神様少女がパンツをはいているのが許せない俺の飽くなきパンツ戦争

甘夢 鴻

終章 パンツ

 今回までのあらすじ。

 同居している神様少女が転んだときにスカートの奥からパンツが見えてしまった。以上だ。

 前回なんてねぇよ。俺達のパンツ戦争たたかいはまだ始まったばかりだ。


「き、きゃー! 私のパンツ見たでしょ!」

「は……? お前……お前、なにをやってるんだよ!!」

「え、なにが?」

「なんでお前……!!」

 神様少女が呆けた顔をしている。

「いや、そりゃパンツはくでしょ。傍点振られても意味わからんわ」

「お前はバカか!?」

「え!? 私まともなこと言わなかった!?」

「お前神様なんだろ!? なんで神様を名乗ってるやつが、パンツなんてものをはいてるんだよ!」

「そりゃはかないと見えちゃうじゃん!」

「バカ野郎! 人間が生みだしたパンツなんてものをはいてる時点で、おまえは神でいる資格なんてない!」

「なんて横暴な! 神様なんだからなにをしたって自由じゃない! 私はサービス業におけるお客様と一緒なんだよ!」

「『お客様は神様』の意味を勘違いしている大たわけであることも腹立たしいが、今はそんなことはどうでもいい! 今は、を聞いているんだ!」

「くっ……どうやら話の通じる相手ではないようね……!」

 神様少女はキッと俺を睨みつける。

 どうやら俺と対決することを決めたようだな。

「いいか! そもパンツとは、人間がはいているべきものなんだ! スカートの奥からからパンツが見えた時の高揚! 胸の高鳴り! 魂の昂ぶり! それを得られるのは、人間の女の子がはいているパンツを見たときだけなんだ!」

「女の子の姿をしている私のパンツを見ても萌えないと!? 神様だからって理由だけで!? 失礼な話だな! だいたい忘れてないかい? もう一度言わせてもらうけど、私は神様なんだ! 人間よりも上位の存在なんだよ! パンツをはくのが人間に許されることなのであれば、より上位の存在である私がパンツをはくのは何もおかしなことではないと思わないかい!?」

 ドヤった顔を見せつけてくる。

 傲慢極まる発言など気にならず、ただ俺は、

「ふっ……ククク……」

 思わず笑ってしまった。

「な、なにがおかしい!」

「ああ、おかしいともさ」

 俺の不敵な笑みに、少女は怯んだ。

「神様は人間よりも上位の存在? なるほどなるほど……。貴様は、自分が何を言っているのか理解できていないようだな」

「な、なんだって……!?」

 俺は神を指さし、宣告してやった。

「神が人間よりも上位の存在であるならば、人間と同じものをはいているのはおかしなことに決まっているだろう! つまりパンツをはいている今の貴様は、!?」

「――――!?」

 まるで大英雄の放った矢にその身を射ぬかれたがごとく、少女はよろめいた。

 俺の猛攻は止まらない。

「そうさ! ゴリラがパンツをはくか? チンパンジーがパンツをはくか? いやはかない! すべての動物のなかで『笑う』のが人間だけであると言われているように、『パンツをはく』のもまた人間だけなんだ! つまり! お前がパンツをはいている限り! お前に神を名乗る資格はない! もしそれでも神を名乗るのであれば、今すぐそのパンツを脱ぎ捨てるがいい!」

「ぐっ…………ぐぅぅぅぅぅ……!」

 悔しさと恥辱に塗れた表情を見て、俺は勝利を確信し、神のパンツへダイブする!

「勝負は決した! さあ! 早く! そのパンツを! 自分でできないなら俺が手伝ってやろう!」

「い、いやー! やめてー! 私に乱暴する気でしょう! エロ同人みたいに!」

「バカめ! 貴様がパンツをはいているのが許せないだけであって、貴様の裸になど興味はないわー!」

 勝った!

