよ、ずっと前だ」

「あれは何だ? なんのための機械なんだよ?」ウェスが切り込む。

計算しとるラン。プログラムを実行してるラン走るラン。答えにたどり着くまで」


 ただでさえわかりにくかったジャックスの話の行方が不案内になった。

 ぬぐぐ、と必死に考え込む姿は可愛らしくさえあったが、わからないものはわからない。徽章のついた格式ばったいで立ちはものものしいが、中身は子供のように純粋だった。


「要領を得ないな」


 スタンは早々に諦めた。ウェスも考え込んでいるが、それ以上は追及せず「ふうん」とだけ言った。


「おめえら、宮殿には近づくな。ギリギリのまんまの間合いでついて来い。あたりをグルっと廻んのがおらぁの仕事だけぇ。歩きながら話すだけなら問題ねぇ」


 こうしてウェスたちは船からいったん降りると、宮殿から一定の距離を保ったまま、ゆるゆると歩き続けた。時計塔や噴水が見えた。噴水の水は絶えていたが、時計はいまだに時を刻み続けるのだった。


「あと10分で交代だ。おらぁまともだけども、アーロンはそうはいかねえからな、交代したら宮殿に近づいちゃなんね」

「したら、ゆっくり話せるな。身体が空くんだろ」

「そうでもね」ジャックスは複雑な表情になった。

「なんでだよ?」スタンの語気にラトナが反応してキーキーと唸った。

「なんでもだ――ともかく、もうちょっくらしゃべったらおめえたちはどっか行け。近頃もアーロンに女と犬がやられた」

「なんだって?!」スタンが胸倉を掴む勢いでジャックスに詰め寄った。


 女と犬という組み合わせはレイゼルの他にない。レイゼルから伝播した巨大な欠落感をスタンは感じとっていたが、その正体に触れかけて、いっそう慄く。


「死んだわけじゃないだろ?」

「くたばったも同然だぁ、なにしろアーロンは容赦なしだかんな」

「どっちなんだ?!」ついにスタンはジャックスに掴みかかる。


 すると、ふわりと自重を失ったようにスタンの足の地を離れる。


(――なっ?)


 そして頭から真っ逆さまに落とされる。ジャックスの腕はわずかにスタンの身体に添えられているようにしか見えなかった。すんでのところでそれを救ったのはラトナで、猿の太い尻尾がスタンの身体を巻き取って引き寄せたため頭蓋骨を打ち砕かれずに済んだ。


「おらぁに仕掛けちゃなんね。自動的に反撃しちまうからな」


 間の抜けた佇まいのままジャックスは遅まきに事実を伝えた。


「死ぬかと――」スタンははじめてラトナーカルに心からの感謝を抱いた。


(明日からもっといっぱいメシ食わせてやるぞ)


「変な気ぃ起こさねえままでな――ここはジェントルマンの国だけぇ、聞きたいことは穏やかに聞いたらええ」

「だから――」

「あの女が生きてっかどうかは知んね。宮殿に放り込んだ時はまだくたばってねがった」

「宮殿に入れるんじゃんか」ウェスがそう抗議じみた口調で述べた時、ちょうど一行は惨劇の現場に足を踏み入れたのだった。


 破壊された犬ぞりの残骸が、アーロンという衛兵との戦いの凄まじさを物語っていた。そして夥しい血痕。寸断された犬の身体とレイゼルの右腕はそこにはなかった。


「入れんのは、死体と死にかけだ。やんごとなきお方への脅威になんねぇから、おらぁたち防衛機構は動かね。アーロンとちょうど交代した時、まだ息があったかんな、それで宮殿に運んだんだぁ。アーロンのままだったら絶対トドメ刺されてんな。やつは同僚のおらが言うのもなんだけんど血も涙もねえかんな」

「どうにか宮殿に入る方法はねえのかよ? その女の人は――友達なんだ」


 スタンは我知らず必死になった。竜紋サーペインによるのために、他の二人のことが我が身の延長のごとく感じられていたのだった。


候補者サーペンタイン、おめぇひとりなら大丈夫だけんど、猿とそっちのちまいのはダメだ。おらの腹ン中の声が言ってんだぁ。おめえたちは物事をな、とんでもなくかき乱す。女王陛下の居らっしゃらねぇ宮殿を台無しにしちまうってな」


