第21話 静謐

 難しいことなんてする必要は無い。私が全てを解決してしまうことは簡単だ。

 だとしてもそんなことをすることの意味なんてきっとあるはずがないだろう。ここ数年でようやく分かったことは『人間は他要因によって成長させられるだけでは何も学ばない』ということだ。結局考えることが無ければそれはただの出来事として過ぎ去っていくだけのものと化す。


「行きましょう。」


 経験として受け止められるような優秀なものであればそれでも伸びる可能性はあるだろうが、大抵の人間はただ受け入れることだけで終わらせるだろう。だから私は.......。


 シュラスとレーネを部屋に残して私たちは家を出る。そして嫌な静けさを感じる広場を通り過ぎ、更に奥へと進む。周囲の建物とは明らかに雰囲気の違う建物。以前訪れた時には綺麗な黄金色をしていたその屋敷は傷や黒や茶に汚れ、その見た目はただの時間経過によるものでないと告げている。


 そして辺りを囲むように居たはずの白い服の人間の姿は一切見当たらず、あれ程まで厳重に閉じられていたはずの門も不用意に開かれている。


 私は瞳を閉じる。ゆっくりと落ちる意識の中に何本も伸びる青白く細い線。その中の幾つか、知りたいそれだけをひたすらに覗き込む。直接目の中に浮かぶようなそのイメージは私の求めていたものであり、ついつい表情が緩む。


 フッと意識を切ると、また屋敷の姿だけが視界に映る。


「着いてこい。」


「は、はい。」


 私は開かれた門を抜け屋敷の側面へと向かう。あれだけしっかりと整備されていたというのに、側面にある窓ガラスは割れ既にそれは入口と化していた。私は窓を乗り越えて、中に入り込む。そして右手を差し出すとそれに掴まるミルラを引き込む。


「ありがとうございます。」


 丁度入った先はあの地下室の扉の真正面。無残に転がる扉だったはずの鉄くずを無視して階段へと歩を進める。


 騒音。進めば進むほどにガヤガヤと声が聞こえる。進めば進むほどに声は大きくなり、階段を降り終えた後にも声に掻き消されたのか私たちに彼らが気づくことはない。


 大きく開かれた扉の先にいるのは数十人にも及ぶ人間。広い地下室の中央に腰を下ろした人々は下品な声を上げながら宴を開いているようだった。しかしそんな彼らの情報も既に私には筒抜けである。中央で一際大きな笑い声を上げる小柄な男は元あの旅館の経営者でありその財力で現在の最有力候補。言ってしまえばシルクがどう足掻いたところで絶対に敵うはずのない相手ということである。


「出来るだけ人間を殺すことをせず、しかし彼を当選することが無いようにする。失敗することは許されない。貴様ならどうする?」


 案はもちろんある。しかし、私の意識外のところに正解が隠れている可能性がないとは言えない。


「確実.......ですね。」


 ミルラは呟くと考え込むように俯き頭を抱える。


「無理に考えることは」


「いえ、ヴァイス様の知っている未来には遠く及ばないということは分かっているのですが。」


 ミルラはそう付け加えて小さく息を吸う。


「きっと財政面ではどんな手段をとっても崩すことは厳しいでしょう.......。現段階を一気に打開するというのは多少のことでは不可能でしょうし。

勿論これはシルク様依存の話にはなりますが.......。

ですが確実と言われるとやはり彼らをシルク様がここの町長になるまで表から消えてもらうことでしょうか。」


「消えてもらう。手段は?」


「閉じ込めてしまう.......でしょうか。それか全く違う場所まで連れて行ってしまう.......。」


 アイディアとしては悪くは無いが、具体性に欠けていた。


「二つ目は現実的ではないだろうな。あれ程までに固まった人間の中から一人を連れ出してしかもこの場所に戻ってくることが無いようにすると言うのは手間とリスクが高すぎるだろう。寧ろ近場で監禁してしまう方が色々と効率が良い。

だがそれもあの人数の中から連れ出せれば.......の話ではあるが。つまりは閉じ込める.......ここで全員を監禁してしまえば良いという話だ。幸いなことに彼らがこの地下で宴を開いているのは既に勝利を確信した故のことで、更にいえば彼らはこれで全員。

