第二十三話:秘密③

 扉の上からでも窺えた通り、地下部分は驚くほど広くそして、入り組んでいた。広い空洞に無数の通路が繋がっている。


 ゴーレム達はまだいるようだった。足音がするが密閉されているため音が反響して方向が分かりづらい。


 全身に絶え間なく走る激痛は暗闇の中に落ちたことでやや治まっていた。おそらく闇に包まれた事で僕の力が心持ち上昇したためだ。この痛みは僕とセーブルの綱引きの結果のようなものなのだろう。


 とはいえまだ動くことすら億劫だったが――へばっているわけにはいかない。

 センリはこの絶体絶命の状況でも冷静だった。彼女の前で無様を見せるわけにはいかないし、守ってと言われた以上はここが踏ん張りどころだ。


 センリの肌が仄かに発光する。熱を感じさせない静かな光だ。余り肌が見えない服を着ているので光も極僅かだが、もしかしたら服を脱いだら足の先から頭の先まで全身、輝いているのだろうか。

 僕の視線に気づいたのか、センリが声を潜めて言う。


「地下は……酸素が薄い。エンドは平気かもしれないけど――祝福を巡らせることで、代替している」


 さすが対アンデッドのスペシャリストだ。僕が気づきもしない事をよく考えている。

 僕は感心しつつも、一番気になっていることを聞いた。


「…………僕が触れたら、溶ける?」


「……溶けないようにしてる。でも、触れちゃ駄目」


 溶けないけど触れちゃ駄目なのか……なるほど……。

 頷き納得する僕に、暗闇の中、センリが眉を顰めたのが見えた。


「エンド、貴方は……好奇心が強すぎる」


 触りたい……次に血を貰う時は絶対に光って貰おう。頭を切り替える。


「ゴーレムが古い物じゃないって事は、誰かここに出入りしている者がいるってことか」


 ゴーレム製造ってどのくらい難しいのだろうか?

 それで相手の力量が決まるが、今回現れた程度ならばなんとかなる。


 そもそも、罠が仕掛けられた時点で何某かの陰謀があるのは予想出来る。問題はその相手が何者なのか、だけで――。


 センリ曰く、市長はただの人間だったらしい。センリが呼び出されたのは昼間だったし、今のセンリは夜の結晶の存在も念頭に入れているので、その辺りの判断に誤りがあるとは思えない。

 だが、この地下宮殿――迷宮のような空間は人間が運用するには余りにも不便だ。そして実際に地下からはセンリのものを除いて人間の匂いはしない。


 なかなか複雑な事情があるようだ。


 ゴーレムを見下ろしながら、センリが知識不足の僕に教えてくれる。


「力を吸収し切り裂く――破魔鋼は、少なくとも現在は……ほとんど産出されていない。使われているのは一部だけだけど――見るのは久しぶり」


「そういえば、ホロスが操っていた、アンデッドも持っていなかったな」


 祝福を飲み込む金属なんて恐ろしい物持っていたら間違いなく使っていただろう。余程希少な代物らしい。

 そしてそれをそこまで強くないゴーレムにまで配備しているこの迷宮の主はどれほどの力を持っているのだろうか。


 そこで、センリが付け足した。僕が手に握る『光喰らいブラッド・ルーラー』を指して言う。


「エンド、貴方の鉈は、少量の破魔鋼とアダマント鋼が使われている。だから、悪霊も切り裂けるし聖銀の武器と打ち合ってもびくともしない」


「いい武器ってこと?」


「上から呪いもかけられている。おそらく、ただの人間では扱えない」


 そう言われて思い返せば、この鉈の頑丈さはかなりのものだ。

 これまで色々手に入れたが、アルバトス、ライネルと、激戦をくぐり抜け、まだ形を保っているのは僕の身体とこの鉈だけである。

 さすがロードが自分のために用意した武器だ。大切にしよう。


 言葉を止めると、センリが大きく深呼吸をして目を閉じる。そして、僕は思わず目を見開いた。


 その銀の髪から放たれた光がベールのように広がる。おそらく、ここが少しでも光がある外だったら気づかなかっただろう、薄い光だ。真の闇の中だからこそ、かろうじてわかった。

 光は間違いなくアンデッドの苦手とする祝福由来のものだったが、僕に触れても痛みも衝撃もない。


 心臓の音が、脈拍が聞こえる。センリは目を開けると、小さな声で言った。呼吸が注意して知ろうとしなければ気づかない程度に乱れている。


「かなり複雑な地形。ゴーレムの数もかなり多い。これは……厄介」


 なるほど……今の光がセンリの知覚の正体か。これまで気づかなかったが、これまでも度々、放っていたのだろう。

 そしてよく見ると、握った鉈の周囲だけ光が乱れている事もわかる。


 センリの言葉はいつになく弱気だった。

 アルバトスとの戦いで重傷を追った時にもほとんど態度を変えなかったのに、これはもしかして、信頼の証だと思ってもいいのだろうか?