 宮殿に入れるのはスタンだけ。レイゼルの安否を確認するには、ひとりだけでも問題はない。が、無事で戻ってこれる保証はない。宮殿の内側に何が巣食っているのかそれはわからないうえに、アーロンとか言うヤバイやつに勤務交替したら、外で待機しているウェスとラトナも危険な目に合うかもしれない。


(でも)

 とスタンは心を奮い立たせるのだったが……。


「ダメだ。ボクも行く。あの中はきっと面白い。だし、スタンはバカだから、ボクが必要だよ。ひとりじゃおかしな溝にハマるか、押しつぶされてぺしゃんこになる」


「バカ野郎、それはこっちの台詞だ。どれだけおまえを……」とスタンは数々の尻ぬぐいの数々を並べ立てようとしたが、ため息をついて、説得も反論もやめにした。


「なぁ、ジャックス」とスタンは振り向いて問う。「もしもだ、ここを強行突破するとしたらどんな方法がある? それをあんたに聞くのはお門違いだってわかってるけど、あんたは悪いやつじゃないって気がする」


 ジャックスが返答を待たず、ウェスがねじ込むように言った。


「バカ、バカ、バカだ。ジャックス、おまえはこんな宮殿ぽっちに縛られてる場合じゃないだろ。ここはボクらに明け渡せ。んで、おまえは好きなようにしたらいい。知ってっか。世界ってのは広いんだぜ。これマジなの」

「……無理だぁ。んなことは叶うわけね。おいらぁこんために作られたんだからな」


 無表情だったジャックスの顔色が曇った気がした。


 ウェスの言い分は無神経なうえに残酷だ。否応なく縛られてる存在に自由をちらつかせるほど残酷な行為があろうか。


「なぁ、スタン、ボクたちは見たよな。砂漠で、あのジヴっていう元奴隷は両手の拳で叫んでた。自由だって叫んでた、犬に噛み殺されようと跪いたりしなかった」


(その犬たちもここで殺されたんだ。もしかしてレイゼルも)


 スタンは運命そのものの残酷さにゾッとする。いくらウェスが無神経で残酷でももっと非道なものがこの世にはある。宇宙は変転しつつあり、生ある者すべてを現在進行形で皆殺しにしている最中だ。


「おらぁ、ダメだ、ここで仕事を続けねえとなんねぇ。どえれぇ昔っから決まってんだ」

「それは、おまえがそういうプログラムを実行してるランからだ。そいつを書き換えちまえば事情は変わる」

 スタンにも意味のわからぬことをウェスは言った。


「――おめえにできんのか? おらぁとアーロンのやつを解放できんのか? このくたびれる苦役から自由にしてくれんのか」


「できる」ウェスは断言した。「だから、宮殿に行かせろ、ボクたちが宮殿から出るときにはおまえも自由の身だ」


 ここで異変が生じた。


「――ぐ、ががががが。ヤバぁイ、ア、アーロンが来る。時間が来ちまったんだ。逃げろ、ここから離れろ。殺されちまう、行け、ちまい子供」

「ちまい子供じゃない。ウェス・ターナーだ」

「ウェス。おめえの言葉はどうもその気にさせちまう力があるな。でも、ダメだ、もう行くんだ。おめたちと話せて――」

「待て、そのアーロンてのはどこから来るんだ?」


 スタンの問いにジャックスはもう答える術はなかった。全身がビクビクと痙攣し、瞳の色が冷たく青みがかった。踵を打ち合わせ、背筋を伸ばす。

 

 そして声色にも硬質な変化が起こる。そこにジャックスはもういない。


「――風紀と治安の紊乱者。警告なき排除。を許可されて許可されて……ます」


 なぜなら、アーロンはすでに来ていたから。ジャックスの内側からアーロンはやってくる。彼らは一つの身体を共有する二つの人格なのだ。


 宮殿の巡回衛兵の勤務交替が終了した、それが瞬間だった。


× × ×


 それから起こったことは、レイゼルとコギト犬たちに降り掛かった悲劇とは様相を異にした。理由は、レイゼルとウェスたちとの違いではない。アーロンと対峙したのが、犬ではなく猿だったという違いがそれだった。


