第72話 九階層ボス → 誤算

「じゃあ、いくよ」

「うん、いいよ」


 リミが暴嵐の双剣を抜きながら頷く。


「はい、敵の弓矢はお任せください」


 シルフィも万矢の弓を持ち直して僅かに胸を張る。シルフィが胸を張ると、大きな胸が揺れてちょっとドキドキしてしまうから目の毒だ。目がどこにあるかわからないからタツマはいつもガン見しているけどね……ちょっと羨ましい。

 頼もしいふたりに僕も頷いてから龍貫の槍を構えると九階層のボス部屋の扉を開ける。


 扉の奥では石を削りだしたような大きな椅子に座ったバーバリアンキングが見える。その周囲に見える小柄な影は取り巻きのレッドショットたちだろう。前に偵察で覗いたときと変化はない。

 それを確認して、目線でふたりに変化がないことを伝えると僕は部屋に飛び込んでいく。


 同時にバーバリアンキングが【威圧】の雄叫びを上げる。一瞬身がすくみそうになるけど、僕が持っている同レベルの【威圧】でしていた訓練のおかげでなんとかレジストできる。ふたりも大丈夫だと思うけど一応念のため。


「『ふたりとも落ち着いていこう』」

「うん!」「はい」


 【指揮】の効果を込めて指示をだすことで、ある程度【威圧】の効果をキャンセルできることはすでに確認済みだ。バーバリアンキングの雄叫びが合図だったのか、一斉に動き出して部屋中に散開したレッドショットたちが弓を構えて俺たちを狙っている。


「シルフィ!」


 僕が声をかける前から準備に入っていたらしいシルフィは、即座に風の精霊に指示を出して僕たちの周りに気流の壁を作り出す。直後に放たれた無数の矢はその気流に阻まれて僕たちに届くことはない。そして、戸惑うレッドショットたちの中へ暴嵐の双剣を構えたリミが飛び込んでいきレッドショットの血煙が舞う。シルフィも万矢の弓に番えた『風』を矢にしてレッドショットを一矢一殺で屠っていく。


 ここまでは予定どおり。いつも一緒に生活しているふたりの連携なら問題はない。取り巻きをふたりが相手にしているその間は僕があいつを抑える。


 ゴォォォオォォオォ!!


 怒りの唸り声を低く響かせながらバーバリアンキングが立ち上がり、傍らに置いてあった巨大な棍棒を手にする。もともと身長が三メルテ近いバーバリアンキングが持つその棍棒は二メルテはあるうえに、先のほうは丸太のような太さがある。

 バーバリアンキングの手の長さとその棍棒を合わせたら、僕が龍貫の槍を持っていてもリーチで完全に負ける。交換をするためには近づかなきゃいけないんだけど……。

 近寄っていく僕に向かって、バーバリアンキングが棍棒を横薙ぎに叩き付けてくる。僕は慌てて屈んで攻撃を避けるけど頭上をボウン! て凄い勢いで棍棒が通り過ぎていく。【豪腕】【格闘】があって、しかも疲れない相手の振り回す棍棒の間合いの内側とか、怖いよ!


「っていってもやるしかないんだけどね」


 こうなってくると【狂人】よりも【豪腕】とかを先に交換したほうがよかったかも。まさかそんな武器があるとは思わなかったから、スキル構成を調整していない。指輪のスキルと交換して調整するにしても、身体能力に影響を与えるスキルはなくなったときの影響が大きいんだ。増えるのは意外となんとかなるんだけどね。

 一時的とはいえ戦闘中に交換するのは危ない。本当に狙うなら事前に外しておいて、ある程度体を動かして慣らしておかなくちゃならなかった。

 だからレベルで負けているような相手にはやりたくない。バーバリアンキングは幸いというかなんというか速さはそれほどでもないから、落ち着いて対処すればなんとかなりそうだし。


 屈んだ勢いでさらに間合いを詰めて足元を槍で払ったけど、さすがに三メルテは重い。バランスを崩してもくれない。でも、振り切った棍棒を振り上げている間に……。


【技能交換(スキルトレード)】

 対象指定 「狂人3」 

 交換指定 「採取1」

【失敗】


 失敗した! もう一回……は無理か。

 棍棒を振りかぶったバーバリアンキングが攻撃態勢に入っている。僕は触っていたバーバリアンキングの毛むくじゃらの脛から手を離すと後ろに回り込むように逃げる。

 ズゥン! 地響きを立てながら床に叩き付けられた棍棒が弾き飛ばした石がビシ、ビシと体に当たって痛い。でも、視界も悪くなっているからこのまま背後からもう一回挑戦だ!


【技能交換(スキルトレード)】

 対象指定 「狂人3」 

 交換指定 「掃除1」

【失敗】


 二回に一回は成功するはずなのに! でも、次! 次やれば成功するはずだ! バーバリアンキングが僕を見失っているのをいいことに再挑戦だ。


【技能交換(スキルトレード)】

 対象指定 「狂人3」 

 交換指定 「解体1」

【失敗】


 また失敗? 


 ガァァァァァァァアアァァァ!!


「え?」

『リューマ! 槍を立てろ!』


 たった二回攻撃をかわされただけのバーバリアンキングが怒りの咆哮をあげると、その体が淡く光って僅かに膨張したように見えた瞬間、振り返りざまの裏拳が僕の体を打ち抜いた。


「がは!」


 優に三メルテ以上を吹っ飛ばされながらも、かろうじて立ったまま攻撃を耐えられたけど、タツマの声に咄嗟に龍貫の槍を立てていなかったらもろに喰らってた。

 体の芯に鈍く残る痛みを【回復魔法】で癒しながらバーバリアンキングを警戒するけど、バーバリアンキングは僕のことを見ていない。離れた僕よりも近くで弓を構えていたレッドショットを棍棒で打ち砕いている。その動きはさっきまでの鈍重なものではなくて十分に速いうえに、威力も間違いなく増している。


「くそ……あれが【狂人】の効果か。使われる前に交換したかったのに」


 まさかダメージを受ける前から、あんなにリスキーなスキルを使うとは思わなかった。タツマが危惧していた通り最初から【盾術3】あたりを使って交換しておくべきだった。そうすれば、レッドショットを倒しきったあとのリミとシルフィに協力してもらって、普通にあいつを倒せたのに。これは完全に僕の油断と驕りのせいだ。

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