この深い地下室に閉じ込めてしまえば彼らは有り余る食料で死ぬことも無く、声が漏れるという心配もない。」


「.............。まるで仕組まれたシナリオとでも言うべきな位に状況が整ってますね.......。」


 正にその通り。私は小さく頷く。私が見てきたのはあくまで彼らの未来だけであるが、閉じ込められたとしても二週間も持ちこたえることが出来るようだ。そして彼らを助けに来るような人間もおらず、そんな人間が生まれるわけも無い。


「あぁ。完璧なのだ。」


 私は袖口に手を伸ばす。


「私にあまり時間は無い。だから長くても三日.......三日までに彼が勝利するに至れなかった場合は彼の母親を裏切るか彼を強制的に帰還させるかの選択になる。どちらにせよいい気分で終えられるとは考えられないことだけは覚悟しておくが良い。」


 私は欠片を強く握り込む。右の腕にまとわりつく様な熱気が形を成してゆく。離れろ.......そんな言葉はいらなかったようで、既にミルラは階段を駆け上がっていた。ゆっくりと私も階段を上がり、その中腹の天井を強く引き裂いた。


 轟音と共に天井は大きく崩れ、下へと続いていた階段の姿は既にそこには無い。私はその少し上部の階段を真横に引き裂いた。衝撃で吹き飛んだ瓦礫はジャラジャラと崩れ落ち、そこには大きな穴が出来ていた。万が一.......いや、私の知る未来には有り得ない話ではあるが念には念を.......という言葉もある位だ、やっておいて私に損は無い。


 ゆっくりと階段を上り終える。この場所は単純に目立ちにくく、更にはこの先が地下であることを知っている人間もまず居ないことは既に知っている。なんと言ってもあのユアンの手下はユアンの死を伝えた後にこの街の広場で一人残らず死んでしまったからである。故に私はわざわざ小細工をするつもりは無い。


「戻るか。」


「はい。」


 大き過ぎるというのも考えものである。単純なことに気づかない愚かさには流石の私も笑うしか出来なかった。


「お帰り、どこ行ってたの?」


 ボロ屋に帰るなり、シュラスの声が聞こえた。声量は決して大きいものでは無いが辺りの静けさと薄い壁はそれを大きなものと誤認させるには充分すぎた。


「シュラス様、もう少しお静かに.......。」


 ミルラが慌てて人差し指を口元にやる。シュラスは驚きつつもわざと大仰に口元を手で覆って見せた。周りに人影は無いがそれでもこの静寂の中では命取りになりかねないのだから。


 それでも幸いと言うべきか、声に呼応するような者は居なくほっと胸を撫で下ろす。ある意味ではこのような予知の必要を感じない場面が一番危険である.......その点で言えば限定条件のついたこの目では便利止まりなのでは無いかとすら思える。


「剣の腕には自信があった。前回彼の言っていた台詞だが如何程のものであるか.......。」


「うーん、相手がユアンだったってことしか知らないんだろ?少なくともさっき見た感じだと戦闘の経験はほぼ素人にしか見えなかったけど.......。

でも剣の腕があればなれるってものなのか?」


「あぁ。彼らはそうせざるを得なくなる。それが良いこととは思えない.......が、今回ばかりは利用させて貰う。」


 ユアンが作り上げたこの環境。いや、この環境では財力面で差が出なければ必ず最後は争いになる。私はそれを知っている.......それ故に対処は簡単ではあるのだが。


「貴様たちはもう休むといい。」


「ヴァイス様は.......?」


 ゆっくりと玄関に腰を下ろす。不安そうにこちらに目線を向けるミルラにはどこまで見えているのか、何を感じているのか。想像するのは難しくないが、それをしてしまうのは互いが互いを読んでいる様で思っているよりも心地が悪い。対等と認めてしまっている為であるとしか言い様がないこの感覚は自信を縛っているように思えてならないのだが。


「私はここで寝ることにする。貴様たちは部屋の中で休むといい.......ただそれだけの事だ。」


 ミルラは小さく返事をして部屋の中に戻っていく。知らない訳が無いというのに私はただ滑稽だと思いつつもボロボロの柱に持たれかかるようにして寝る体勢を装う。


 風の音。今にも崩れそうな壁面からは月の光を薄らと覗かせる。隣の部屋から小さく聞こえる寝息が風の音に掻き消されてゆく時間はひたすらにゆっくりと流れていく様にも思えた。


