星の降るときに

長野 トモ

第1話 夏、星空への想い 

 これは、今まで誰にも話たことはない。


 淡い光の天の川、空が星に満ちる時。

 彼女の、ちょっとはにかんだ笑顔と、声が、心を満たしてゆく。

 もう、昔の話。

 それなのに、ある光景が、切なさと暖かさを持ってよみがえる…………。


 …………。

 あれは高校時代。

 高校三年の夏休みの始めのこと。

 皆既月食の夜だった……。




 都会までは電車で一時間以上かかる、新興住宅地、その少し外れ。

 そこに俺の通う高校がある。


 第二棟と呼ばれる、四階建ての建物の屋上。

 そこで景色を眺めるが、見えるものは、どんな街にでもありそうな退屈な眺め。

 卒業して、ほんの少し時間が過ぎれば、たぶん、新しい生活に追われてしまい

すぐにでも、忘れてしまいそうなものばかり。


 珍しくもない家の屋根や街の開発に取り残されたのか? それともいずれは家が建つのか? 俺にはどうでも良いことだが、まだ残されたような雑木林。

 そして入学したての、新緑の頃に生い茂った緑が眩しく感じられた丘。

 そこは今、緑が夏の太陽に輝いている。

 でも、もう、とくに感動は無い。


 鉄塔と空と大地の間に黒い筋を造る数本の電線。

 遠くには港の近くにある工業地帯の煙突が小さく見える。


 反対側の中庭を挟んだ、教室のある同じような四階建ての第一棟は、今、人気の無い廊下が見えるだけだ。


 とにかく退屈な光景だ。

 

 高校に入学した最初の頃は、それでも初めて見る景色に心のときめきを感じたものだが、もう、見飽きてしまった。


 だから今晩の俺のいる天体観測部、天文部としか呼ばれないが、その活動の個人的な記録にと、白黒フィルムの入った、他社のものに比べて小振りな黒いボディーの一眼レフカメラを肩にぶら下げてはいるが、目の前の風景にレンズを向ける気にもならなかった。


 グラウンドからは体育会系の部活動のざわめきが聞える。

 今日は皆既月食の日。夜、月が欠ける時が俺には部活の時間だ。


 屋上の手摺に寄り掛って、ぼんやりと港の工場から立ち昇る小さな煙を眺めていると、後ろから、晴れた空に溶け込むような、声がした。


「せ、ん、ぱ、い……」


杏子の声だ。

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