第14話 行先
私というものは何を成すために存在しているのだろう。
それは内から出たモノなのか外からの問いかけなのか分からない。ユラユラと揺れる意識の中、そんな声が聞こえた気がした。人間だって私だって、いやきっと全てのものが自発的な意識から生まれるものではない。
他人の願いや必要性から生み出されるものであって自信がなんのために生まれたのかという理由自体が決定するのは必ず後についてくる。いや、それ自体が必要なのかも分からない。
そう。人間であるならば親の意思により生み出され、私は人間界の一部を統治する役割を与えられそのために神により創造された。
であるならば、私はその役割を果たせているのかという疑問には些か以上の不安が残るだろう。きっと私が全知全能であったとしても、私の統べる大地では満点の世界は作ることが出来ない。まず必要とされる慈悲や愛情の欠落が余りにもそれにそぐわないものだから。
私が求めてきたものはただの知識であり、そのため以外で人間や他生物との関わりを持とうとはしなかった。それは即ち私が人間という種そのものに対して抱く興味というものがその程度であることを示している。
ユラユラと浮かぶ。直接響くそれは私が発しているモノなのか外部の声なのかも分からない。黒く歪んでいる視界には何か得体の知れないものが浮かんでいるが、それを知ろうとはどうしても思えない。それでも私に近しいものの様な気がしてしまうということだけが堪らなく気持ちが悪い。
「私はなんのために人間なんぞに。」
意識して声を出す。実に不思議なものだ。児玉するように響く自身の声は私にも問いかけてるように感じてしまう。
「貴様は何を得たい?」
私の問いに帰ってきたのは問い。そんなものは決まっている。私は知識のみを求めるただ長生きをするだけの生命体。人間という得体の知れない入れ物に押し込まれたことで不思議な感情の多々を感じてはいるが、その本質はただ無気力で無機質な冷たい置物。
「何も無い。」
それは私が発した声なのかは分からなかった。それでもハッキリとわかるのは自身の冷たい声だということ。それを聞き取っているものは鼓膜ではない.......。
だがゆっくりとぼやけて行く視界が意識の覚醒を示すものだと理解する。
そうしてこれが夢というものであることを理解する。竜である私は記憶の整理など必要がなかった為に味わったことの無い感覚であるが、この現実と何かが入り交じった不思議な空間は嫌いではない。
目が開く。眩しい。すーすーと聞こえる吐息はシュラスのものだろう。私の体は何故かベットの上にありシュラスが床に寝ている。
何故か笑みが零れた。私は人間が嫌いなわけではなかったのだろう。いや、そもそも嫌いというものすらも分からないのか。
私は掛けられていた布をシュラスの上へとゆっくりと掛ける。
夢.......というのは面白いもので、時間の感覚も場所の感覚も自身ですらもよく分からなくなるようだ。
ふうと小さく息を吐き、体を伸ばす。体は軽くなっているが胸元の欠片からは何も感じられなくなっていた。あの身体能力の強化はあまり長時間使ってはいけないものだったのだろうか.......。神も実に不親切なものでこういうデメリットの類は一切教えてくれないのだから。
それでも知れたということは大きい。もし、他の竜と対峙している時にあの眠気に襲われていたら私はきっと生きていられないのだから。
私は物音を立てぬよう歩き、部屋を出る。そして二つ隣の部屋の戸を叩く。
「はい。」
「ヴァイスだ。」
「あ、どうぞお入りください。」
扉が開く。
「すまないな、説明から何から任せてしまって。レーネもいきなりのことでビックリしただろうが許して貰えると助かる。」
「いえ、許すなんてそんな。私はただ感謝するだけです。ミルラ様から聞きました.......。」
「あぁ。ならば良かった。私はただ様子を確認しに来ただけであるから戻ることとしよう。余りにも気持ちが悪い故、シャワーも浴びたいところである。」
乾いてはいるが、体にこびりついた紅が乾燥していてとても気持ちが悪い。私は言い終え、扉を閉めると部屋に戻り浴室へと飛び込んだ。
