第十一話:夜の結晶②

「本当にあいつらを仲間に入れるのか? 確かに命の恩人ではあるが――明らかに怪しいぞ。それに、よりによって『吸血鬼狩りヴァンパイア・ハンター』ときた」


 仲間の言葉に、ラザルは無言で憮然とした表情を向けた。


 傭兵だって魔物を退治する事くらいあるが、『吸血鬼狩り』はそんな傭兵たちの中でさえ恐れられた狂気の集団である。

 終焉騎士のように特別な力を持っているわけでもなく、矮小な人間の身で怪物に立ち向かうそのあり方は物語の中の話ならば面白いが、実際に目の当たりにすると恐ろしいことこの上ない。ラザルたちのように骨人を砕いて喜んでいるような者とは違うのだ。


 吸血鬼狩りの絶対数は少ない。その威光を借りるため、吸血鬼狩りの名を騙る者も少なくないが、その二人は明らかにただの傭兵ではなかった。

 纏っている雰囲気が違う。闇の中、明かり一つ持たずにやってきて『黒い骨ブラック・ボーン』を一撃で切り伏せるなど、普通の傭兵ではできないし仮にできたとしてもやろうとは思わないだろう。

 恰好もおかしかった。男爵バロンを名乗った男は真夜中なのにサングラスをかけていたし、女の方も信じられないくらい軽装だった。ラザルたちも別に重装備ではないが、元魔王の古城の地下を訪れるのにあの恰好はない。


「仕方ないだろ。命があっただけマシだと思え。それに、バロンの力はイかれてる。見ただろ? 銅のコインを握りつぶせるんだ、人間の力じゃねえよ」


 力自慢はさんざん見てきたが、銅貨を指先だけでつぶせる男は見たことがなかった。しかも、一見して力自慢のように見えないのだから違和感甚だしい。人間業ではないが、相手が吸血鬼狩りならば納得の力でもある。

 吸血鬼狩りは頭の中身もおかしいが、力もおかしいのだ。


「それに、奴ら、報酬はいらないと言ってた。こっちはいつも以上に安全に仕事できる」


 自分を納得させるように続ける。


 報酬はいらないが仕事に混ぜて欲しいとはおかしな話である。相手が同業者だったら、ラザルも怪しんでいただろう。

 だが、相手は吸血鬼狩りだ。吸血鬼狩りの目的は吸血鬼を狩る事だけである。もちろん金銭も受け取ってはいるだろうが、傭兵ならばもっと楽に稼げる以上、怪物狩りに固執している事は間違いない。


 それにそもそも――相手が同格ならばともかく、あの流れで断る事なんてとてもできなかった。ラザル達は既に借りを作っているのだ。


 と、そこで仲間の一人――いつも女遊びが過ぎて何度も厄介事に巻き込まれているボリスを睨みつける。


「それより、ボリス。絶対にルウに手を出すなよ。あの力だ、一発でも殴られたら骨の数本は簡単に折れるぞ」


 夫婦にしては若すぎる。本当にそういう関係なのかはわからないが、ルウの方も言葉に出して否定はしていなかったし、バロンの目や口調には実際に殴りつけてきてもおかしくはない凄みがあった。

 さすが散々痛い目に遭ってきただけあってそういう嗅覚は鋭いのか、ボリスはいつになく真剣な表情で身を震わせてみせる。


「ああ、わーってるよ。俺だって相手くらい選ぶ」


「しかし、吸血鬼狩りが出張ってくるってことは……もしかしてこの仕事――やばいんじゃないか?」


 きな臭くなってきたのは百も承知だ。『黒い骨』の出現情報は雇い主に伝えたが、雇い主の反応は特に変わらなかった。『黒い骨』は強敵だがそこまで珍しいものではない。実際に遭遇したラザル達からすれば堪ったものではないが、反応が薄めなのは仕方ないのだろう。

 そもそも、アンデッドがでたのならば終焉騎士団を呼ぶのが筋である。その手を打っていない時点で、【デセンド】がこの件を重要視していないのは明らかだった。


「ああ。だから、バロンを入れるんだろうが。それに、心配なら城に銀の十字架でも立てておけばいい」


 楽な仕事のはずなのにどうしてこんな事になっているのか。

 ため息をつき、外を見る。再び夜がやってくる。また城の地下で忌々しい不死者どもを倒し続けなければならない。





§ § §




 夜の結晶の欠片はなくさないようにロケットに入れて首に掛ける事にした。

 センリに買ってきてもらったロケットは純金製で強度に難がありそうだったが、もともとアクセサリーだし、ここは銀細工が有名な【デセンド】だし、そもそもこのロケットが仮に鋼鉄製だったとしてもなくす時はなくすだろうから、妥協するしかない。


 首にかければ透明な吸血鬼の出来上がりだ。センリが機嫌のいい僕を何故か呆れたような目で見ている。


「エンド、気が抜けている」


「エンドじゃない、バロンだ。そしてセンリじゃなくてルウだ。僕の妻のルウだ」

 