 いつだって何かが起こる前はまるで隠すかのようにそれを感じさせないものだ。あぁ、きっとそうなんだ。さて、一時間ほど時は過ぎていた。


 私は音を立てないようにゆっくりと戸を開き、家を出る。風は冷たいがこれも後少しもすれば陽の光で暖かくなるだろう。私は隣の家から出てくる人影と丁度よく鉢合わせる。


「あんたか。どうしたんだ、こんな時間に.......起きたという訳でもないんだろ?」


「あぁ、その通りだ。」


「どういうつもりかは知らんが、着いてこい。」


 シルクはそう言うと早足で歩き出す。私はその後を歩く。彼が向かった先は港を抜け、下った先にある海岸だった。


「朝になれば港は賑わう。だからこそ今の時間に動くような人間はこういう場所は好まないのさ。

で、あんた何か用でもあるんだろ?わざわざ待ち伏せしてまで.......いや、戸を叩く音すらも警戒したのか?

まぁいいさ、どんな理由であれただ立っていたという訳ではないんだろう?」


 シルクは砂浜に転がる流木の一つに腰を掛ける。わざとらしく端に座る彼に背を向け、私はもう片方の端に座る。


「そうだな。何、ただ下らない世間話でもする相手を探していただけの事。」


「そうか。悪いが俺は昔から嘘を見抜くことだけは得意なんだ。何を隠しているのか、どうして隠しているのか。そんなことは分からないが、二択だけで言うなら俺はほとんど外したことはないんだ。」


 囁くような声。波の音にかき消されそうな小さな声だったが、どうしてか雰囲気が変わっていたような気がしていた。


「貴様、勝算はあるのか?」


 直接的に聞くつもりなんて無かった。下手に聞いてしまえば今の私は甘やしてしまうのでは無いかという恐れがあった。しかし、そんな甘い考えもすぐそこに座る気弱なはずの男に見破られていた.......。


「この街ではただ金があるから、権力があるからなんてだけでは生き残れない。暴力、裏切り、挙句の果てには殺し合いになってしまうそんな街さ。だから最後は必ず力を示さなくちゃだめだって思ってる。あんたもそれくらいは知ってるんだろ?

だが、残念ながらさっきみた通り俺は強くなんてないんだよ。

それでも、この街にいる人間は誰もユアンに敵わなかった.......。勝算、あるさ。」


 決して力強くは無かったが、私の想像を超えるほど彼のその言葉には不思議と自信が溢れているようにすらも感じられる。


「見届けてやろう、足掻いてみるといい。」


「やってやるさ。たったの五人、全員消して終わらせるだけさ。」


 シルクは立ち上がり、港の方へと歩いて行った。私はそれを目で追うが彼の背は遠のきそして見えなくなって行った。


 小さく息を吐いて、打ち付け飛沫を上げる波を呆然と眺める。暫くすると暗い海面には柔らかで粉のような光が広がり、辺りに活気が帯び始める。暖かな陽気を体に浴びると途端に眠気が広がり始める。


 水面に飛沫を撒き散らして進む大きなモノは光を目指すかのように冲へ沖へと走らせる。そんな様子を見ることも飽き、私の目はいつの間にか空を向いていた。ゆっくりと瞳を閉じる。


 感じていた独特な潮の香りがより強く鼻腔を擽るようで、辺りを埋め尽くす喧騒もより繊細に感じられるようだった。




「.............こんな所で何をしているんだ?」


 何かが聞こえた。私は声の主の方へと目をやるがその姿は良く見えない。


 相当寝てしまったのだろう。辺りは既に真っ暗で目の前のぼやけた視界に映る人影は形しか分からない。


「貴様は?」


「ただの漁師だ。それより生きていたのか。死体なんじゃないかと思ったが、どうしてこんな場所で寝てるんだ?」


 声からすると若い男のようだが、どうやら本当に驚いたように少し引きつったようだった。


「海を眺めていた.......それだけだ。だが、貴様もこんな時間に来るような場所ではないだろう?」


 そう言うと彼は足元を靴でなぞり、溜息を吐く。そして何処か不安そうに言葉を漏らしてその場に腰を下ろした。


「寝ていたお前にゃ分かりっこないことだと思うから言うが、今日の昼に人が死んだんだ。一人や二人じゃない.......二桁は確実に死んだ。これだけ大規模な殺しは元地主の手下の一斉征伐以来.......街は今荒れているよ。だから怖くて海に逃げてきたら、こんな所でも人が転がってたんだ。驚いて当然だと思うだろ?」