 俺の手が奴のパンツに触れようとしたそのとき――

「……ふっ」

 ――神が、嗤った。

 俺はスカートのなかに顔をつっこみ、パンツを凝視したまま、心の内で神を睨み付ける。

「……なにがおかしい」

「ああ、おかしいともさ」

 神は先ほどの俺の言葉を、そのまま返した。

「――それが人間にできる限界なのか、とな」

 ゾクリと悪寒が駆け巡り、咄嗟に身体を起こす。

 その口調も威厳も、さっきまでとはまるで違う。パンツをはいているはずなのに、本当に神の空気を纏わせている。

「君は、まず根本的なところから勘違いしているようだ。『人間が生みだしたパンツをはいている時点で神でいる資格などない』だったかな? では逆に聞きたいね。?」

「なん……だと……!?」

 俺は一歩後ずさり……汗を一筋、たらす。

 こいつは、俺の今まで生きてきた人生の価値観すべてが崩壊してしまうような、そんな凄まじいことを言わなかったか。

 パンツは、人間が生みだしたものではないのか……!?

 神は、俺の戸惑いを満足そうに眺め、語り出す。

「神には様々な呼ばれ方がある。『蠅の王』として知られる新約聖書のベルゼブブも、旧約聖書ではバアル=ゼブルと呼ばれ『気高き主』を示すことがある。それと同様に、インド神話におけるシヴァの妻パールヴァティは『慈愛の神』として知られるが――ときにパーツヴァティと呼ばれ『下着の神』を示すこともある。パンツの始まりは、このパーツヴァティだと言われているんだよ。そして同時にこうも言われているんだ。パーツヴァティはパンツの化身――つまりパンツとは、神そのものに他ならないのだよ」

「なっ……そんなバカな!」

「君はパンツを見たときに何を思う? さっきはこう言ったね。『スカートからパンツが見えた時の高揚。胸の高鳴り。魂の昂ぶり』……ただの布切れ一枚に、どうしてそんな効果が宿るのだと思う? それこそ人間以上の……神の力が宿っているとでも考えなければ辻褄が合わないと思わないかい?」

「そ、それは……!」

「ひとつ例え話をしよう」


 さあ。

 想像するんだ。

 君の前に、ミニスカートをはいた女の子が歩いている。

 後ろから見ていても、そのなかが見えることは決してない。

 階段を上っているときはどうだろう? 見上げてみても、眩しいほどの太ももが見えているかもしれないが、それでもパンツは見えないね。


「それは、どうしてだと思う?」

「そ、それは、女子はパンツの見えない角度を正確に把握しているとか……」

「いいや、違うね」

 神様少女はチッチと指を振る。

「それはね、聖域だからさ」

「聖……域……?」

「そう。『スカートのなか』という空間は、聖域なんだよ。『パンツ』という神がそこに住んでいる。通常神を見ることは人間には叶わないように……神の聖域もまた、人間には見ることはできないんだよ」

「な……そんなことが……」

「そして、さらに想像するんだ」


 ミニスカートの女の子が目のまえにいるこの状況で。

 あることが起こった。

 風が、舞ったのだ。

 ふわりと。

 女の子のスカートも風とともに舞い……ついに。

 『聖域』の姿を、そのなかにいる『神の姿』ごと、写しだす。


「この現象のことを何と言うか、君でも分かるんじゃないかい……?」

「……まさか」

「そう。こう呼ぶのさ」


 ――と。


「あ……あっ……」

 俺はがくりと膝をつき……敗北を、確信する。

「ようやく分かったかい? 『パンツ』とは神そのものであり、『パンツを隠すスカートのなか』は、神の聖域だということが。それを見るということは、同じ神の手による悪戯によってしか叶わないということが!」

「つ……つまり……今、俺がパンツをはいているのだって……」

「そう、逆なんだよ。むしろ人間風情がパンツをはいているなど、神に対する冒涜に他ならないんだよ!」


 パンツとは。

 神様こそが、はいているべきものなんだよ。


「う……うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 俺の精神は崩壊した。

 頭をかきむしり、膝を折る姿は、あまりに無様で惨めだ。

「そんな……そんなバカなぁ!」

「はっ! 君が認めたくなくても真実は変わらない! 理解できたなら、今すぐそのトランクスを脱ぎ捨てるがいい! そんなものをはいたところで、ベジータの息子のように強くなれはしないのだ!!」

「ぐっ……!」

 見てすらいないのに、俺のパンツの種類も、このパンツをはいている理由さえも言い当てるとは、さすがは神といったところなのか……!

