第17話 城下町
「やっと見えてきたネ。」
多少遠回りしたもののその言葉にあんどする。馬車を降りてからここまで歩くのに数時間は要しただろう。街の中腹よりも奥の奥、そこまで馬車で移動したと言うのに、王城そのものまでにこれだけの時間。
本当にここに住まうであろう人間の欲深さには最早頭も下がる勢いである。
「やっと王城に着いたのか.......。所で王城ってどれ?」
シュラスが辺りを見渡してそう問いかける。彼がそう言うのにも無理はない。目の前に見える幾つも重なって見える塔はどれが王城のものであるかすらも分からないのだから。
「王城?そんなの見えるはずないネ。」
クルネの言葉に硬直したのはきっと私だけではない。小さな声と共に周囲を歩く全員の足が止まったのだから。既に辛そうにハァハァと息を漏らすレーネは、心が折られたのかその場にうずくまる。その表情には先程までの余裕は無い。
「下調べも無しに来たのネ.......。残念ながら今見えている塔は王城の入口にあたる門の監視塔ネ。勘違いするのも無理は無いけど、この街は城下町ですら無い.......あの門の奥に広がる街が城下町ネ。そして王城はその街の中央にあるネ。」
やれやれとでも言うようにひらひらと小さな腕を広げるクルネ。その様子は小動物のような愛らしさもあるのだが、残念ながら今の私達にはそれを愛でるような余裕は無かった。
「でも門を通った後なら人力車っていう人運びの人達がいるからそれを頼めばいいネ。門の付近には他の生体動物の侵入を王が許してはないから代わりに考えられた方法ネ。人が引っ張って運ぶ訳だから結構高くつくけどネ。」
クルネは微笑を浮かべながらそう言っている。心無しかシュラスとミルラには表情が戻っていた。
「分かった。姉さんは俺がおぶるよ。」
シュラスはそう言って、レーネを背に乗せる。そして歩き出した。
「でもあんた達が持ってるその物騒な刀はきっと没収されるネ。」
歩き出した直後の声。シュラスはピタリと足を止める。
「没収.......?」
「間違いなく危険と判断されるネ。」
シュラスは何も言わずにまた歩き始める。クルネは首を傾げながらもその後ろを歩く。そして目の前には大きな二本の柱に挟まれた二枚開きの門がある。そしてその門の側面の柱の中にを切り取ったスペースに受付のようなテーブルと二人の人間が座っていた。
「今回はなんの御用でしょうか?」
門の手前で立ち止まる私達に気づいたのか、受付にいる一人の女が声を出す。なんの御用。返答に困り黙り込む。
「城下町で買い物をしようと思ってきたネ。王族交渉では無いネ。」
「そうですか。分かりました。では手荷物検査をさせて頂きますので、所持品をこちらに。」
受付はそう言うと、目の前に一つの大きな箱を出す。これに入れろと言うのだろうか。
私達は一度目を見合わせるが、従う他無いと感じ持ちうるものを箱の中に押し込む。それを回収すると受付の二人が中身をガサゴソと何かをしている。
「ええ、特にこちらの中のものは問題ありませんので持ち込んでくださって結構です.......ですが、そちらのお二人がお持ちの刃物は持ち込むことが出来かねますので、一時お預かりしても宜しいでしょうか?」
受付が私とシュラスの背にある長刀を指差す。
「ええっと.......返ってくるんだよな.......?」
シュラスは長刀を抱き抱えると震えた声で問う。それはそうだ、また次は無くしたとなればミズキの怒り具合は想像も出来ない。ブルブルと体を震わせる彼はきっと無理やり剥がそうとしてもその刀を手放すことは無いだろう。
「勿論で御座います。こちらに自身の署名と在住地そして鍵言葉を書いて頂き、お帰りの際に言って頂ければ即お返し致しますよ。」
シュラスはそれを聞くと安心したのか小さく息を吐き長刀を受付へと手渡す。私もその後ろから刀を置く。
「シュラス、署名を頼んでも良いか。」
シュラスは小さく頷くと手渡された紙切れに記入を始める。余り慣れていないのか、その字は所々が歪んでいた。
「在住地って言うのはミズキの所でいいのか?」
シュラスは困ったようにこちらに目をやる。言われてみれば彼の家は.......。申し訳なく思いつつ私は小さく頷く。
「お預かり致します。それではこちらにどうぞ。」
シュラスが用紙に記入し終えると、大きな扉の左側がゆっくりと開かれる。開かれた先に広がる世界は豪華に見えた外の街すら霞んで見えるほどだった。
