第三十話:虚影の王⑤

 あまねくアンデッドを滅ぼす浄化の光を前に僕は冷静だった。

 

 強い。初戦は一方的にやられた。エペの宿に剣を返しに行った時には相手は動揺して万全ではなかった。


 だが、今回は真っ向からの攻撃だ。どういう手法を使ったのか、相手は僕とセンリの存在を捉え、確固たる意思をもって殺しにきている。


 三級などといっても、祝福を操る彼らは間違いなく英雄なのだ。


 雨の如く降り注ぐ光弾を見て、その向こうから突進してくるネビラを見て、確信する。


 以前会った時より――強くなっている。


 『白雨フォトン・レイン』でダメージを与え、その隙に畳み掛けるつもりだ。


 それに対して、悩むまでもなく、僕の選択肢は一つだった。


 光は満遍なく降り注いでいる。僕は覚悟を決めると、痛む身体を叱咤し、横に飛んだ。


 ルフリーが小さく声をあげる。


「なッ!?」


「ッ!?」


 光が肉体を焼く。セーブルの呪いとは別種の地獄の業火に焼き尽くされるような痛みが衝撃となって弾ける。


 僕はそのままセンリを庇い、抱きしめ転がった。


 光が僕をあるべき死体に戻そうとしているのがわかるが、痛みで視界は明滅しているが、悲鳴すら出ないが――思考は冷静だ。


 強くなった。もしかしたらセンリが僕と共に消えたあの日から、修業をしていたのかもしれない。


 だが、何も変わっていない。

 その攻撃に含まれた研ぎ澄まされた殺意は見事なものだが、それだけだ。


 強くはなっているが、それだけだ。彼らは何も、変わっていない。


「くッ……『白雨フォトン・レイン』を受けて、ほとんどダメージがないッ! 気をつけろッ!」


「わーってるッ!」


 背中からびりびりとした戦意を感じる。強い光の力を感じる。


 昔の僕は格上との戦闘経験もほとんどなく、がむしゃらに逃げ回ることしかできなかった。今の僕には彼らを測る指標がある。センリという指標が。


 ルフリー達はたしかに強くなった。だが、僕は更に強くなっているのだ。


 僕は、ルフリーの『白雨フォトン・レイン』がたとえ僕に全弾命中したとしても、僕の奈落を埋めきれない事を知っていた。

 背中から獣のような咆哮があがる。終焉騎士全員に与えられる聖銀の武器が振り下ろされる。



 ――それを、するりと腕の中から抜け出したセンリが迎え撃った。



 横にごろりと崩れるようにして転がり、戦況を確認する。


 センリの剣は何度見ても流麗だ。真っ直ぐで素早い連撃は恐らく、アンデッドを浄化するのに威力が不要故。

 刹那で数閃を刻む神速の剣技は人外の能力を持つ僕にとっても合わせるのが精いっぱいである。


 激しい音が響き渡る。ネビラが咆哮する。


「てめえッ! まだ、目が覚めてねえのかッ!?」


 見当違いだ。センリの眼は――最初から曇ってなどいない。


 センリの一撃により、メイスが大きく弾かれる。ネビラの表情が歪む。

 センリとネビラでは体格も性別も違うが、祝福によって身体能力を強化できる終焉騎士にとってそのようなもの微々たるものだ。


「殺させないッ!」


 まさか彼らは、センリがいやいや僕に脅され付き合っていると思っていたのだろうか?