 少しだけ全身を苛んでいた痛みが和らぐ。気合が入る。

 闇の中は僕の独壇場だ。祝福の応用力は言わずもがなだが、元終焉騎士を謳っている者をターゲットにする怪物相手では分が悪い。


 センリが慎重に一歩前に進む。

 僕は腕を伸ばすと、その光る首筋を指先で突っついた。珍しいことに小さな背中がぴくんと震え、センリがこちらを向く。まるで悪戯を咎めるようなジトッとした目つきだ。


「……何?」


「仕掛け床だ。何かある」


「!?」


 見える。見えるぞ。また一つステージが上がったのを感じる。

 いや――僕が吸血鬼としての肉体にまた一つ慣れたとでも言おうか。


 這いつくばり、地面に身を低く伏せる。丁寧に削られた床。匂い。色。

 闇が僕の味方をしていた。


「色が……違うんだ。センリ、君は――見えていない」


 僕にはどんな暗闇でも世界が昼間のように見える。色の識別すら容易い。

 だが、おそらくセンリの眼にはそこまで見えていない。祝福の力で補助することで周囲の状況を把握しているだけだ。

 終焉騎士の力は恐るべきものだが決して万能ではない。だから、箱の下の扉も市長から教えられるまで気づかなかった。まぁ、あれは僕も気づかなかったけど……。


 僕の眼には広い広間。その床の一部の色が異なっているのがはっきりとわかった。

 少しだけ凹凸もある。おそらく、スイッチだろう。


「これは……終焉騎士を殺すための罠だ」


 センリの放つ祝福による知覚の光にはそこかしこに乱れが見えた。大まかな空間は把握出来ても、精密な状況はわからないだろう。僕の持つ武器が、そして倒れたゴーレム達の残骸に混ざった破魔鋼が知覚を乱している。

 地面のスイッチもおそらく同じ金属で出来たものだ。僕は這いつくばるようにしてスイッチに近づくと、そっと手で押した。


 スイッチが僅かに動く。鋭い音がして、どこからともなく矢が飛んでくる。ちょうど僕の頭上を通り過ぎようとしたそれを手を伸ばし無理やり掴み取った。


 鏃が破魔鋼製だ。言われてみれば光沢が僕の鉈に少しだけ似ている。


 奇妙な匂いがする鏃を眺め、注意深く舌で触れる。

 屍鬼から変異した下位吸血鬼の味覚はかなり許容範囲が広い。ぴりぴりした心地のいい刺激を感じる。僕は矢を真っ二つに折ると、鏃をポケットに仕舞った。


 暗い状況を吹き飛ばすつもりで言う。


「毒だ。終焉騎士が強すぎるから対策も強くなってるんだ。か弱い僕からすれば、いい迷惑だよ」


「エンド、拾い食いは駄目。そんなんだからお腹を壊す」


「!? センリがあまり血をくれないからだ」


「…………貴方の食事の時間は、長すぎる」




§





 迷宮はセンリが顔を顰める程いやらしい設計になっていた。

 灯り一つない真の闇。ほとんどない空気に――祝福による知覚を妨げる破魔鋼。そして、闇に紛れ襲い掛かってくるゴーレム。

 並の傭兵ならばまともに抵抗する事すら難しいであろう、悪意の塊だ。


 【デセンド】は吸血鬼に執拗なまでの対策を打っていたが、この城からは終焉騎士を殺すという強い意志が感じられる。


 先輩の工夫に、僕は感心しきりだった。なるほど…………こういう城を作れば終焉騎士から身を守れるのか。

 だが、僕が城を作る時はもっと対策を打とう。吸血鬼と終焉騎士のペアを撃退できるような対策を。


 地下迷宮は大きく分けると、無数の通路と部屋、そして扉で構成されていた。

 分厚い金属の扉は部屋の前はもちろん、通路の途中などにも存在していて、侵入者の足取りを妨げる。鍵はかかっていないので、どちらかというと待ち伏せするための死角を増やすためのものなのだろう。


 吸血鬼の呪いはユニークだ。僕は許可がない限り他人の家には入れない。


 その区切りの判断基準の一つが扉だ。


 今思えば、地下空間への扉に入れたのはこの地下宮殿の主が招待していたからだったのかもしれない。


 迷宮の扉は僕にとても入ってはならない気分にさせてきた。下位吸血鬼の僕には扉の効果は薄いが、センリがいなければ僕は大きく疲弊していただろう。


 だが、それをセンリが全て解決してくれた。

 扉を開け、中の安全を確認すると、センリが僕を招き入れてくれる。


「エンド、入って」


 呪いというのは本当に不可思議である。たとえば僕は流れる水の上を通る時、ほとんど全ての吸血鬼としての力を失うが、お湯ならば弱化する程度で済むのだ。

 余り理屈で考えない方がいいのかもしれない。


 魂を蝕む痛みは熱を伴ったものに変わっていた。昔風邪を引いた時のように頭がくらくらする。


「ありがとう。手間をかけてごめん」


「……気にする必要はない。エンド、貴方は役に立っている」


 センリは優しいなあ。頼りにされているという事実が僕を奮い立たせる。

 天井から落ちてくるゴーレムを鉈で真っ二つにする。最初は驚いたゴーレム達ももはや流れ作業のように撃破できる。


 ラザル達はちゃんと撤退しただろうか……。


 地下迷宮は入り組んでいて何がなんだかわからなかったが、目的地は着々と近づいていた。

 目を見開き、壁を――気配の感じる方向を睨む。



「感じる。後少しでたどり着くよ……特大の夜の結晶の気配だ」


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