 それも竜の名を冠した猿だ、底知れぬ力を秘めて、予想の斜め上を行く現実を引っ張り下ろす。


 先だってもスタンの命をあわやという場面で救ったラトナーカルだったが、ここからはウェスですら眼を丸くする非現実的とも言える活躍を見せることとなる。


 アーロンの敵意を察知したラトナは、迷いもなく飛び出した。


「排除対象Aが接近、迎撃を開始」


 アーロンが右手を掲げると、レイゼルたちを襲ったのと同じ見えない円状の刃がラトナ―カルに向かう。深い体毛の底に爬虫類の鱗を隠したラトナには、不可視の円刃が効かなかった。鋭く回転する刃は竜猿の表皮との摩擦で火花を飛ばす。ラトナは火の輪を四肢に装着しているように見えた。


「ジャックスのやつがアーロンだなんて」

「二重人格というやつか」ウェスを抑えて数歩退いてからスタンが呟いた。

「そんなカワイイもんじゃない、互いが互いの予備人格として設計されてる」

「おまえの話は、最近ますますわかんねーよ」


 アーロンとラトナの戦闘は熾烈を極めた。


 宮殿の防衛機構と接続されているアーロンは様々な武器を駆使するのだった。極低温の冷気を破裂・拡散させる冷却榴弾を放ったかと思えば、数種の毒をブレンドしたミストを噴射させ、ラトナを殺そうとした。


 次々と繰り出される未知の攻撃をかいくぐって、それでもラトナーカルはアーロンにぶつかっていく。


 わずか数秒後。


「紊乱者を殲滅。弑逆者を排除。女王を守護せよ……女王ををををを……」


 そう末期の呟きを漏らすのは、桁外れの怪力でもぎ取られたアーロンの首だった。


「ラトナ、おまえってやつぁ!」


 駆け寄るウェスとハイタッチするラトナーカル。ラトナーカルの超絶的な戦闘力をスタンは信じ切れず、弱々しく肩を震わせた。森林で拾った道化猿の面影はもはやない。ナドアでクローパから受けた助言は忘れてはいない。竜の名という言霊を安易に猿へ付与した結果がこれだ。


「おまえがいれば敵なしだな、ははは!」


 楽天的なウェスは浮かれているが、スタンはそうではない。いつの日かラトナーカルの暴威がこちらに向かないとは限らないではないか。


「ちょっと待て、ウェス、これじゃジャックスも殺したことになるぞ」

 ウェスはすかさず答えた。


「よく見ろ、スタン。こいつは機械だよ」


 ラトナが宙に放り投げて遊んでいるアーロンの首、その切断された断面には機械がのぞいていた。無数の配線と人工筋肉、そして得体の知れない液体が滲み出す。


「機械なら修理できるさ。アーロンてのを取り除いてジャックスだけを蘇らせることも不可能じゃない。この宮殿を守護するっていう呪いも解いてやれる」

「そうか――」


 その時、スタンの視界に入ったのは、首をもがれたアーロンの胴体が静かに起き上がる様だった。頭部を失っても防衛機能は停止しないらしい。両手を掲げ、空中に無数の見えない刃を展開する。標的はウェスに違いなかった。


「ウェス! 危ないっ!」


 叫んだと同時だった。耳を劈くような炸裂音が鳴り響いた。

 アーロンの胴体は吹っ飛ばされ、宮殿の壁に穴を空ける。


(この音には覚えがあるぞ。森で聞いた砲撃音だ)


 スタンは記憶をたよりに攻撃の主をすでに断定していた。


「72ゾル火砲、悪魔の中指ミドルフィンガー


 時計塔の脇に鋼鉄の塊が鎮座している。変わり果てた姿といってもいいだろう。後部車両を失い。主砲は短く切り詰められている。おまけに車体は穴だらけといった風で、激しい戦いを経てきたことが偲ばれる。


「ベイリー・ラドフォード」


 憎しみではない、ほのかな哀感を込めてその男の姿を認める。装甲車のクルーたちは警戒しつつ外で出てくる。ベイリーに続き、メリサ、そしてルゴーが。


「どうやら助けれらたみたいだな」


(あれがウェスを狙った攻撃じゃなければね)


 スタンもまた緊張を解くことなく、雪山で顔見知りになったメンバーを迎える。どの顔もあの時と同じではなかった。どれほどの苦渋と辛酸を舐めたのか。付き纏う陰影は、疲弊のためばかりでないことが伺い知れた。


「ウェス・ターナー、雪山以来だな。あの雪崩の時の借りはこれで返したぞ」


 ベイリーは照れくさそうに言った。


 ウェスはそれにこだわりを見せず、

「悪魔の中指どーなっちゃってんの?」


 装甲車の変貌に興味深々らしく、じろじろを眺め回す。

 装甲車がこんな姿になったのも、もとはと言えばジヴの誘導尋問にウェスが引っ掛かり、装甲車の弱点をペラペラとしゃべったのが原因なのだったが、知らぬが仏とはよく言ったものだ、ここにいる誰もがそのことを関知しない。


