月の光
木々 たまき
第1話
突然ですが皆様には、怖いもの、ありますか?
お化け、災害、上司、老化、高いところ、狭いところ、道化師……。
人によって怖いものは様々。あなたにはあなただけの怖いものがありますよね。
俺も例外ではありません。俺には、俺だけの怖いものがあるのです。
俺は、それのことを考えただけでも恐ろしくなるのです。全身の肌があわ立ち、体が冷たくなって、終いにはガクガク震えてしまうのです。
どうしてこんなものが、みんなに好かれ、大切にされ、昔には神として崇められていたのか。
俺には全くわかりません。
ここだけの話にしてくれるなら、教えてやりますよ。秘密ですよ。ええ、秘密ですとも。
実は、俺は、太陽が怖いんです。
え、ええ、太陽、太陽が。
びっくりなさりました? 太陽、怖いんです、恥ずかしながら。おかしいですよね。
自分でも変だと思うんです。小さい頃は平気だったのに。
太陽が怖いだなんて言ってますけれどね、ええ、俺、小学生ぐらいまでは普通の元気な子どもだったんです。外で友達と遊んだり夏には海に行ったり、ふつうに、ふつうの子どもでした。
日焼けだってしてました。真っ黒に焼けて、Tシャツのあとが体にくっきり浮かんでたぐらいです。プールもサッカーも大好きでした。太陽だって、怖くなんてなかったんです。
だけれど小学4年生ぐらいから、痛くなったんです。肌がね、日光に当たると、ピリっとするようになったんですよ。
別に全然気にしませんでしたよ、最初は。
日焼けのせいかな、とか、そういうふうに思って、また遊びに出かけていました。
今日は何する、ドッチボールか、なんて友達と言ってね。
しかし、小学5年生になるころには、肌の痛みが尋常じゃなくなって。
もう、痛いんですよ、すごく。わかりますかね、全身にずっと火をかけられているかんじなんです。
そのぐらい痛くて、その頃にはもう友達と外で遊べなくなっていました。陽の光が痛くってしょうがないから。
そうして小学6年生になったら、太陽の下にいるのがキツくなってきました。
日を浴びていると頭がぼおっとして、体が解けるみたいにダルくなって、動けなくなるんです。
うう、って獣みたいにうめいて座り込んじゃうんです。
そんな調子だから、学校へ行くのもままならなくなって、日中は家で寝るようになりました。
部屋のカーテンをぴしゃっと閉めて、陽の光が入ってこないようにしていたんです。
そんなもんだから、友達も親も、すごく心配して。
大丈夫、
中学生になる4月には、真っ黒だった俺の肌は、異国の少年のように真っ白になっていました。
黒髪も、すっかり色が抜けてしまって、金髪のようになりました。
目の色も真っ黒だったのに、青っぽいグレーになってたんです。
両親はどんどん色素が無くなっていく俺の姿を見て、本当に怖くなったんでしょうね。
必死で、夜でも開いている病院を探し出して、俺をそこに連れていきました。
先生、息子が! うちの海が! って、静かな父までも泣いて泣いて。
お医者さんもびっくりして、診察しますから落ち着いてくださいなんて、俺を一生懸命みてくれたんです。
お医者さんは、
「海くん、このライト、眩しい?」
って、ペンのライトを付けてくれました。
「眩しいです。」
「じゃあこれは?」
お医者さんは次に、蛍光灯を指さしました。
「う、う。」
俺はグラッと体を揺らしてうずくまってしまいました。
もう、日光だけではなくて、ほかの普通の光も俺には眩しすぎたんです。
「ごめんね、眩しかったね、もう大丈夫だよ。」
お医者さんは蛍光灯を消して、スタンドの細い光だけをつけ、診察室を暗くしてくれました。
「海くん、髪の毛、見てもいいかな? 」
「はい。」
お医者さんの手が、俺の髪の毛をすきました。
「染めてないね、これ。地毛だ。」
「はい。」
次に俺の目を見ました。ライトを使わずに、ゆっくりゆっくり見てくれました。
「これも、生まれつきではないんだね。」
「はい。」
母さんが、持ってきていた昔の写真を先生に見せました。俺が、まだ普通の子どもだった頃のを。
「こんな……。」
お医者さんは写真を見て、俺を見て、また写真を見て、俺を見ました。
みなさんも、驚いた時こういうことしますよね。それと全く同じ仕草です。想像できますかね。できたら良いんですけれど。
「光がダメになったのは、いつからかな? 」
「ええと。小学4年生ぐらいからです。なんだか肌が痛くなって。日焼けのせいかと思って放っておいたんです。そしたらどんどん日の下では動けなくなって、色も抜けて…。」
お医者さんは困ったような顔をしていました。結構大きな病院だったのですが、あまりにも難しい病気だったんです。
「皮膚科…いや、精神…でもそんなはず…外科…内科……。」
お医者さんはそうとう悩んだ挙句、俺を大きな大学病院に送ってくれました。
俺は、入院することになったんです。
いまも入院しています。
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