第五話 乙女の秘密

 どういうこと?

 陸上部の部室に、朱里の姿があった。

 あれから一週間もたっていないのに、心変わりしてくれたのだろうか?

 よくみれば彼女だけでなく、バスケットボール部の部員が集まっている。

 まさか、陸上部が乗っ取られたのか!

 その答えを彼女から、ではなく、彼から教えてもらう。


「うちの部長と、バスケ部の部長とは仲がいいんだって。廃部寸前とまではいかなくても、危機感を抱いている部同士、手を組むことにしたんだ」

「合併して、陸上バスケ部になったの? リバウンドで高跳びしたり、ドリブルしながらハードル跳び越えたり」

「そうじゃなくて、お互いの利害が一致したんだよ」


 欠員の補充のため、掛け持ちを認めてもらえるよう顧問の先生を通して、学校に働きかけをしたらしい。テストケースとして、つぎの一年生が入学してくる春まで陸上部とバスケットボール部に限り、掛け持ちを許可されたという。


「陸上部の部員が足らなかったとき、バスケ部から助っ人を頼んだりするケースは、伝統ってこともないけど、前々からあったらしい。日々の練習量が他の部より、すごいからね。そんなことも関係してるみたいだ」

「へえ、そうなんだ」

「でも、このきっかけを作ったのは、きみのがんばりのおかげだね」


 彼にそっと頭を撫でられた。

 ちょ、まじ!

 わたしって、すごくない? 

 はしゃぐ気持ちを抑えられずに、あなたのためにがんばったんだよ、思い切って彼の胸に飛び込むと、やさしく両腕に抱きしめられる。


 ――うん、わかってるさ。


 耳元で囁かれる甘い言葉に、頭の奥がちりちりとしびれる。


 ――だいじょうぶ、顔赤いよ?


 かけられた言葉にだいじょうぶと答えるけど、なにがだいじょうぶなのかもうわかっていない。顔をあげ、鷹秋くんと口にすると、首を振られた。


 ――その呼び方はやめてくれ。


 呼び捨てでいいから、と告げられる。渇いた喉から彼の名を出すと、震える唇をふさがれた。みんながみてる、という言葉を忘れ、うっとり目を閉じ思う。

 このまま死んでも本望、と。

 撫でられた余韻だけで、そんな妄想に浸り続けたことは、乙女の秘密。


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