床を埋め尽くすのは白色の石。所々に金の色が混ぜられたそれは床材として使うにはあまりに勿体ないように見える。石造りは家々がまばらにあり、その一つ一つが小さな城のような複雑な造りとなっていることが外見からも分かる。
大きく整備された道路には至る場所に白を基調とした服を来た人間が辺りを見渡すように歩く。深く被られた帽子によりその表情は読めないが、片手に持つ長い槍は注視することを許してはくれないように感じられる。きっとこの街の警備兵だろう。
「この街では物価も高くただ歩くだけのような人間は貴族に邪険にされるネ。一攫千金を目指してやってくる悪党は大量の王族直下の兵によって蜂の巣にされたり、見せしめで近くの街まで連れていかれて殺されたりする。
誰でも入れる.......そう言ってはいるものの、多少の余裕のある人間以外は断る雰囲気から結局集まるのは地域でもある程度の権力者か貴族ばっかりネ。
龍神様が本当にいるならばどうしてこんな街の体系を許してしまったのかと、この貧富の差だらけの大地を正して欲しい.......そう思う人間は少なく無いネ。」
あれ程来ることを喜んでいたように見えたクルネは目の前に広がる楽園を目の前に小さく言葉を漏らす。何も考えてない無垢な少女というイメージが余りに似合わない様な悲しい表情。そしてその言葉は私の心を強く締め付けるように感じる。
「私も含めて多くのの人間が憧れる。それでも田舎の町では一定の大人が否定をする。あの街は私たちが求めるようなものでは無いのだと。
私は一度来てみたかったけどそういう事だったのですね。」
シュラスに寄りかかるミルラは目の前に広がる街、そのものに話しかけるように言う。ミズキが断る際に少し表情を曇らせたように感じられたのはこのことを知っている故だったのか。例えこの街が私達にとって良いものでは無いとしても、きっと私達が足を止めることは無いとミズキは知っていたのだろう。
何故か美しい街並みを見ても私は謝罪の言葉しか浮かばない。
「申し訳ないな。」
小さく。誰にも聞かせたくはないという私の気持ちからその言葉は誰にも届かないだろう。それでも言わなくてはいけないと。
「本来ならこの街がどういうものであるかもお客さんには伝えるべきだと思うネ。それでもこの門を潜ることが出来る機会は長い間人を運んでもなかなか巡り会えない。そう思ったら、君たちを不安にさせることを言えなくなってしまったネ。」
「いや、止められても私達が来ないという選択を取ることは無かった。」
「クルネ様が謝ることは一切ございませんよ。私達の意思で来たのですから。何よりこの目の前に広がる世界が私達には似つかわしく無いとしても今だけは忘れましょう。」
一番この街.......いや、そうでは無い。一番来たくは無かったであろうレーネはそう言うと、シュラスの肩を借りながらもゆっくりと歩き始めた。
「この街では呉々も問題を起こさないことネ。そして出来るだけ貴族には関わってはいけない。見下されて下手に利用されたらたまったものじゃないネ。
あたしはここで一度お別れするネ。宿と色々観光してみたい場所があるから今後どうするかは今日の日付変更前後にこの門の前で待ち合わせするネ。」
クルネはそう言い終えるとちゃっちゃと街の中へ消えていった。見下されたら.......そう言っていたはずの彼女が最もはしゃいでいるように見えたということは心に留めておく。
街の中へと歩き始める。店はこれまで以上に積極性が無く静かであり人通りの少ない広い道行が酷く寂しく感じられる。あれ程までに邪魔だと思っていた街の喧騒が恋しいと思うのだから私はやはり変わってしまっているということだろう。
「本当に骨董品なんて扱う店なんてあるのか?」
「あるだろう。一定以上の余裕がある人間というのは浪費すべき場所を探す。それ自体への価値が無くても、金銭的な価値があるということ自体の方が重要だと思い始めるのだろう。例えるならばただの石でも王族が拾ったものであるという付加価値がでれば、コレクターはその価値に引き寄せられる。
脱線はしてしまったが、この街の様な裕福な人間達が集まる場所においては無駄に高いものも需要がある故に無くなることはないと言うことだ。」
「そうなのか。俺には難しくてよく分からないけどこの街に骨董品店が必要ってことは分かったよ。でもこのでっかい街で骨董品扱う店だろ?