「さあ! 早く! そのパンツを! 自分でできないなら私が手伝ってやろう!」

「い、いやー! やめてー! 俺に乱暴する気でしょう! エロ同人みたいに!」

「バカめ! 君がパンツをはいているのが許せないだけであって、君の裸になど興味はないわー!」

 神様少女があっという間に俺のズボンをはぎとり、トランクスに手をかける。

 俺は自分の惨めさに、たまらず涙を零した。

「なんで……なんでだよ! どうしてこんなことに!!」

 俺は、拳を床に叩きつけながらボロボロと涙を零す。


「俺はただ……おまえがパンツをはいているのが許せなかっただけなのにっ……!」


 ぐしゃぐしゃに泣きじゃくりながら、俺は悔しさで胸がいっぱいになっていた。

 どうしてこんなことに。

 神がパンツをはいているのが許せないという想いが、間違っていたとでもいうのか。

 しかし、そんな俺に――

「いいんだよ」

 ――神は、さっきまでの威厳などなかったように、あまりに優しい声を施してくれた。

 俺は顔を上げ、神の姿を拝む。

「人は、誰しも間違う。イエス以外に誰も罪人に石を投げることができなかったように、人間はみんな罪を犯す生き物だから」

 神は俺の頭を撫でながら――

「だから私は、君を許すよ」

 ――赦しの言葉を、口にした。

「か……神ぃ……!」

 そうか。

 これが、神の慈愛というものなのか。

 俺は今度は、感謝の想いで涙した。この世に生きていることを許されたような、そんな温かさを感じたのだ。

 許せないなんてとんでもなかった。

 神である彼女がパンツをはくのは当然のことで。

 人間の俺もまた、パンツをはくことが許されている。

 パンツがあるこの美しい世界に、俺は生きている。

 パンツがあるこの素晴らしい世界に、俺は生きている。

 今の俺は、ただパンツへの愛しさと、パンツへの感謝で、胸がパンツでいっぱいになっていた。

 ありがとう神。

 ありがとうパンツ。

 この世に存在するすべての神とパンツに、ありがとう――



 ということがあったのだ――と、俺は翌日、制服の胸ポケットにお守りとしてパンツを隠し持っているパンツ愛好家の親友にこのことを話したのだが、その親友は、

「いやパンツは人間が作ったに決まってんだろお前バカじゃねぇの」

 と、すげなく返してきた。

 俺はその言葉に、世界が崩壊するほどの衝撃を受けた。

「バ、バカな! パンツの始まりはパーツヴァティという下着の神からで……」

「いやそもそも下着の神ってなんだよ、神様に喧嘩売ってんのか。下着っていうのはたしかに古代社会からあったが、いわゆる今のような洋風のパンツが出回ったのは十八世紀ごろからで……って、お、おい?」

 俺から沸々と湧き出るオーラを感じ取ったのか、親友パンツマンの言葉は途中で途切れた。

 だが、俺にはもうそんなことはどうでもよかった。

 今はただ、俺を騙した神への怒りで心が支配されていた。

 拳にぐっと、力をこめる。

 俺は吠えた。

「くそ! あいつ俺を騙しやがったな! やっぱりパンツをはいてるような神様なんて信じたのが間違いだったんだ! くそ、くそ! 見てろ! いつか必ずおまえのパンツをはぎとってやるからな!!」

 天を仰ぐ。

 心にパンツを抱き……俺は、神への復讐を胸に誓ったのだった。



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