 そんなわけがない。僕程度に操れる程センリは愚かではない。だから僕は、出来るだけセンリを裏切らないように気を配ってきたのだ。


 ルフリー達は、自分達よりも強いセンリが守る僕を、彼らが助けようとしているセンリが守る僕を、どうやって殺そうと言うのだろうか。


「エンド、大丈夫?」


「なん、とか」


 痛い。もしも人間だったら間違いなく死んでいそうなくらい痛いが、もう死んでいるので余裕だ。


 多分、今の僕はルフリー達よりも強い。

 なぜならば、僕には膨大な戦闘経験がある。僕は終焉騎士の手管をセンリを通じて知っているのだ。


 一瞬で状況を把握したのか、ルフリーが叫ぶ。


「ネビラ、そっちを抑えろッ! 『白雨フォトン・レイン』」


「エンドッ!」


 甘い、甘いのだ。そういう意味で、エペの超遠方からの『解放の光ソウル・リリース』はとてもうまいやり口だった。


 恐らく、エペは僕達の事を正確に理解している。


 終焉騎士団は決して悪ではない。だからきっと、悲劇は時間が癒やす。僕が殺されてもセンリはいずれ折り合いをつけるだろう。

 だが、センリは目の前で殺しにかかってくる者を黙ってみているような人間ではない。


 僕が彼らだったら――暗殺を計画する。頑固なセンリを正面から説き伏せるのは無理だ。


 範囲を僕に絞ったが故に密度の濃くなった光の雨に向かって、僕は『光喰らい』を振り下ろした。


 心臓が唸りを上げていた。吸血鬼の力は血の力、その源は心臓だ。天敵の襲来に吸血鬼の本能が戦いの咆哮を上げている。


 センリは光喰らいも祝福を吸収する金属でできていると言った。

 漆黒の刃は僕の想定通りの結果を生み出した。刃に触れた光が飲み込まれるように消える。一部は消しきれず身を穿つが、覚悟していれば耐えられる。


 まったく、ロードは良いものを残してくれた。


「かき消した!? 馬鹿な、どうして初撃で――」


 ああ、そうだ。初撃だって同じ事はできた。だが、ルフリーはわかっていない。


「僕はセンリに――首ったけ、なんだッ!」


 だから、心をつなぎとめるよう行動するのは当然である。僕は全身で、命懸けでそれを表現しているのだ!


『天敵に首ったけ……まさかこんなことになるとは……』


 ロードが何故か嘆いている。僕はそのまま前に強く踏み込んだ。


 センリと武器を交わすネビラの隣をくぐり抜ける。目標は――ルフリーだ。


 その端正な顔が一瞬驚愕に強ばる。


 まさか、まだ僕が追われるままだと思っていたのか? 

 既に首だけにされた時に刻まれた恐怖は消え去っている。僕があの頃から歩んだ道を知れば、きっと彼らも納得するだろう。


「殺しはしない! センリが悲しむ!」


「くッ……」


 よく考えろ。僕は罪のない人間を殺したりはしない。センリから血はもらったが純潔はそのままだ。

 何もしていない吸血鬼とそれを殺そうとする終焉騎士。世間的に正しいのは終焉騎士だが、センリにとってはそうじゃない。


 きっと、センリが評価されていた理由の一つであろう美徳が哀れな吸血鬼を守るとはなんと皮肉な話だろうか。


 ルフリーが剣を構える。センリの持つそれよりも少し幅広で長い剣に光が宿る。


 僕の首を刎ねた剣だ。かつて切断された傷口が痛む。


 知っている。終焉騎士の剣は回避し受け流す剣だ。散々打ち合った。


 ルフリー、君は――センリよりも強い自信があるか?


 激痛が脳裏を駆け巡っている。セーブルの呪いだ。だが、手は抜かない。

 砕けそうになる膝を叱咤し、僕は構えるルフリーの手前で思い切り『光喰らい』を床に叩きつけた。


「ッ!?」


 砕けた床が礫となり僕とルフリーを襲う。だが、如何な終焉騎士でも、耐久は僕の足元にも及ばない。


 僕はセンリと打ち合った。打ち合い、彼我の性能の違いを確認した。戦い方だって考えている。

 いくら僕でも、外敵なしでずっとセンリと二人、らぶらぶで暮らせるとは思っていない。


 ルフリーは後ろに下がり礫のダメージを軽減する。僕はそのまま前に出た。


「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


「くッ」


 咆哮が空気を揺らす。

 ルフリーの身体が淡く発光する。触れれば焼ける、浄化の光だ。


 宙を浮くロードが僕に警告している。だが、僕はさらに前に出た。

 礫が身を穿つが気にすることはない。


 痛みは怖くない。もう散々味わった。怖いのは――失う事だけだ。


 ナタを振り上げる。ルフリーが礫の対処に体勢を崩しながらも、剣の切っ先を向ける。

 だが、後ろに下がりながら、下位吸血鬼レッサー・ヴァンパイアの膂力に勝てるものか。


 受けさせはしない。流させもしない。光喰らいを振り上げ、聖銀の刃を力づくで跳ね上げる。

 懐が開く。僕はそのまま、終焉騎士団の象徴である白の鎧に、体当たりした。


 ルフリーの身体は吸血鬼の力の前にあまりにも軽かった。

 単純な体当たりに、ルフリーが大きく吹き飛び、壁に叩きつけられる。予想外の攻撃だったのか、受け身も取れていない。


 その身に宿った光が一瞬の接触で伝播し、僕の肉を焼いた。立ち止まらなかったのは、一度経験した痛みだったからだ。


 僕は既に祝福による浄化も、弱点を突かれた事による痛みも、圧倒的な力による蹂躙も、全て経験している。


 左目が見えない。どうやら光に焼かれたらしい。

 身体の前半分が強い熱と痛みを持っていた。きっと酷い状態のはずだ。


 祝福のダメージは吸血鬼の再生の力を阻害する。血の力を操り再生をしたいところだが、セーブルの呪いに阻害されてうまくいかない。

 唇を舐める。


「殺しは、しないよ。君たちも、僕を、殺さなかった」


 首だけにされたけど。


 壁に叩きつけられ落下したルフリーがふらふらと起き上がる。致命傷ではないだろうが、ダメージはゼロじゃない。

 ネビラが叫ぶ。その声には渦巻く強い感情が宿っている。もしかしたら僕とルフリーではルフリーが有利だと思っていたのだろうか? 