「…………安易な設定。他にももっとマシな言い訳は沢山あった」


「何もしないよりはマシだ」


 センリが深々とため息をつく。

 僕は僕が演じたい設定を出したのである。僕はセンリの血を定期的に吸わないといけないし、その時は自衛のためにも二人っきりにならなくてはならない。妥当な設定だろう。それにこれなら、あの荒々しい傭兵たちがセンリに手を出そうとした時にも心置きなくぶちのめせるというものだ。


 そもそも、センリはずっと僕の側についていてくれるといったのだ。つまり、家族である。そして、アンデッドである僕と付き合うにはそれ以上の絆が必要なのだ。つまり夫婦である。僕は真面目な顔を作って言った。


「明らかにあの城には何かある……」


「…………虚影の魔王は魔導師だった」


 センリが無表情で言う。


 改めてラザルさん達に行った聞き取りで得られた情報は余りにも少なかった。だが、いくつか新しくわかった事がある。


 外部からアンデッドが侵入してくる事件が起きたのは随分前からで、既にいくつものパーティがその撃退任務に携わっているという事。【デセンド】の上層部は、今のところ、その件を終焉騎士団に報告するつもりはないらしいという事。そして、変異したアンデッドが現れたことを告げても、特に大きな反応は得られなかったらしい事。


 つまりそれは、今回の件は別に異常事態ではない――これまでも変異したアンデッドが現れたことがあるという事だ。

 ラザルさん達が死にかけた『黒い骨』だが、人間ではとても敵わない怪物というわけでもない。死人が出ていたら反応も変わりそうだから、きっとその時は何事もなく討伐したのだろう。

 そして、この都市がここまで過剰に吸血鬼対策をしている理由もなんとなく察せるというものだ。


 地下は既に【デセンド】がくまなく確認しているだろうが、夜の結晶を見落としていたわけで、アンデッドでなくてはわからない何かが見つかる可能性はあるだろう。


「余裕があったら観光もしよう。ライネルの城も結局見て回れなかったし、一度見てみたかったんだ」


「…………」


 センリが僅かに眉を顰める。だが、それ以上は何も言わなかった。

 どちらにせよ、センリも城の事は気になっているはずだ。確認は必要だった。




§





 虚影の魔王の城は今日も悠然と佇んでいた。月明かりに照らされた古城は多少の荒廃はあっても、ゾッとする程美しい。

 魔王になりたいなどとは思わないが、僕もいずれこういう城を建てたいものだ。


 ラザルさん達は城の前で待っていた。今日はアンデッドの気配はしない。


「いつも地下で待ち伏せしているんだ。大抵のアンデッドは地下を目指してやってくる」


「…………なんで?」


「不明だ。だが、強力なアンデッドは大抵地下迷宮に住むと言うし、地下が好きなんじゃないか?」


 この人たち、本当に何も知らないんだな。


 センリを見るが、小さく首を横に振っている。


 僕もセンリと同意見だ。僕は棺桶が大好きだし、陽光の届かない地下も大好きだが、光に惹かれる蛾のように吸い寄せられる程ではない。きっと他のアンデッド達も同様だろう。

 かといって、あれらの骨人が夜の結晶の気配を感じ取って地下を目指していたのかと言われると、それもまた違うと思う。確かに僕は夜の結晶の気配を感じ取ったが、それは地下に行った後だ。地上から気配を察知できる程、夜の結晶の力は強くない。


 骨人の動きは目的を持ったものだった。それはつまり、何者かが事前にそういう命令を出していた事を意味している。


 今の僕ならば大抵の骨人は倒せる。追加でラザルさん達が裏切って攻撃を仕掛けてきても問題ないだろう。そして、この間の骨人の主人がやってきたとしても――センリと一緒なら逃げる事くらいはできるはずだ。

 城の中も見回りたかったが、とりあえずもう二週間もアンデッド狩りをしているというラザルさん達について、地下に向かう。


 ラザルさん達の後ろについて地下への第一歩を踏み出したところで、僕は立ち止まった。

 後ろを歩いていたセンリがとっさに立ち止まる。


「……どうかした?」


「…………いや、なんでもない」


 眉を顰め、目を瞑ると精神を研ぎ澄ませる。

 時間は必要なかった。一瞬気の所為かと思ったが、気の所為ではない。ラザルさん達もセンリも気づいていないようだ。




 『夜の結晶ナイト・クリスタル』の気配がする。


 目を凝らし闇の中を見つめる。かつて、恐らく虚影の魔王が作ったのであろう地下通路に生命の気配はない。




§ § §







 





『夜の結晶は……アンデッドの一部、らしい。闇を統べるもの――かつて万の骨人を率いた骨人スケルトンの王――『冥府の支配者ナイト・クローサー』。くくく……真偽は知らんがな』

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