第2話 竜人
名乗ったことはない。人間とはまともに話したことはない。そもそも名前もない。辺りを見回してみるが目の前に広がる大きな湖の他には山くらいしか見えるものは無い。
何が起きたのかは理解が追いつかない。確か、私は神によって.......。
「おい、アンタどうした?
こんな所で素っ裸で突っ立って。」
私は目の前の青年から話しかけられてるのであろう。言葉は理解出来る。理解は出来るが、どう返すべきかがよく分からない。
これまで話してきた人間は皆私を恐れ、平伏しただ答えを求めてきた。
私がしてきたことは全てそのことに対する解答のみであり、対等な話し合い等は一度も経験がないのかもしれない。
「あ、あぁ……。」
私の肉体に比べ一回り以上も小さい青年に私はまともな返しすらも出来ない。見れば私は裸のようで、目の前の青年からすればこの状態は異常らしい。
幸いなことに、同性な為か彼は答えきれない私に対して衣服を渡してきた。
「あんまりいい生地では無いけど、無いよりはまじだろ?それ着なよ。」
バサッ と広げ着てみる。それは藍色の膝上まである大きなシャツだった。
「感謝する。」
「感謝するってアンタ不思議な話し方するな。」
青年は笑う。それは悪意があるものでは無いことだけは分かった。
「俺の名前はシュラスってんだけど、アンタの名前は?ここら辺じゃ見ない顔だよな?」
見下ろしてた場所にいるはず。それは分かっているのだが、正確な自分の位置も分からない。自分の顔も分からない。
彼はきっと初対面という意味合いで言っているのだろうが、彼の表情からは人種的に雰囲気が違うというニュアンスも含まれてるように感じられた。
「私か……私は……ヴァイスだ。」
ヴァイス。これは青のやつが私を呼ぶ時に使っていた呼び名だ。赤と緑からはシロと呼ばれていたが、響きでヴァイスの方が気に入っていた。
「へぇ、ヴァイスね。なんでこんな所に素っ裸でいたのかとか色々聞きたいけど、取り敢えず街まで行こうか。」
私は彼に引っ張られるようにして街まで歩いた。
不思議なのは人間の肉体という初めて使うこの体が妙な程にしっくり来ている。歩く、話す、触る。
全ての司令が元の肉体とほぼ遜色ない程にスムーズに伝達されてる事を感じる。
二本の細い足で大地を踏むことも悪くは無いと思える程に。
街につき、辺りを見回すことでようやく自分のいる位置に予想がついた。
普段の空から見る景色。そして今の実際にその場に立って見る景色は同じ場所であってもなかなかそれには気づけないのだと実感した。
ここは確か、首都より数十キロ程北にあるこの大地でも五本の指には入る栄えた街のはずだ。
しかし、元は山脈に囲まれた小さな村だった。
連なった山々からは綺麗な水が流れている。また近くの山では鉄鉱石等が採掘出来るため、首都を発展させるためにもこの場所と首都を繋ぐことは必要だった。
そのために私が多少なり力を貸した場所のひとつであったはず。
急にどこかわからない地に飛ばされたという状況から、そこが何処であるかと分かった状況では心の持ちようが天と地の差だった。
なんと言っても、翼もない、強靭な足もないとなれば移動も一苦労なはずなのだから。
「やぁシュラス君お疲れさん。
ん?一緒にいるのは何方かな?」
シュラスに着いていき、街のとある店の前でシュラスが立ち止まると店内からそう声をかけられる。
シュラスより一回りほど歳を食ってるであろう彼は茶色い短めの髪と褐色の肌、そして何より筋肉の塊のような体が印象的だった。
「こいつはヴァイスっていうらしいんだ。
サブ湖の近くにいたから取り敢えず連れてきたんだ。」
「ほぅ……。
ヴァイス……君かな、ここいらじゃ見ない顔だが、 どこから来たんだ?」
男は私を不思議そうに見る。
そして、私が周りを見渡すとようやく彼等の反応の意味が分かった。
この街の人間のほとんどが褐色の肌と黒寄りの髪色をしていた。しかし、私は真っ白い肌と長い髪は少し青みがかった銀色をしていた。
