第55話 行き止まり → 扉
結局その日は、リミの【水術】の問題は棚上げにして休むことにした。なにかを検証しようと思ったらまず、僕の【水術】をなんとかしないといけないから明日にでも交換の対象にしてしまう予定。
しばらくはここにいる予定だし急ぐ必要はないしね。
翌日、入口にたむろしていたゴブリンを同じようにリミが槍で倒したあとに今度は左の分岐の先を探索する。相変わらず、そこそこの数は出てくるがゴブリンとコボルトしか出てこない。
スキル持ちもほとんどいないため、キレッキレで双剣を振るリミのいい練習相手になっている。リミには【魔術の才】があるからもっと魔法も使っていいんだけど…………獣人は身体を動かすことを好むし、長年練習してきたのは近接戦だからどうしてもそっちで戦いたくなってしまうらしい。
でもいまはレベルも低いし、戦いやすい方法でも構わないかな。本当なら魔法に詳しい人にちゃんとした指導を受けられればいいんだけど、いまは無理な話か。
『きゅきゅん!』
「リューマ様、モフ殿が……」
そんなことを考えつつ探索を重ねていると最後の分岐の行き止まりでモフが鳴き声をあげた。
『リューマ! 面白くなってきたぜ! 扉がある……くぅ! やっとダンジョンっぽくなってきやがった』
興奮するタツマは取りあえず無視して、扉の前のモフをひと撫でしてから扉を調べてみる。通路の行き止まりの壁を扉型にくりぬいて金属質な扉をぴったりとはめ込んである。扉は押して開ける両開きのようだけど……こんなところにこんな扉が、こんなふうにあること自体がここがダンジョンだと改めて証明していた。
試しにちょっと押してみるが、鍵はかかっていないようで普通に開きそうだ。
「鍵はかかってない……か。開けたらどうなるかな?」
『そりゃぁ、ボスがいるんじゃねぇか? フロアボスか、ダンジョンコアかはわからないけどよ。もしくは下に降りる階段のための部屋ってのも考えられるし、宝部屋ってのもあり得るな』
なるほど……それにしても、相変わらずよくもまあ、こうずらずらと出てくるもんだ。
さて、タツマの言う通りその中のどれかの可能性が高いか、あとは単なる通過点って可能性で開けても通路が続くっていうのもあるけど。
「りゅーちゃん、どうするの? 開ける?」
「そうだね、開けないという選択肢はないかな……もしかしたらボスみたいのがいるかも知れないけど、今までゴブリンとコボルトしか出てきてないしどうにもならないような強い魔物は出ないと思うし」
「リューマ様、それでしたらこの場で少し休憩してから中へ入りましょう。まだ疲れてはいないと思いますが、一度落ち着いてからのほうがいいと思います」
「うん、そうだね。じゃあちょっと休憩してからにしよう」
シルフィの言うとおり、無理に急いでいく必要もない。なんだかんだでもう半日くらいは中にいるし、この薄暗い中での戦いは思った以上に神経を使っていると思う。
アイテムバッグから敷き布を出して床に広げると、さらにコップを取り出して【水術】で冷たい水をイメージしてコップに注ぐ。この辺の細やかなイメージはまだリミにはうまくできないみたいで、リミがやるとポルック村の川の水くらいの温度の水が出てくる。きっと、リミにとって水のイメージがあの川なんだと思う。
本当は僕もそうだけど、僕はタツマの知識から水がどうやって冷えたり温まったりするかを知っているからイメージがしやすいってことみたい。あ、ということはお湯も出せるからお風呂もやろうと思えばできるかも! これはぜひ今晩試してみよう。ポルック村を出てからまともに水浴びすらできていないせいか、最近リミやシルフィが近くに来てくれなくなった気がするんだよね。
「はい、リミ」
「ありがとうりゅーちゃん。あ、冷たくておいしい!」
敷き布に座ってコップを受け取ったリミが水を飲んで顔を綻ばせる。耳がピコピコと前後に動いているから、本当に喜んでいるみたいだ。
「シルフィも座って。はい」
「ありがとうございますリューマ様」
シルフィも弓を置いて、腰を下ろすと水を飲んでほっと息を漏らす。いくら余裕があるとはいっても魔物との戦いは気が抜けないから後衛からの支援でも疲れるよね。本当は休憩を言い出すのはリーダーである僕じゃなきゃダメだった……シルフィには感謝しなくちゃ。
「はい、モフ。疲れてるかもしれないけど警戒はよろしくね」
『うきゅん!』
モフにも平皿に水を入れてあげると嬉しそうに一声鳴いて水を飲み始める。タツマはいるかな?
『俺はいらねぇよ。必ずしも水は必要ないしな…………ただ、ダンジョン入ってから死体処理をしてないから腹は減ったかもな。スライムは燃費が悪い魔物じゃねぇが、なまじっか人間の意識があるから空腹感があるような気がしちまう』
あぁ、なんとなくわかる。じゃあ、たまには外で魔物を探したほうがいいかな?
『……そうだな、ただ魔物はダンジョンに触れてなければ吸収されないみてぇだから、倒した魔物の下に素早く俺が潜り込めれば食えると思う』
なるほど……別にこっちは構わないけど、魔晶まで食べられちゃうと困るんだけど?
『わかってるって! どうせ包み込むまで時間はかかるんだから、その間にそっちで剥ぎ取りしてもらえば【解体】のスキルの再取得も狙えるだろ。他の魔物を倒すのに時間かかってるようなら途中で俺が待機してもいいしな』
それならこっちも問題ないかな? 最近はタツマの食事も早くなってきたしね。普通のスライムより数倍早いよね。
『おかげさんでな。普通のスライムだって俺ぐらい捕食の機会があれば早くなると思うぜ』
確かに普通のスライムは捕食できる機会が異常に少ない。タツマのように頻繁に捕食できる機会を与えれば熟練度みたいなものが上がる可能性はあるか……調教のレベルも上げもしたいし、スライムを見つけたらまた瓶詰にして持ち歩いて検証してみるのも面白いかも。
『さ、リューマ。そろそろいいんじゃねぇか? あんまりゆっくりしすぎても体が硬くなるぜ』
だね。よし、いってみるか。
僕が立ち上がって体をほぐし始めると、リミとシルフィも黙って立ち上がって体を動かし始める。うん、なんだかいい感じにリフレッシュできたみたい。
体が温まったところでコップや敷き布をしまって、各自の武器を手に扉の前に並んだ。
「もし中に魔物がいた場合は、まず僕が【鑑定】をかけるね。それから指示を出すつもりだけど、相手の出方次第ではそんな余裕がないかも知れないからそのときは臨機応変に対応していこう」
ふたりとも言うまでもなくわかってくれているけど、声をかけること自体が大切だと思うから無駄じゃない。
「じゃあ、開けるよ」
ギ ギッ ギ
僕は鉄のような金属の扉を力を込めて押し開いた。
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