第23話 訓練  →  緊急事態

「は!」

「うわっ!」

「今度はこっち!」

「にゃぁ! また負けたぁ! おかしいなぁ、剣も槍も私の方がうまく使えるのに模擬戦するといつも負けちゃう」


 僕の足払いで とすん(決して『どすん』と言ってはいけない) と尻餅をついたリミが悔しがって頬を膨らませている。そんなリミに僕は手を差し出しながら、表向きは余裕を装いつつ内心ではギリギリだった戦いをなんとか拾えたことに胸を撫で下ろす。


 スキルだけで言えば既にリミの方が【剣術】も【槍術】もレベルが上なのでまともに戦えば勝つのは難しい。ただ、僕の場合は【格闘】が全体の動きをサポートしてくれるし、槍を使う時は【棒術】のスキルも作用するのでなんとかやりあえる。なによりレベルが僕の方が高い。レベルの高さは基礎の運動能力に直結するからリミの倍以上のレベルがある僕がリミよりアドバンテージがあるのは当然だ。


 ……まあ、それでも結構ぎりぎりなのは種族的な能力差だからだと思いたい。


 後は、魔物との実戦経験が多いことも大きな理由かな。魔物は当然人型の魔物ばかりじゃないから、普通に考えれば効率の悪い動きをしなくちゃ攻撃が通らない相手もいる。

 そして、得てしてそういう動きは対人戦では隙が多いながらも意表を突けたりするようで使いようによっては効果的だったりするみたい。


「よいっしょっと。ありがと、りゅーちゃん」

「でもリミの方が凄いよ。僕は五歳からやっているのに、もうリミには剣や槍の扱いでは追い越されちゃってるからね」

「え~! まだ一度も勝ったことないのに、そんなこといわれても信じられないよ」

「いま、僕が勝ててるのは僕のほうがほんの少しだけ実戦経験が多いからだよ。リミがいままで通り父さんたちとしっかり訓練したら、この街を旅立つ時にはもう僕は勝てなくなっている可能性が高いんじゃないかな?」


 父さんたちとの約束通り、僕の【鑑定】や【技能交換】の話はタツマ以外には話していないから、リミにスキルレベルを明かして証明ができないのが困ったところだ。でもその縛りも、あと半年経ってリミと一緒に旅立つ時には完全に無くなる。

 

 そのときには誰に秘密を話し、どこまで秘密を守るかは自分で考えて決めるようにと言われているから。言うなと言われれば守るのは簡単だけど、自分で考えろと言われるとこれが結構難しい。でも、少なくとも出発したらリミにはすぐに打ち明ける。それだけは決めている。


「そうかなぁ……な~んかりゅーちゃんには勝てない気がするんだよね」

「もちろん、僕だって簡単に負けるつもりはないからね。そう思って貰えるのは嬉しいかな。さて、ちょっと休憩しようか」

「は~い」


 いつもの訓練地にくるまで駆け足で十分くらい、そのあと立て続けに剣と槍で二試合分、だいたい三十分くらい模擬戦をしていたので使った時間の割に結構疲れている。

 川っぺりで丸くなって寝ているモフのうえに置いていたタオルを冷たい川に浸してから、ぎゅっと絞ると広げてリミへと渡す。


「あぁ~冷たくて気持ち良い~」


 汗ばんだ顔や首元を拭うリミはちょっと色っぽくてドキドキしてしまう。……っといかんいかん。まだリミは成人もしてないのにそんな目で見たらダメだ。ちょっと名残惜しいが視線を無理矢理引きはがすと川の水で顔を洗う。今は春から夏への変わり目だから気温も暖かで冷たい水がとても気持ちいい。


「はい、りゅーちゃんタオル」

「ありがとうリミ」


 差し出されたタオルをそのまま使うのは気恥ずかしいので、一応川の水をさっと潜らせてからまた絞って汗を拭う。


「やっぱり、相手がいるといいね」

「ふふふ……ひとりだと寂しいんでしょ」

「そ、そんなことないよ。僕にはモフがいるし、スライムのタツマもいるからね」


 と、リミには言い返してはみたもののモフは喋れないし、タツマとの会話は賑やかすぎる上にいろいろ毒されるのでずっと一緒にいると気疲れしてしまう。そして、なによりモフとタツマでは訓練の相手にはなって貰えない。


