第1章 旅立ち編

第2話 リューマ → 8歳

「リュー、もっと脇を締めて刃筋を立てろ! 常に剣線を意識するんだ」

「はい!」


 僕は額から流れ落ちる程に汗を流しながらも、お父さんの言葉を意識して自分用に両親が用意してくれた短めの剣を振り続ける。そんな僕に時折指示を与えながら、お父さんが誇らしげに見守ってくれている。それがここ数年、僕の夕方の日課になっている。


 お父さんとお母さんのスキルをトレードしたあの日から早いもので三年が経っていた。あの時から早朝はお母さんから槍の、夕方はお父さんから剣の指導を受けるようになった。

 

 スキルをトレードしてふたりの得意武器は変わっていたんだけど、初心者である僕が基礎を教わる為には実際の強さよりもまず知識のほうが必要だったんだ。

 だから剣を基礎から身に付けてきたお父さんが槍を持ちながら剣を、槍を基礎から身に付けてきたお母さんが剣を持ちながら槍を教えてくれるというちょっと紛らわしい状態が続いていた。

 

 スキルを交換したらなんでもうまくいきそうな気がしていたんだけど、スキルだけが全てじゃないんだなぁって思った。

 でも、僕に剣や槍を教えてくれていたせいか、お父さんは【剣術1】を、お母さんは【槍術1】を再びスキルとして習得していた。どうやら一回トレードで失ったスキルも、また練習することでもう一回習得することができるみたいだった。

 スキルをまた覚えていたことをお父さんとお母さんに教えてあげたら、ふたりとも長年鍛えてきた【剣術】と【槍術】のスキルを再習得できたことを凄く喜んでいた。


 スキルを交換しちゃったのは失敗だったのかなと思ってお父さんたちに謝ったんだけど、お父さんは『そういうことじゃない。少しでも強くあることはこの村ではなによりも大事なことだから、交換自体はとても有難かったんだよ』と言ってくれた。

 再習得したといっても、もちろんスキルレベル一では辺境の更に僻地であるこの辺の魔物相手には心もとないから、使用武器を戻すことはしないらしいけど、気持ちの問題みたい。


 そして、僕も三年間お父さんたちから指導を受け続けたおかげで、【剣術】と【槍術】のスキルを習得することができた。


「ようし! いいぞ。良くなった。今日はここまでにしよう。最後にステータスを確認して終わりにしなさい」

「はい」


 お父さんから渡されたタオルで汗を拭いながら頷くと僕は【鑑定】スキルで自分のステータスを確認する。

 

名前: リューマ

状態: 健常

LV: 5

称号: 村の子供(なし)

年齢: 8歳

種族: 人族

技能: 剣術1/槍術1/採取2/裁縫1/掃除1/料理1/手当1/解体1

特殊技能: 鑑定

固有技能: 技能交換

才覚: 早熟/目利き


「やっぱりレベルはあがってないや」


 ちょっとがっかり。毎日ちゃんと練習しているのに全然レベルが上がらない。


「なにを言っている。その歳で【剣術】スキルと【槍術】スキルを持っているだけで凄いことなんだぞ」


 お父さんが笑いながら僕の頭をがしがしと撫でてくれる。実はこのやりとりももう、何度となく繰り返されてきてるんだけど、お父さんにそう言って貰えるとやっぱり嬉しい。


 僕が【剣術】スキルと【槍術】スキルを手に入れたのは、実はもう二年も前なんだ。六歳にしてスキルを習得できた時は僕も剣術や槍術の才能があったのかもと大喜びしたんだけど、その後はどんなに一生懸命に練習をしてもスキルレベルは上がらないままだった。


「それに、おそらくリューが持っている才覚のせいもあるはずだ。焦る必要は無い。スキルレベルが上がらなくとも十分強くなってきているのは父さんが保証してやる」

「うん! ありがとう、お父さん。僕、ちょっと顔を洗ってから戻るね」


 お父さんを安心させるためになるべく明るく返事をすると家の裏にある井戸へと走る。角を曲がってお父さんが見えなくなってから、もう一度自分のステータスを確認してみる。


「【早熟】か……どう考えても、これのせいなんだよなぁ」


 この三年の間にいろいろ試している間に、僕の【鑑定】スキルならしっかりと注視すれば才覚とかの詳細情報も見られることに気が付いたんだ。それによると【早熟】の効果は『スキルを早く習得する。ただしレベルがあがりにくい』と出てくる。

 この才覚があったから僕は八歳にして八つものスキルを手に入れることが出来た。そして、この才覚があるが故に軒並み所持スキルのレベルが低いままなんだと思う。


 ついでに説明しておくと【目利き】の効果は『より詳しく鑑定できる』で、【技能交換(スキルトレード)】は『「対象」と「交換」を指定してスキルを交換することができる。「交換」より「対象」のレベルが高いときは成功率が落ちる。但し、双方合意の場合はこの限りではない』だった。交換スキルはあれ以来一度も使ってないからよくわからないけど。


「でも、これのおかげでいろんなスキルをすぐに覚えられるんだから仕方ないか」


 スキルが有ると無いとでは、たとえレベルが1だったとしてもその行動の結果に大きな違いが出るってお父さんは教えてくれた。その時に教えて貰ったちょっと極端な例が確か……。


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


いいか、リュー。


1.さほど鍛冶の経験がない【鍛冶】スキルレベル1の者が作った剣。

2.【鍛冶】スキルは持たないが何年も修業を重ねた者の作った剣。


 このふたつを比べたとしよう。普通なら何年も修業を重ねた者の剣のほうが良い剣を作れるはずだと思うだろう?

 だがな、実際は【鍛冶】スキル持ちの作った剣のほうが明らかに良い剣を作れるんだ。場合によっては経験をスキルが超える。そんなことが普通に起こり得るのがスキルなんだ。

 お前は【鑑定】で人のスキルが見える。だから、そのことをよく覚えておけ。


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 みたいな話だった。


 そんなスキルを僕は【早熟】という才覚の恩恵で八歳にして八つも身に付けているんだから、確かに文句は言えない。

 聞くところによれば僕くらいの子供なら生活系のスキルをひとつかふたつ持っていればいいほうで、ひとつもスキルを持っていなくてもそれが普通らしい。下手をすれば大人でも死ぬまでにスキルをひとつ、ふたつしか持たないこともあるみたい。


「でも、明日はお父さんが初めて狩りに連れていってくれる。うまく獣や魔物を倒せたら僕もスキルやレベルが上がるかもしれないから頑張ろう!」


 狩りに連れていって貰うのは初めてだから本当に今から楽しみでしょうがない。テンションが上がった勢いで井戸から汲みあげた水を思い切り頭からかぶって意気揚々と家に戻った。


 三十秒後、びしょ濡れのまま家に入ってきたことをお母さんにこっぴどく叱られた。

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