「砂漠で戦ったのさ、これじゃ悪魔の中指も形無しだぜ」

「死んだんだな」とストレートにウェスが訊ねれば、「ああ」とルゴーが認めた。

「ナローがやられた」


 ぐっと唇を噛みしめるルゴーの肩にメリサが手を置くと、その仕草を真似てラトナもスタンを抱き寄せる。「やめろラトナ」


「ったくおまえらといるとシリアスになれねえぜ」

 ルゴーが表情を和らげたのをベイリーは眼の端で捉えた。レヴァヌで受けた傷が――その痛みが、クルーにも装甲車にもずっと尾を引いている。そして同じ痛みが、竜紋サーペインを通じてスタンにも伝わっているはずだった。そのことにベイリーはかすかな気後れを感じる。


「装甲車の弾痕、これってヴェローナだろ」


 じっと装甲を観察していたウェスがふいに告げた、その言葉は、ルゴーに火のような反応をもたらした。


「知ってんのか小僧?! そいつは、ナローの、弟の仇だ」

「途中で出会った女だ」慎重にスタンが言葉を選ぶ。ヘタにヴェローナと親しい関係だと勘繰られればルゴーに殺されかねない。ウェスが変なことを口走らないか不安だった。


「死神が女だと、あれほどの威力の銃弾を放つのが?!」

 訝しむ表情でベイリーが考え込む。


「女だろうが、子供だろうが、そいつは殺す。なぁ、おまえら、そのヴェローナってのは、どっちへ行った?」


 荒れ狂うルゴーをウェスは正面から見据えて、人差し指を立てた。


「空へ」

「てめぇ、バカ言ってんじゃ――」

「飛行船に乗ってったよ」


 言い切ると全員が絶句した。


 ようやく口を開いたのはメリサだった。薄荷味の煙草をくゆらせながら、薄く眼を細める。


「ウィースガム号」


 ベイリーたちも昨日その威容を確認していた。ついにルードウィンが出張ってきたことを知ったのだった。ある意味、狙い通りに敵をおびき寄せたことになるが、あれほどの軍備を携えて現れたとなると、付け入る隙がどこにあるかわからなくなる。


「結局――野郎の差し金だってことだ。ゼロッドも。死神さえも」


 そう、すべては旅のさなかにベイリーを亡き者にしようというルードウィンの企みであった。ナローは、その陰謀と暗殺に巻き込まれたことになる。


「敵はルードウィンだ。ウェス・ターナー、スタン・キュラム。我々はさらに優先度の高い目的を手に入れた。よって玉座を放棄する。おまえたちが好きにすればいい」

 とベイリーが神妙に宣言し、そこへメリサが語を継いで、声を低くする。


「ただし、あの機械を止めて玉座を手に入れたとしても不用意に触れたらダメ。特に竜紋を刻んだ君。スタン君はね」

「どうなるってんだ?」

「わからない。わたしたち〈寄合〉にも本当のところは伝えられていない。もしかしたらロドニーには何か、玉座にまつわる情報があるかもしれない。かつてこの街には世界中のあらゆる情報が集積されたと聞くから」 


 ふーんとウェスはむっつりと口を結んだ。


「でも、そのルードウィンって奴が玉座を追う限り、あんたたちも玉座を追いかけなきゃいけない」

「やつらが玉座とベイリー様の命、どちらを重視しているかは知らないが」

「ボクはさ、こいつを最初から競争だとは思ってなかったよ。むしろそうじゃなくて……うーん」


 メリサを除く、すべての人間が口をつぐむが、さきほどの沈黙とは違った質の時間が流れた。


「犠牲が必要だったとは言わない。でも、こいつは何かもっと別の大きなものへ連れてってくれそうじゃないか?」

「……?」

「ボクたちは宮殿でレイゼルの姐さんを探す。あんたらは王たちの遊歩道を辿るといい。その先に疾走する玉座がいる。実行するラン疾走するラン。……うっすらと見えかけてる。あんたらは先へ急ぐといい。ボクたちはより先へ行くためにここに留まる。あるだろ、そういうことってさ」


 ウェスが珍しく真剣な表情で言い切ったのと、しびれを切らしたようにラトナが放尿を開始したのは同時だった。





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