きっと他の場所とは違って綺麗な店だろうから探すの大変じゃないか。目立ちたくないから下手に貴族に場所を聞くのもはばかられるしさ。」
シュラスの言う通り、この広い中で探すのはなかなか面倒だろう。通信手段がある訳では無い為に、別れて探すことをしようとするのもあまり良いとは思えない。入口にあるこの地域の地図にも店の情報のような詳細なことが書かれてはいない。
小さく息を吐く。そして辺りを見渡す.......。
「そこの貴様。」
「はい?ご利用でしょうか?」
目の前を通りかかった男。荷車のようなものを引いて歩く彼のそれには【王城まで運びます】との文字が書かれており、それが人力車であることを知らせていた。
「あぁ。ついでに場所の案内を頼みたいのだが可能だろうか?」
「う〜ん。聞かれた場所が全部分かるとは思えないですけど、どうぞ。ご利用でしたらまずは乗ってくださいな。」
男は車輪が動かないようにか、板を置くと私達が乗るように促した。私達が乗り込むと、男は板を外しこちらを向く。
「それで、どちらへ向かいましょうか?」
「うむ、王城付近に骨董品を扱う店に覚えはあるか?」
「骨董品.......ですか?う〜ん王城付近にですよね。ちょっと分かりませんね。いや、自分も最近ここで働き始めたもんで、道の情報だけでいっぱいいっぱいなんですよね。
もしどうしてもお探しでしたら同業者の方に紹介しますけどどうします?」
男は困ったように後頭部へと手をやりながらそう答える。
「すまんが、頼んでも良いか?」
「分かりやした。ここから少し進んだ先に広場があります。ついさっき団体で同業者が皆そこまで行ったもんで多分まだそこ付近にいると思うんすよね。
兎に角行ってみましょうか。」
男は支木を持ち上げるとそれを引く。男に引かれるようにして動き出した。整備されているためか車輪が地面に大きな抵抗を覚えてる様子は無く、滑らかに回る。それが伝わるようにして振動がほとんどないのは本当に心地が良い。
「一時間程度は掛かるんでゆっくりとしてて下さい。」
男は振り返り笑顔で言う。よく見ればかなり屈強な肉体をしており、四人も乗っているというのに一切動じている様子は無い。私達は辺りを見渡しながら到着の時を待った。
ゆっくりと大通りを進む。辺りの見た事がないような景色を見ていると正面に大きな広場が現れる。中央には大きな塔があり、その頂点が柵のようなものに囲まれていることから展望台であることが考えられる。
「着きましたよ。」
私達は強ばった体を伸ばしながら降車する。
「ちょっと待っててくださいね。」
周囲には何台かの人力車があり、若い者から年配のものまでが休憩を取っているようだ。そして広場に置かれたベンチには幾らかの人間が腰を掛けており多少の賑わいを感じられる。
「あんた達か?骨董品を探して城下町まで来るなんて言う珍妙な客って言うのは。」
唐突に背後から声をかけられ振り向く。そこに居たのは白髪混じりの剛毛と少し長く揃えられた顎髭が印象的な初老の男性だった。屈強なその体は先程の男とは違い、どこか戦士のそれを連想させる。
「はい。やっぱり買い物目的でこの街を訪れる人と言うのは珍しいのでしょうか?」
「ほう、あんたは見覚えがあるな。そう、未来が見えるとかいっていう巫女だろう? 何度か見た覚えがある。そんなあんたが.......まぁいい。
珍しいというのは飽くまで骨董品なんてものを求めるヤツのことだ。
ただの買い物なら幾らかはいるが、貴族の娯楽程度の店に一般人が来るなんてことが珍しいってこった。なんせこの街の外の人間に下らないものを買う余裕があるやつなんてそうそういないからな。」
男は訝しげに髭を弄りながら言う。ただここに居るだけの人間ではないようで、珍しいものを見るようにミルラを睨む。
「ご存知.......なんですね。」
ミルラは反応に困ったように顔を背ける。
「この街でも幾らかはあんたの所に行ったことがある人間がいるからな。知っている人間は一定数いるだろうよ。
やっぱりあんたも手持ちには余裕があるのか。いや、詳しい事情を聞くつもりは無いが余裕がなければこの街に来る必要は無いだろうからな。
儂はダルレイン。皆からはダレンと呼ばれている。あんた達が望む品があるかは分からんが案内をしてやろう。」
ダレンはそう言って一台の荷台を指差す。乗れ.......と言っているのだろう。
「ダーレンーまだこっちはお代受け取ってないんだけど。」
先程の男が走ってくる。ゼーゼーと荒い息を漏らす男はこちらへと手を伸ばす。
「金貨二枚.......。」
私は巾着の中から二枚の金貨を取り出し、両手を構える男へと手渡す。
「毎度あり」
男は受け取ると、元の方向へと走っていく。何かあったのか.......別人のように感じられたが特に気にする必要も感じずに目で追うことを辞めた。