 よく見れば男の体は小刻みに震えている。膝を抑えるようにしてなんとか震えを止めようとしているようだが、声にはその様子がダダ漏れであり震えも時間を増して大きくなっていくようだ。その姿は前回のユアンを語っていたシルクのそのモノにしか見えない。


「犯人は?殺されたのは誰か分かるか?」


「そんなこと知ってどうするんだ.......?それよりどうしてお前はそんなに落ち着いて居られるんだ?今は選挙の真っ只中だっていうのに、こんな場所で寝たりして命が惜しくないのか?」


 知っていたが、やはり人が死ぬということが当然であるとそう語っているようだった。ここに人が来るということは想定外、自身がこんな場所でこれ程深い眠りについていたことも想定外ではあるがそうであっても私が殺されるという事はまず無いだろう。


「知らぬが仏という言葉があるだろう。腹を立てることもない。そして意味は変わるが、私の知らない場所で起こることなど私にとっては起こらぬも同義であると訳だ。但し逆を言うならば知ってしまえば他人事では無いということなのだが、知っていることを教えて貰うことは出来るか?」


「冷たいやつ.......とは思わないよ。この街の人間はみんな無関心で暴虐的で、本当に悪魔の末裔だらけのような場所だから。知ったところで何か変わるなんて思ってないが、知ってる範囲だけなら教えてやるよ。まず犯人だが候補は二人。いや、こっちは後からの方がわかりやすいだろう。殺されたのは知ってるだけでも十一人居る。全員が選挙関係者だが、何れも死んでいたのは家の中.......らしい。殺されたのは今日の真昼間って言うことだが、選挙中でもまさか昼間に暗殺されるだなんて誰も想像してなかったんだろうな.......。


選挙に出馬を表明してる中で生き残ったのは第一候補と第二候補の二人だけ.......。だが、二人目の男.......名前は忘れたがあんなひ弱で財力面では殺された奴よりは多少あるものの、殺し屋を雇うような余裕は無いやつには不可能.......となれば、あの大金持ちのドラーディムか余程腕の良い暗殺者を雇ったと考えるのが妥当だろうね。ユアンも見せしめを好んで行っていたし、きっと歯向かうならば全員殺すとでも言いたいんだろう。」


 これはきっと上から眺めているだけでは分からなかったこと。彼のその姿は以前のユアンそのもののように見える.......それと同じように今の彼はやり方やそのなりは似つかないものの、完全にユアンのルートを通っている。私は彼ならばとは思っていたが、そんな淡い期待など踏み抜いて彼は進んでいる。きっと間近に居なければ、分からなかった。まるでウイルスに感染し徐々に広がっていく様な、表面だけでは知りえない気がしている。


「お前もやっぱり怖いのか?」


 怖い.......?その言葉の意味が分からずに固まるも手のひらが冷たいような気がして、目の前に掌を出すがその指先が小刻みに揺れている。訳が分からずに止めようと試みるも、勝手に揺れる指先は私の意志を介することなくただひたすらに揺れる。


「怖い.......と言うのか。そうなのかもしれないな。」


「無理はしない方がいい。今のこの街では下手なことをしたらどこで殺されてもおかしくないんだから。」


 彼はそう言い切ると、体についた砂を払い浜の奥へと歩き出す。私も立ち上がり、体を払い港の方へと向かうことにした。波の音が遠のいていく。階段を登り終えて、街へと向かうが街の中央にある広場では大量の人間が集まっているようだった。


 男が言う通り、殺人があった為か街の空気は以前に増して張り詰めている。何処から命を取られてもおかしくないという不安感、緊張感が人々をある様でどの人間を見てもその顔は怯えていた。だが、そんな中にシルクはいた。


「僕がこの街の長になったならば、二度とこのような悲劇は繰り返させない。僕は余所者だけど、だからこそ目指すべき理想もそのために必要なことも知っている。どうするべきかを全員で共有して、誰かだけにしわ寄せが行くようなこの街を壊して新しく作り替えたいと思っている。」


 その風貌、雰囲気はシルクのものでは無い。ツルギと名乗るその人間のものとなっていた。この街の中ではきっと誰もが、虫も殺せないような人畜無害でひ弱な人間だと思っていることだろう。