直ぐに寝てしまった為か既にシャツにこびり付いたそれは水を当てても変化に乏しい。これだけ汚れてしまえば捨てる他ない。私は赤色に染まってしまった髪と体をひたすらに擦る。
鉄分のような匂いが鼻腔に充満する。流れていく赤黒いモノも体は拒否している。これが人間というものなのだろうか、何も思ってないはずなのに体は慣れようとしてくれてはいないようだった。
なんとか流し、私は再びローブに着替えた。
「ヴァイス、起きてたのか。」
「シュラスよ、すまない起こしてしまったか。」
「大丈夫さ。それより驚いたよ。俺が寝ている間に姉さんが誘拐されかけてるって言うし、気づいたらヴァイスは血塗れのまんま床で寝てるしもう流石に驚くしか無かったよ。
でも本当に俺が寝てる間に姉さんを助けてくれてありがとうな。おれが守る.......なんて格好つけてここまで来たっていうのに、結局ヴァイスに最後は助けられてしまうなんてほんと情けない。」
シュラスは悔しそうに唇を噛んでいる。表情は笑っているがその実、やはり負けず嫌いであろう内面が滲み出ているのが感じられた。
「仕方ないだろう。私もあの大男には貴様が付けた傷が無ければ危うかったかもしれない。
それ程に接戦だったのだから、私がとれるだけの行動を取っただけの事。たったそれだけの事なのだから。」
言葉にしてしまえばなんと単純。そう、たまたま私が出来ることだったからしただけなのだから。
ただし、もうこれ以上はやはり危険に晒すべきでは無いのだろう。
「俺はどうやったらもっとつよくなれるんだろう。分からないんだ。最低周りを守れればいいだけのはずなのに、いつの間にかそれすら見えなくなってしまっている自分がいる。
なぁ、龍神様なら分かるんだろう?」
彼の目は何かに縋るような危うさを感じる。しかし、それが竜に対してだとは何故か思えないような。
「私には分からない。私は力など求めたことが一度たりとも無かったのだ。」
「ならどうしてヴァイスは争うの?争うってことは何かを得ようとしているってことだろ?
それはもう力を求めているということと同義じゃないの?」
シュラスの声は落ち着いて聞こえる。勿論その素振り容姿からは年相応の幼さが滲んでいるというのに.......。
力を求める。私が知識を求めているということを解釈するならば、そう取ることもできるのかもしれない.......。そうだとしても、それが彼の求める回答に成りうるとは考えられない。
「私はただ漠然と欲しいと感じたから求めた。以前はそれが求めるだけで手に入ったのだ。なんせ人とは違い無限とも思える時間がある。知識というものは時間で交換できた。
だが今はそうはいかん。勿論時間もあるが、見える範囲が圧倒的に違う。それでも見えなかったものが見えるようになったことで今までとは違うベクトルの物を知ることが出来ている。
貴様が本当に得たいもの。それを求めるために有るべき立ち位置に適切に居れているかどうかをまずは探すべきであろう。私に言えるのはその程度のことだ。」
彼の求める答えでは無いかもしれない。だとしても私が示せることなどその程度。神であっても竜であっても人ではないのだから、たとえ与えることが出来たとしても教えるということは実に難しいものだ。
「そうか。俺にはちょっと難しくて分からない.......けれど、ヴァイスから聞けただけで良かった。失礼を承知で言わせてもらうけど、俺が得たいものを得るために適切な立ち位置ってのは多分ここだと思う。
ヴァイスが知らないものを見える視点に来たって言ってたけど、俺にとっては今がそれなんだ。俺はいままで井の中の蛙だった。見える範囲だけしか見てこなかったし、見えなそうなものは避けてきた。でもダメなんだ、俺はいくら愚かと言われようとも成し遂げたい復讐がある。
どんな状況、どんな相手でもそれを成したい。龍神様とは違ったちっぽけな理由だけど、それでもこの視点なら得ることも出来ると思うんだ。だから龍神様の景色を俺にもまだ見せてくれよ。役立たずかもしれないし、いつか力尽きるかも知れないけど迷惑をかけるつもりはないから頼むよ。」
恐ろしいものだ。時々私より物事を理解出来ているのではないかとすら思えてしまう。