この石を整形され組まれた家々が立ち並ぶ街並みには余りにも不釣り合いな見た目なのだろうと理解する。
「私は……首都から来たはずなのだが、少し記憶が曖昧なんだ。」
咄嗟の嘘だった。
しかし、首都ならば私のような見た目の人間がいる可能性があるのではないかと考えそう言う。
「ほう、首都からわざわざ。
記憶が曖昧とは昨日の嵐のせいで頭でもぶつけてしまわれたのか。
シュラス君これも何かの縁であろう、休ませてあげてはどうかな?」
「そうだな、なんだヴァイス記憶喪失ならもっと早く言ってくれれば良かったのに。
ちょっとここで待ってろ。
用事が終わったら俺の家まで連れてってやるから。」
シュラスはそう私に話すと、店内へと入っていった。私はやはり不思議なのだろう、周囲の人間は皆私を見ているようだ。
そして、ここでもう一つ違和感に気付く。
「左目……。」
私は百年ほど前に左目を失っていたはずだ。しかし、この体には左目があった。
神の配慮なのか、それとも体自体が私本体とは関係ないものだからなのかは分からないが、私は言い様のない幸福感を感じた。
「ヴァイス待たせたな。行こうか。」
左目がある事の嬉しさで周囲を見渡していたが、気付けばすぐ横にシュラスがいた。
「あぁ……。」
シュラスの背中には先程より明らかに膨れた袋があった。私は目の前を歩く彼の後ろを着いて行った。
店が並ぶ大通りを抜け、黒色の石で造られた家々が建ち並ぶ場所でシュラスは止まった。
「ここが俺の家。なかなか立派だろ?」
黒色のその建物は確かに周りと比べてもなかなかに大きかった。
「あぁ、いい家だな。」
私は彼に連れられて家の中へと入った。
中は外見のイメージとは違い、白やグレーの石で造られた壁と木材の床が広がっていた。
「ただいま」
「おかえり。そちらは?」
長方形の大きな部屋には、シュラスによく似た女性がいた。黒色の髪と褐色の肌、そして優しそうな雰囲気を出す彼女も私を不思議そうに見る。しかし、その目には他の人々が向ける下らない好奇心は無く純粋に誰であるかを気にしてるように見えた。
「私はヴァイス。
シュラスに連れられてお邪魔した。」
「そう、シュラスが。ゆっくりしていってね。」
彼女はそう言うとシュラスの持つ荷物を受け取り、部屋を出ていった。
「今のは俺の姉貴。飯作ってくれるだろうから適当にくつろいでればいいよ。」
「そうか。」
私は部屋に敷いてあるカーペットの上に座り込む。
知識として問題なく会話は出来るはずだが、こんな時にどうしたらいいか分からない。
感謝を伝えればいいのだろうが、どうすべきか上手く判断できなかった。
こんなことならば、もう少し人間とも深く関わるべきだったのかと考える。
しかし、昔に戻れたところでそう出来るかと考えるときっと私は聞き入れなかっただろうという結論に落ち着いた。
ふわりとした良い手触りを感じながら、私は心地よい眠気に襲われた。
それ程の運動量では無いはずなのだがな と考えたものの、私は眠気に身を任せることにした。
私は未来が見える。
より正確に言うならば、未来の道筋全てを見ることが出来るのだ。
例えるならば、仮にA君とする男が買い物に行くとする。
A君は買い物に行く前に忘れ物に気づき一度帰ってる間に、目的のものが売り切れてしまっていた。
しかし、私には仮にA君が忘れ物に気づかずに買い物に行き目的のものを買える未来も見えるのだ。
その分岐点は無数に存在するが私は短い未来なら全てを把握することが出来るのだ。
私は神に与えられたこの眼と、時間を飛ぶ力で幾つもの分岐点を望む方向へと変えてきた。
しかし、約百年ほど昔私の眼は。私の左眼は。
忌まわしき記憶だ。私の左眼は人間により奪われてしまったのだから。
人間により奪われた。だが、私が根城としていた高き空は人間等には到底辿り着けぬ場所。
つまりは奴らのどれかが。
考えれば考える程に忌まわしい。私が時間を飛べれば。過去へと帰れれば。
そんな願いも虚しく、失った左眼と失ったタイムリープ能力。