「面白い。」


「おめぇもそう思うか?」


 小声で呟いたが、隣の老人に聞こえていたのかケラケラと笑い老人は私に話しかける。


「勇敢.......じゃな。じゃが、あれは最も有効な手段じゃろ。何処にも安全地帯が無いならば、自分を支持し続けて来た人間だけに包囲させる。相手を悪者に仕立てあげた上に、自分が勇敢じゃと周囲に訴えかけて行く。よう頭が回っておるわ。」


 老人は大きく笑うと杖をついてどこかへと消えていった。老人はツルギを支持しているのだろう。だが誰も思いはしないはずである.......まさか彼が隠れた裏の顔を持っているなどとは。そしてその作戦であったならばあまりにもリスクが大きい。自分を支持している振りをした人間が暗殺者だったことを考慮していないのだから、保身に走るならこのような溶け込みやすい場所では危険すぎるというもの。それを気にしていない様子であるということは、余程頭が悪いか暗殺者を知っているか.......それかあまり考えるべきではないが鷹を括っているかだろう。


 しかし残念なことにここにいる人間は鷹を括っていると考えている者ばかりの様子。私の思惑の通りに進んでいく.......。上手く行けば地下から這い出た彼らには暗殺者という悪者の皮を被せた後にツルギとして彼がこの街で長となる。


 果たしてそれで良いのか.......。私は目線の先でいきいきとしているツルギを見てふと思ってしまった。私は見ていることが出来ず、ボロ屋に戻ることにした。


「ヴァイス様.......。」


 ボロ屋の戸を開くとすぐそこにミルラがいた。何故か酷く疲弊しているように見えたが、彼女は私を見るなりその場にへたり込んだ。


「どこ行ってたのさ.......。」


「皆心配してたネ.......。」


 私の反応が薄かった為か、クルネが少し苛立っているように見えた。確かに今回は私があまりにも軽率過ぎたという自覚はあったものの、やはり彼らの反応はどうしても大袈裟には感じてしまう。だがきっと今の彼らに何を言ってもきっと何かしら言われてしまうだろう。増して、寝ていたと正直に言った日には。


「すまない。」


 適当な言い訳も見当たらず、ただ謝るしか無い。しかし当然彼らは納得していない様で、お互い黙って睨み合うだけになる。


「今日の昼、何があったか知ってるかネ?」


 そんな静寂を破ったのはクルネだった。彼女はこの中で唯一私について詳しくを知らない。それ故にだろう、彼女は単純にどうであるかということだけを気にしているように見えた。


「知っている。見たわけではないが、大勢の関係者が亡くなったということは噂で聞いた。」


「流石ネ。十三人、出馬した四人とその関係者の九人が昼間のそれも家の中で亡くなったネ。死因はどうやら毒殺らしいけど、詳しくは私達も知らないネ。でもナイフの傷を付けられただけの人が全員無くなってることからまず間違いないって言ってたのは聞いたネ。」


 毒殺。確かにそれならば怪しまれにくく、戦闘経験に自信が無いというシルクでも可能.......いや、下手をしなくとも彼にとっては最善の手段であるとも言えそうな程に合っている。


「そうか。そういうことか。」


 彼の言葉の意味にようやく気づき、ただ感心させられた。ただし私はそれを肯定するべきではないし、肯定するつもりは無いのだが.......。それでも上手くやったものだ。だが私がドラーディムを行動不能にしていることなど彼には知る由もない.......それが悪い方向に転ばなければいいのだが。


「皆巻き込まれたんじゃないかって心配してたネ。なんの連絡もなしにこんな危険な街で単独行動はできるだけ控えるべき.......そう思うネ。」


「すまない。」


 目の前の小さな生命体。まさかこの年齢で説教されることになるとはという驚きもあるが、周囲の目に晒されていることから笑うことをすべきではないと感じていた。


「ヴァイス、全部を話せなんて言うつもりは無いけど今日はどこで何をしていたんだ?」


 シュラスは不安そうな瞳をこちらに向ける。あまり答えたく無い.......しかしそうは言ってもいられないのだろう。つまっているものを消すように、大きく溜息を吐く。


「私は海辺でただ寝ていた。起きて街の広場で演説しているシルクを見かけ、その過程で今日起こったことを知った。ただそれだけだ。」


「海辺で寝ていた.......。ヴァイス様、いえヴァイス様ならきっと問題はないのでしょうが、余りにも行動が軽率過ぎると思ってしまうのは、私がただ心配症だからでしょうか。それでも、やはり出来るだけ自身の身を大切になさって下さい。もしシルク様といる所を見られていたら、ヴァイス様を人質にと考える輩が居ないとも限りませんので.......。」


