第四話:新たなる方針

 モニカは優秀な斥候だ。偵察からスパイ、情報整理まで、ライネル軍で培ったというその腕前は貴種に変異し強大な力を得た僕にも真似のできない部分である。

 何よりも、彼女は命の恩人だ。モニカとオリヴァーがいなければ僕はまだ地面の下だっただろう。一度は確執もあったが、僕は全て水に流すことにした。


 どういう思惑で長い時間をかけて僕を探しだしたのか、疑心暗鬼になる僕にモニカは言った。


 僕は――魔王ライネルを倒した正統後継者だ、と。


 どうやら、モニカとオリヴァーは随分と義理堅いらしい。いや――それだけ獅子竜ライネルのカリスマは高かったという事だろうか?

 僕だってセンリがいなかったらライネルの手下になっていた可能性もある。彼の軍は色々酷いものだったが、彼自身は正統派な王だった。


 モニカが裏切る可能性も恐らくそれほど高くないだろう。吸血鬼には弱点が多いので正面戦闘が苦手なモニカでもやろうと思えば暗殺くらいできるだろうが、そもそも裏切るのならば生き返らせなければいいだけだ。余り心配しすぎてもどうしようもないし、今の僕にはミレーレという忠誠度の高い眷属もいる。



 モニカ・ウルツビアは悪魔デーモンと呼ばれる妖魔である。

 僕は余り詳しくないのだが、悪魔は個体ごとに能力に大きな差がある種族で、モニカは人を誑かす術に長けているという。


 人間に化け、幾つかの闇の魔法を操り、黒い翼で空を飛ぶ。そして、センリやミレーレと比べて肉感的な肉体をしている。彼女の使う魅了の力は僕の持つ力と異なり、即効性と強制力こそ劣るものの、異性の人間相手ならば相当な実力者でもかかる代物らしい。

 僕は明らかにモニカは淫魔サキュバスだと思うのだが、これで淫魔ではないというのだから本物の淫魔はどれほどの存在なのだろうか。



 モニカの持ち帰ってきた情報を改めて精査する。魔性がはびこり街の間の移動がほとんどなくなった現在、情報は量も精度も減っている。

 今の外の世界は人間はもちろん、余り戦闘力を持たない妖魔にとっても危険だ。終焉騎士団という天敵から解き放たれた魔性は僕が少し確認した分だけでも相当、はっちゃけている。


 まったく、こういう連中がいるから僕みたいな無害な吸血鬼が迷惑を被るのだ。


 ミレーレが唇を尖らせ、呟く。


「私も『魔眼』を使えたら兄様の役に立てますのに……」


「調査中にうっかり日に当たって溶けたら困る」


 呪いのデメリットは変異回数に比例して大きくなる。貴種の僕は当然だが、ノーマル吸血鬼のミレーレでも陽の光の下では一秒もまともには動けまい。

 陽光が弱点にならないモニカとオリヴァーはそういう意味でも貴重だった。吸血鬼という種族は、昼間は身を守らねばならない。センリと行動していた時のように目立たぬよう行動すれば襲ってくる相手も多くないだろうが、表舞台に立つならば昼間に守ってくれる仲間は必須だ。

 日の当たらない地下ならば朝でも行動できるので、アンデッドの気配が消えた今は一人で隠れる事もできなくはないが――。


 モニカが持ってきたメモ書きのされた地図や手帳をぱらぱら確認する。


「結構、詳しく調べたね」


「…………情報がほとんど出回っていないので推測の域は出ませんが……」


 モニカに任せたのはセンリの居場所調査と、ここ近辺の魔王の勢力の調査だった。


 世界が変わる前ならば容易く調べられた事も、人間の余裕がなくなり都市同士の連絡網すら半分分断されているこの状況で調べるのは難しい。オリヴァーには都市にいるならず者を狩らせているし、僕やミレーレも噂を元に力の訓練がてらあちこちを渡り歩いているが、なかなかヒットしない。


 今回もセンリの居場所についてはほとんどわからなかったようだ。


「終焉騎士団の居場所は物資の動きから追っていくしかないかと。戦争中の噂が本当ならば補給のルートがあるはずです」


「そうだ! 僕を小包に入れて終焉騎士団宛に送ったらどうだろう?」


 自慢じゃないが、僕はコンパクトになろうと思えばコンパクトになれる。

 僕の半ば本気の言葉に、モニカがため息をついた。


「…………エンド様、既に奇をてらってなんとかなる状況は過ぎています。配送網はずたずたです。この辺りには行商すら滅多に来ませんよ」


「なら、いっそ行商人でもやる?」


「大きな街では複数人による人間チェックがあります。一発でバレますよ」


「兄様、私行商やりたいです!」


 センリだったらもっと優しく否定するのに、モニカは全く遠慮がないな。


 やはり人数が足りない、か。僕たちの軍は僕をあわせてもたった四人しかいない。戦闘能力だけならば十分かも知れないが、人手が足りなすぎる。

 成り行き上、人間の街を助けるのは構わないが、このままでは救った街一つ守りきれない。 




「ですが、ヒントが何もないわけではありません。『杭の王』の連合軍相手に抵抗が成功しているという事は、地の利があるはず。恐らく大国のバックアップも受けているはずです。それを元に少しずつ範囲を絞っていけば――」




 モニカの言葉には理があった。だが、それでは駄目なのだ。


 世界は広い。僕の時は無限だがセンリの時は有限だし、眠っていた三年の間にも成長しているだろう。そんなちまちまやっていたらセンリがお婆さんになってしまう。

 僕は一刻も早く大人になったセンリに会いたいのだ。


 ごちゃごちゃ諭すように話をするモニカ。その言葉を面倒くさそうに聞きながら兄様兄様声を掛けてくるミレーレ。僕は一瞬それらを全て意識の外に出し、目を瞑ると、覚悟を決めた。





「よし………………モニカ、オリヴァーを呼んできて。方針は決めた、受け身になるのはもうやめだ」




 

 死魂病患者探しも、調査も、時間がかかるわりにはメリットが少ない。


 物事を複雑に考えるのは良くない。思えば、僕は今までもあらゆる障害を全て力で排除してきた。ならば今回もそうすればいい。

 慎重な事は美徳だが、臆病と紙一重でもある。



 情報が足りないのならば見つかるまで探す。数が足りないのならば支配する。


 眷属にする必要はない、かつてライネルとそうしたように拳で語り合えばいいのだ。


 モニカの作ってくれた魔王の勢力図を見る。下地となっているのは近辺の大雑把な地図だが、載っている情報だけでもこの近辺に王を名乗る程の傲岸不遜な者が何人もいる事がわかる。




 全員ぶちのめして下僕にする。人の国を襲っているのならば、いっそ人の国も仲間にする。勢力を増やし、センリと戦っているはずの杭の王の連合軍も倒し、大人センリと再会してハッピーエンド。これが最短ルートだ。


 センリの脳筋が移ったかな?




 ミレーレが、モニカが、目を丸くしてこちらを見ている前で、僕は厳かに宣言した。



「全員、ぶん殴って味方にする。僕は今この瞬間から、魔王だ」

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