残ったのは怒りのみだった。
冷たい。ヒヤリとした感覚と、体がゆらゆらと動いてる感覚に急速に意識を覚醒させる。
「ヴァイス……大丈夫か?」
夢……。
あまりにもリアルな自身の怒りの感情。
それはどうやら夢の中での事だったようだ。
「すまない。少し嫌な夢でも見ていたようだ。」
心配そうに見つめるシュラスとその姉。俺は精一杯笑ってみようとするが、人間の真似はどうも上手くいかない。
ふぅ、と小さく息を吐けば代わりにとてもいい香りが戻ってきた。
「寝てたみたいだったから、そっとしてたのだけれど用意ができて来てみたら何かに魘されてるみたいだったから……。
落ち着いた?」
「あぁ……。」
いい香りは彼女の作った料理からのようで、冷静になった体はどうやらそれらを欲してるように感じた。
「良かった。なら食べましょうか。」
私達は彼女の作った食事を頂いた。
人間の食べ物という物も初めて食べたが、何度も食べたことがあるかのように感じた。
「そう言えば名乗ってなかったね。私の名前はレーネ。ヴァイス君、宜しくね。」
レーネは笑顔でそう言った。
「私はヴァイス、宜しく。」
「そう言えば、ヴァイスは記憶喪失なんだっけな。
明日は俺休みだし、巫女様の所に連れていけば何か分かるかもしれないから行ってみようと思う。
姉貴はどう思う?」
「記憶喪失!?大変じゃないの。」
「そうなんだよ。実はヴァイス、裸でサブ湖に居たんだ。
昨日の嵐のせいなのかなんなのかは分からないけど、放っておけないと思ったから連れてきたんだけど
首都から来たみたいだし早めに解決出来るならした方がいいと思ってさ。」
「そうね。空いてればいいのだけれど、行く意味はあるんじゃない?」
「だよな。
巫女様なら記憶を戻すとはいかなくても、何があったか、何があるかなら分かるかもしれないよな。」
今更実は……等とは言えず、私の入る余地も無く話は進む。
「白い髪と肌、そしてその碧眼。
この街の人間ではないとは思っていたのだけど、首都からいらっしゃってたのね。
首都には貴方みたいな見た目の方が他にも居るのかしら?
なんて。記憶がないんだもの答えられないわよね」
碧眼。そこでようやく私は己の容姿のほぼ全てを知れた。なるほど、皆が物珍しそうにみるだけある。
しかし、それよりも気になるのはその巫女様という存在。
「巫女様とは一体……。」
この街にそんな超人的な力を持った人間がいるとは私は考えたことは無かった。
いや、仮にもしもそれが本当だとするならば記憶喪失という嘘がバレて話がややこしくなる可能性すらある。
その時は逃げればいいだけではあるが、友好的な人間にそうそう会えるとも考えられないため、面倒な事態だけは避けたい。
「巫女様はこの街に居る神の使いらしくて色んなものが見えるらしいんだ。
この地には神の使いである巫女様と、白い龍神様がいらっしゃって天からは龍神様が地では巫女様が俺たちを護ってくれてるって言われてるんだ。
巫女様は先代までが元々首都に居たらしいんだけど、何故か今の代はこの街に住んでるんだよね。
俺たちからしたら、助かる話だけど。」
「それで私をその巫女様に?」
「そう。もしかしたら記憶が戻るきっかけになるかもしれないし、首都からわざわざ来たってことはなにか重要な用事でもあったんじゃないかって。
例えば巫女様に会いに来た……とかね。」
なるほど。
小さくそう呟き、話の内容を整理する。
白い龍神様……か。
「とにかく、そういう事だから今日はもう休みなよ。
早めに行かないと明日中に謁見出来るかも分からないからな。」
シュラスはそう言うと白い布切れを私の前に置き、近くの布の塊へと体を突っ込んだ。
胡散臭い話しだとは思いつつ、自身に並べられて人々に崇められる 巫女様という存在には興味が湧いていた。
最悪明日にはこの街を出ることも覚悟しつつ、私はまた眠りについた。
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