「そっか……本当にりゅーちゃんはモフちゃんとタツマ君を大事にしてるんだね」

「ん、そうだね。モフはもうペットというより相棒だからね。……だけど、タツマはなぁ……大事にしてるっていうのとはちょっと違うんだよね……なんていえばいいんだろう」


 改めて考えてみるとタツマの立ち位置は僕とどういう関係の場所にあるんだろう。もともとは僕に転生してこようとしてたんだから敵みたいなものだったけど、転生失敗してからは保護対象? ……でも異世界の知識でいろいろ助けてもらってるしなぁ。


「……そうだなぁ……同盟者かな?」

「え? ……ふふふ、おかしなりゅーちゃん。スライムが同盟者だなんて、ちょっと突っついたら死んじゃう同盟者じゃ大変だね」


 どうやら僕がスライムを同盟者として見るのはリミのツボにはまってしまうらしい。まあ、この世界で最弱といってもいい生物を同盟者として扱うのは確かにおかしな話か。


『…………………………………………ァ!!!』


 ん? 噂をすれば、タツマも追いついてきたかな。


『リュ…………………むら………………………い!!!』


 エルフを思う存分堪能したのか、大分興奮している? ……いや、なんか焦っているのか? タツマがそんな念話を飛ばしてくるなんて初めてじゃないか?

 なんだ? ……胸騒ぎがする。念話に関係あるかどうかわからないけど……耳を澄ませてみるか。


「りゅーちゃん? 急に怖い顔してどうしたの?」


 リミが雰囲気が変わった僕を心配して声を掛けてくれるが、僕は鼻に人差し指を当てて静かにするように伝える。そうするとさっきまでは切れ切れだったタツマの声がクリアに聞こえてくる。


『リューマァ! 聞こえたら村に戻ってこい! 村が襲われてる! このままじゃ全滅するぞ!』


「は? …………なにをいってるん……そんなの嘘に」


 いや、タツマが嘘を吐く理由がない。だけど……振り返った先。ジドルナ大森林の方角から魔物がきているような雰囲気はない。魔境産じゃない魔物なら父さんたちがそうそう負けるはずが……。


『リューマ! 良かった! 届いたか! 人魔族だ! 村にきていた行商人が人魔族だった! そいつがエルフに召喚させた魔物がいきなり村の中に現れたんだ! レベル五十越えのやばいやつだ! フレイムキマイラっつう炎に包まれて火を吐くキマイラ! とてもじゃないがいまの俺たちじゃ勝てねぇ! このまま逃げるしかない!』


 は? 馬鹿野郎! なに言ってんだよ! 村が危ないんだ! 父さんや母さんやミランおばさんやデクスおじさんがいるんだよ! 見捨てて逃げられる訳ないじゃないか!


『……あぁ、そうだよな。お前はそういう奴だった。だったらやれるだけやるしかねぇ! もし可能性があるとすりゃお前の親父さんやおふくろさんと協力して戦うことしかねぇ! だから一秒でも早く村へ!』


「くっ! リミ! モフ! 急いで村に帰るよ!」


 リミとモフに声を掛け、僕は置いてあった槍と剣を持つと走り出す。僕の声で即座に起きたモフの動きも速い、僕が走り出すと同時に僕の前を走っている。

 リミもわけがわからないなりになにかを感じたらしく、すぐに武器を持って後を追いかけてくる。持久力では僕のほうが上だが瞬間速度はリミのほうが速い。すぐに追いついてきたリミになんと伝えようか一瞬迷ったが、隠せるようなことでもないとすぐに結論が出る。


「ちょ! りゅーちゃん! 急にどうしたの!」

「村が魔物に襲われてる!」


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