「くそっ、馬鹿な……たった半年でッ――センリ、お前は、化け物を、生み出したッ!」


「……エンドは……化け物じゃないッ」


 僕の味方をしてくれるのはセンリだけだ。

 後ろを向いたまま、その言葉に答える。


「いや……僕は、化け物だよ。でも、センリだけがいれば満足なんだ。酷い事とかしてないんだから、諦めてよ」


 振り返らないのは、僕の肉体が今再生途中で恐らく酷い状態だからだ。恐らく顔なんかは骸骨さながらだろう。

 ルフリーが再生途中の僕を睨めつける。まだ戦意は十分だ。だが、ノーダメージでもあの結果だったのだ、一人で僕を殺すのが難しい事はわかるだろう。


「ッ…………」


『くくく……終焉騎士は、一対一で吸血鬼とは戦わん』


 ロードがけたけたと笑う。

 なるほど……きっと彼らにとって、吸血鬼との戦いは闘争ではなく駆除なのだ。ロードと戦う時も、思えばセンリを主軸に盤石な態勢だった。


 ルフリーの判断は迅速だった。


「ッ……ネビラ、一旦、引くぞ。作戦を考え直す」


 諦めがいいな。逃げろ逃げろ……戻ってきた時にはもういないけどな!

 センリは渡さん。僕は徹底的に被害者を装うぞ。


「ッ……くそがあッ!」


 助けにきたはずのセンリと武器を交えていたネビラが僕を鬼の形相で睨む。

 ネビラがセンリ相手に食い下がれたのはセンリが手加減したからだろう。元仲間を手に掛けるつもりはないという事だ。


 だが、ルフリーたちは今日更に心象を悪くした。


 まず話を聞かないと……脳筋にくれてやる程、僕のセンリは甘くないぞ(?)。そして僕は今日の襲撃をだしにしてセンリから血を貰うんだ。


『……貴様の考えている事が伝わったら、死にものぐるいで襲いかかってくるだろうな』


 まぁ、死にものぐるいで襲いかかってこようが、人質が僕の味方である以上どうにもならないと思うけど……。


 ネビラの目付きは親の仇をみるようなものだった。だが、いくらかつて片手間に僕を虐待したネビラでも、僕を正面から一撃で殺すのは――もう無理だ。

 刃を交えて改めて確信したが、三級騎士と二級騎士には大きな差がある。


 戦闘技術でも、祝福の量でも。

 三級騎士の力は雑魚アンデッドを容易く倒せても、吸血鬼クラスのアンデッドには苦戦する。故に、連携しているのだ。


 そして恐らく、連携した時こそその本領が発揮されるのだろう。床に水を流せる魔導師とかいたら普通に苦戦しそう……。


 ルフリーとネビラが後ろに下がる。僕もセンリも追わなかった。


 今一番大切なのは虚影の魔王の儀式を破壊する事。二番目に大切なのは逃げる事だ。

 彼らの力は大体理解した。センリと僕がいれば、エペを除いた四人が襲いかかってきてもなんとかなるはずだ。エペがいたら終わりだが。


 ルフリーが僕をちらりと睨み、真剣な声で言う。


「センリ、もう一度だけ説得する。戻ってくるんだ、師もそれを望んでいる。君のことは問題になっているが――まだ間に合う」


「…………帰って。エンドはこれまで一度も――人を襲ってはいないし、吸血衝動に呑まれたりもしていない」


「それは、てめえが血をやってるからだろ! あああああああああああ、甘ちゃんだと思っていたが、まさかそんなとんでもねえ事を本当にやるとは――お前は見ただろう! そこのクソ吸血鬼は、てめえの血で強化されてるッ! 直に手がつけられなくなるぞッ!」


 もはやなんと言って良いのかわからないが……。


 そうだよ。僕が吸血衝動に呑まれていないのはセンリの血を貰っていたからだし、それに罪なき人は殺していないが、お金を手に入れるためにマフィアを幾つか潰してる。

 だが、ルフリーの言葉もめちゃくちゃだった。もう一度だけ説得するって、さっきの襲撃は彼らの中では一度目の説得なのだろうか?


 センリのアメシストの瞳は二人の言葉を受けて揺るぎない。その程度の事を想定していないわけがないのだ。

 彼女は僕を救うと決めた瞬間に全て覚悟している。


 そこで、ふとルフリーの眼差しが変わった。どこか思いつめたような表情で口を開く。


「センリ、君は知らないかも知れないが…………師は――」


『ッ!? この魔力の波動――――エンド、くるぞッ!』


「!?」



 ロードの声が響き渡った瞬間、地面が激しく揺れた。

 いや、地面だけではない。床が、壁が、空間全体が激しく揺れる。呪いに蝕まれた身体では立っていられず崩れ落ちるが、襲撃はこなかった。


 先程まであれほどまでに敵対していたネビラとルフリーは、僕を見ていなかった。

 激しく揺れる地面の中姿勢を保ち、闇の中を睨みつけている。



「なんだ、この力は――ッ!?」


「ッ……まだ、先だったはず」



 そして、先程まで夜の結晶の気配がしていた方向で、力が爆発した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る