「元より役立たずとは考えていないが。私は元々人間の一人や二人など犠牲とすら考えたことがない程に神と呼ばれるには相応しくない竜である。それでも貴様は良いというか?」
「勿論。俺は龍神様は勿論好きだけど、それ以前にヴァイスっていう人間と一緒に居たいって思ったのさ。それに思ってるより今のヴァイスは人間っぽいし、温かいよ。」
「そうか。私は甘くなったと考えてはいるが、貴様がそう言うならば褒め言葉として受け取っておこう。」
思わず笑みが零れたが、それに釣られるようにシュラスは笑っていた。
「明日の朝にはここを発ちたい。レーネの体調の確認を頼んでも良いか?」
「分かった。行ってくる。」
シュラスは部屋の外へと駆けて行った。
朝。馬車に乗り込み、私達はクォンタムを発った。二度と寄りたいとは思えないような悲しい街であった.......その責任は私にある。もし私に与えられた命を果たさねばならないとすればこの地の貧困の解決は早急な解決を求められることだろう。
叶えられるかどうか、それは分からないとしても。
馬車はガタガタと揺れ、なんとか出立地点へと帰ってきた。危機はあったものの全員が無事であるという結果を得て。
「師匠ー。」
「アンタ達やっとかい!遅いとは聞いていたけど、アタシも一応心配したんだよ。でも.......うん、どうやら全員無事のようで安心したさ。
ところでシュラス、またアンタやられたね。」
道場に戻るなりミズキは全員を見回して話す。彼女はシュラスをチラッとみただけである.......しかし、全てを悟ったかのように溜息を吐いている辺りは流石としか言い様がないだろう。
「やっぱ分かるか。勝てると思ったんだけど、師匠以外に一体一で負けたのは久しぶりだったよ。しかも重い蹴り入れられたから本当に骨持ってかれたかと思った。」
「アンタは直ぐ表情に出るからね。武道を極めようとするならそれも直さないと相手の作戦の助長になるからね。でもとりあえず、アンタは鍛え直さないとね。一体一で負けるなんてアタシの教えが悪いって思われるのも嫌だからねぇ。」
「あ、でも師匠。俺の刀折られちゃったんだ.......。」
シュラスがそう言うと、ミズキの動きが止まった。そして直後に何かが高速で飛びシュラスの頭部を弾き飛ばした。シュラスは声を出す暇もなく、仰け反った後に仰向けに倒れる。
「刀を折られるってことはアンタは死んだってことさ。どれ程の重みがあるかアンタは知らないかもしれないけど、私の流派の根本である水が如きいなしが出来てないってことさね。
負けたってのは大目に見ても良かったけど、流石の私もそれは見逃せないね。アンタには一から叩き込むことにしたから覚悟しなさいな。」
ミズキは聞いたことの無いような声、恐ろしい表情でそう言った。これを人間ならば鬼の形相というのだろう。倒れたシュラスが肩を震わせている辺りからもそれは感じられる。
「レーネ、アンタ随分疲れてるんじゃない?シュラスはアタシが借りるからアンタは奥の部屋で寝なさいな。」
「ミルラよ。貴様も長旅に疲れただろう。もう危険があるわけでもなしだ、私たちに付き合うことは無い。休んだ方が良い.......いや、休め。」
「ヴァイス様の命令でしたら.......。」
ミルラが肩を貸すようにして二人は奥へと歩いていった。
「ミズキよ。貴様らの事に私が口を挟むつもりは無いが、今回は完全に私の落ち度だ。シュラスを責めるのであれば同様に私にも罰を与えてくれ。」
なんと馬鹿な。昔ならそう思っていただろうが、私はそう自然と口に出していた。
「アタシは別に勝ち負けとか、誰が悪いとかそういうことは気にしないタチなのさ。アタシが唯一許せないのがあれだけ教えたのにシュラスが命より大事な刀を折られてしまったってことなのさ。
まだどういうことか二人とも分かってないとは思うけど、竜のアンタなら分かるだろう。そこがアタシの逆鱗だったってことさ。」
いつもと違う冷ややかさは向かい合うと肝が直接冷やされるようだった。
彼女の怒りはなかなか収まらず、結果として私たちはほぼまるまる二日刀を振ることとなった。
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