 ミルラは私の身に危険が及ぶことはそうそうないということは知っているはず。それでもその親身な言葉には重みを感じた。


「そうか。気をつけるとしよう。」


 私なりに出来る最大限の誠意であった。


「ヴァイス.......これからどうするんだ?」


 曖昧な質問。それでも何となくの意味は理解出来ている.......いや、この状況で受け取るべき意味が一つしか考えられない。


「貴様らはこの家にいる限りは被害を受けることは無い。私は一度出る、ミルラ着いてくるが良い。」


「分かりました。」


 私はミルラと共に家を出る。どう考えようとこの状況で私を単独で家から出すわけが無いという考えの元ではあった。しかし、すぐにでも話さなくてはならない理由があった。


 色が濃くなった街にはあれだけあった騒音がほとんど消えていた。ボロ屋を出て正面へと歩き、一本の木の根元に腰を下ろす。ミルラは怪訝そうな目を向けたものの、木に体を預けるようにして座り込んだ。


「ヴァ」


「待て。」


 ミルラが何かを話そうとしていたが、街の方から見えた人影に気づかれる訳にはいかない為に、その口を手のひらで塞ぐ。息を潜めると、生暖かい吐息に手のひらが濡れる感覚と鼓動の音だけが妙に強く残る。


「本当に大丈夫ですか?」


「ええ。」


 会話が聞こえた。複数の人影はシルクを中心としているようで私達の前を通り過ぎていく。そして、シルクの家の前を通り過ぎるとシルクともう一人を残して散らばようにして消えていった。


 そして彼らは辺りを見回す。


「ここで待っていろ。合図を送る。」


 私はできる限りの小声でミルラに告げると彼女は小さく首を縦に振る。私はそれを確認し、茂みの中からゆっくりと歩き出す。


「誰だ!?」


 驚いたように声を上げたのはシルク。しかしその声は『シルク』としてのものではなく『ツルギ』としての声である様だった。


「驚かせてしまったか。」


「知り合いですか?」


 女が身構えつつも、ツルギに問いかけているようだ。私はただその場に立ち尽くす.......振りをしていた。


「えぇ。少しお待ち頂けますか?

彼と話さなくてはいけませんので。」


 シルクは大きく溜息を吐くと、女をその場に残し私を手招きする。私は茂みの方へとゆっくりと手を振る。きっとシルクは何かしらの暗器を持っているだろうが、今の状況そして先程の様に近くに他の人間を連れている場では無闇に振ることは無い。ミルラもそれを察していたのだろうか茂みの中からは適度に音を立てつつも直ぐに攻撃されることの無いであろう間合いを保っている。


「彼女は私の知り合いだ。申し訳ないが一緒させて貰うが構わないな?」


「えぇ。分かりました。彼女に周辺を任せますので早くお入りください。」


 女は家の前を身を隠し、私達は中へと入り戸を閉める。そして奥の部屋へと進むと木張りの床の一部をおもむろに持ち上げる。


「入れ。」


「この街の人間は、地下が余程お気に入りと見えるな。」


 私がそう告げるとシルクは小さく鼻を鳴らす。私達は暗い梯子を降り始める。シルクは最後に床を戻すと中へと身を入れ込む。


 冷たい空間は、足音が何処までも響くような錯覚を感じさせる。降り終えたシルクが灯りをつけるとようやくその内部が露わになる。


「物置.......でしょうか。」


「その通り。今はただの広い部屋だけどな。」


 石造りの広い部屋にはいくつもの棚や布を敷かれた木造の置物が乱雑に転がっていた。元は古物を取り扱う店舗をやっていたということを考えれば、保管場所として最適だとは思いつつもその都合の良さには些か引っかかるような気もしてならない。


「お前達がなんの話をしに来たのかは何となく予想がついてるさ。彼女は大事な信者だから聞かせる訳にはいかない.......。この場所は誰にも知られていないから聞きたいことがあるなら好きに聞きなよ。」