「すまなかったな。ヤツの話を聞いて直ぐに儂が来てしまったせいだろう。それよりもあんた.......儂とどこかで会ってはいないか? 」
ダレンは私を見て言っているようだ。王城にはこの姿で一度も訪れた覚えもない、彼のような男にも一切見覚えはない。
「申し訳ないが、貴様のような男には見覚えが無いな。」
「そうか。見間違いであったか。すまなかったな。」
ダレンはそう言いつつもこちらの様子を尚伺っているようだ。そうだとしても知らないものはどうしようもなく、私も目線をずらす。
「骨董品とは言っても種類がある。あんた達のお望みは壺か? それとも器の類か? それともそこらのガラクタか? 」
「お伝えしてもきっとご存知では無いとは思いますが、私達が探しているのは珍しい石なのです。」
私の様子を見た為か、ミルラが答える。シュラスが何かを言いたげに口を開こうとしていたが、ミルラに遮られた為に渋々と口をつぐんでいる様子も見える。
「石? はっは。これまた随分と物好きなもんと来たな。残念ながら巫女さんの言う通り興味を持ってはおらん儂には分からんが、それならそれで手当り次第に行くとしようか。」
盛大に笑うと、ダレンは支木を持ち荷台を走らせた。心無しか、先程よりも早く感じるがそれは全員が感じていたようで思わず荷台の端に掴まるミルラとレーネが居た。
「安心せい。危ない程は早くはしないさ。ただこっからゆっくりと走ってたら日が暮れちまうからな。」
ニヤッと白い歯を覗かせて笑うダレンに、思わず私達の顔も綻んだ。
一時間程度だろうか。ダレンが止めたのは一つの店の前。他の家々に比べれば多少小さいが、それでも店舗であるとは思えないような外観をしている。民家と呼ぶには少々豪勢な、店舗と呼ぶには余りに入りにくい様な.......。
「ここが儂の知ってる一件目.......だな。」
「一時間で一件目.......骨が折れそうだ。」
私は小さく息を吐きそう呟く。すると何故かダレンは訝しげにこちらを睨む。何かを探すように私の周囲を見回す姿には流石の私であってもいい気はしない。
「あんた、時間を見るようなものを身に付けちゃいないよな? 一時間とは何を見てそう思ったんだ?」
ダレンは胸元から懐中時計を取り出し、そう言いながら時間を確かめているようだ。確かに私は時計など持ち歩いていない。当たり前ではあるのだが私の所持品はかなり少ない。誤魔化すのにはあまりにも材料が足りないのだが.......。
二千年。長い間生きてきた私は感覚で時間の大抵を理解してはいるのだが、そんなこと言えるはずもなく。
「私は少しばかり体内時計に自信がある。それだけのことだ。」
「そうなのか。.......そうなのか。」
依然疑っている様子に変わりはないが、私には誤魔化す術が無い為にどうしようもない。
それにしてもこの男は本当に私の何かを探ろうとしているようで.......。
「ヴァイス、入ってみよう。」
考えているうちにシュラスに手を引かれる。私は体制を崩しながらも、店内へと連れ込まれて行った。
「.......しゃい。」
店内は綺麗に整えられた壺や食器の類だらけ。気だるそうにこちらをみる老婆一人だけが店員なのだろうか。客は他に誰も居らず、盗難の不安は無いのかとすら思わせるほどに無防備であった。
「私は珍しい石を探しているのだがここにそのような物は置いているか? 」
「あぃ? 石? そんなもの置いてないよ。」
「置いていそうな場所に心当たりは無いか? 」
「知らないよ。」
老婆は面倒くさそうに上の空で返事をしているように見える。これ以上聞くのも無駄であるのは確実。私は店を出て、荷台に乗り込んだ。
「ヴァイス残念だったね。」
「焦ることは無いだろう。これだけ広いのだから。」
そう。すぐに見つかるだなんて思っては居ないのだから一々落ち込んではいられないだろう。そしてまた走り出す。代わり映えの無い景色。あれだけ全員を感動させていたはずだというのに今では誰も景色を楽しんではいない様に見える。
「ここからは王城付近まで店の類はほとんどない。あるのは日用品や食料を売る店くらいだ。全く、こんな街の中腹まで運ぶだけ運んで大半は廃棄と来るのだから、この世界の貧富の差が縮まらないのだろうな。」
ダレンが儚しげな声を出したことに驚く。それにしても本当に自身の無能が露呈していく感覚は表現出来ない辛さがある。上から見るだけでは得られない価値観、視点そして現場からの声というもの。
「神にでも願おうか。」
「そうだな。本当にいるのならば.......な。」
一度緩んだ速度がまた早くなる。そして辺りが暗くなった頃、ようやく私達はその大きな城門の元へと辿り着いた。
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