 シルクは疲れている様で、大きく息を吐くとその場に大の字を作る。


「そうか。では単刀直入に聞こう、どういったつもりだ?」


 シルクの体が大きく震えたのが見えた。


「どこまで知っている?」


 シルクは震えた声でそう告げた。天井を見上げているだけのはずの彼はゆっくりと視線をこちらに向けている様で、見下げた目線が不意にかち合う。ミルラは全てを知らないはずではあるものの、気まずそうに目線を逸らしているようでその様子を見たシルクは観念したかのように目を閉じた。


「お前達が一番怖いよ。どこで知った.......なんて聞いた所で知っている人間なんているはずも無いし、どちらかと言えばどこで確信したと聞くべきか?」


「それを貴様が知ったところでどうしようもないだろう?どうしてもというのならば、視たからだと言う他無いのだが、納得出来るか?」


「見た.......?まさか.......。」


 想定通りと言うべきか。シルクは完全に信じられないという表情をしているものの、知っているものは知っているのだから仕方が無い。視たということもただのブラフでは無いのだから。


「もういいや。ああ、仕方ない。仕方ないさ。俺が殺ったよ。」


「そしてドラーディムを探している.......ということか?より確実にする為にも。」


 彼の焦り方は尋常ではなかったが、その一つが濡れ衣を被せるはずのドラーディムが見当たらないこともあるのでは無いかと考えていた。どうやらその考えは図星のようで、彼は額を拭うように左の腕を顔にやっていた。


「探している.......というのは若干の語弊はあるが、今日一日姿を見せないという事に焦っているのは事実だな。街の中じゃドラーディムの雇った暗殺者によって他の腕の立つ者は殺されひ弱な俺を最後にってことになってる。俺の計画通りな訳だが、あまりにも上手く行き過ぎてるとは思わないか?」


 意外な問いかけに私は思わず反応に迷う。


「意外.......か?俺は元々臆病なんだ。だからこそこういう手段をとるし、今の状況が信用出来ない。まさかとは思うが、お前達の仕業か?」


「いいや。私は何も。」


「いいや、嘘だな。」


 私が言葉を返すが否やのうちに彼はそう言い詰め寄る。何を見て判断しているのかは理解に及ぶことは無いがあまりの反応に私は動揺を隠すことで精一杯である。どうしてか私の周りに集まる人間はどうしてかこうただでは転んでくれない。


「あぁ。居場所は知ってるとも。だが貴様は彼を殺すことも出来ずに下手に動けないだろう?故に教えてやるつもりは無い。」


「そうか。いいさ。ここまで話しておいてなんだがそんな前提だけを話に来たわけではないんだろう?」


「あぁ。正直私は貴様がそこまでやる人間だとは思っていなかった。

どこまでユアンを追うつもりだ?ただの暴君を産み出させるのはあまりいい気分がしないのだが。」


 失言だった。彼の表情が明らかに曇る。


「生み出す?お前は一体何者なんだ?名前も知らない、ただの客で見えるといいつつなんでもいい当てる。お前はなんだ?神か?占いの類なのか?

触れない方が良いのではないかと思っていたし、抗えば殺されるのではないかと思ってしまった。それでも得体の知れないものとはこれ以上話していられない。」


 失言だった。嘘を見破るというこの人間に確信を突かれるような質問をさせるべきではないと言うのに。これではこちらも情報を出さなければならないことになってしまうではないか。だが、そうならばある意味話が早いのかも知れない。


「私が神である.......と言ったら?」


「ヴァイス様。」


「.............驚いたな。」


 シルクは腰を抜かした様にその場に座り込んで固まる。しかし、驚くのは私も同様で彼には一体どこまで見えているというのか.......。


「お、俺はもう人を殺したくはない。それでもやれるだけのことはやらなきゃいけないという強迫観念には抗えないんだ。裁きたいなら裁けばいい.......だが俺はユアンの様に誰でもという訳では無い事だけは分かってもらいたい。」


「元より私は裁くなんてつもりは無い。しかしそれでも貴様がこれ以降も殺人を続けると言うならば私はただ私欲で貴様を殺すかもしれないということだ。ブラフでは無いということは貴様なら分かるだろう?」


「そうか。理解した。流石だな.......。」


 私は彼に言うべきことがあることを理解しているものの、詰まった言葉が喉を通ることは無かった。


「明日を、楽しみにしている。」


 私はミルラを連れて家を出る。入口で息を潜めていた女に会釈をすると、彼女は獣の様に家の中へと入っていった。


「予定は早まった。」


「そうですね。」


 私は屋敷へと向かった。

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