第7話

α

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 希濤の病室は、他の階に移された、その階の雰囲気は、他のとは異質なものだった。なんというか、ピリピリしていて、希濤には似合わなさそうだった。でも結論から言うと、もう、それぐらい死期が迫っているの、という事だ。

 その日、僕は希濤に会おうとしたら病室には鍵が掛かっていて、入れなかった。通りすがりの看護師が「雷坂さん今日は検査日よ」と言われたので、帰ろうとした、その時だった。

「お。音谷くんじゃないか」

 その声を聞いたら分かった、仁さんだ。僕が振り返ると、その隣には晴風さんもいた。この前の事を思い出すと、だいぶ僕の心が緩む。

「こんにちは」

 僕は素直に挨拶をした。

「こんにちは」晴風さんが言った

 なんか、気まずい沈黙が訪れる。それを打破するように仁さん(マジで助かる)が提案する。

「音谷くん、これから時間、あるかい?」

「ありますけど」僕は素直に答えた。もしもこれが僕の対して好きじゃない相手だったら、よくわかんない、と答えてから、相手が何をするつもりだったか聞いてから考えるけど、仁さんだったら多分普通な、常識的な、一般人のことだろう。

「じゃあ、これから一緒にお茶でもしないかい?」隣にいる晴風さんが「え、ちょっと」と言ったけど仁さんが「いいじゃないか、この前希濤のお礼もあるんだし、君も音谷くんとあんまり話したことがないだろう」

 仁さんがそう言ったら、晴風さんが少し不屈そうに「いいわよ」

「じゃあ、後で車を出すから、病院の門で待っててくれないかい?」

 仁さんが車の鍵をポケットから取り出して、僕に見せる。

 僕は頷いた。



 病院が作る影の下で待っていると、仁さんが車を出してきた、僕は後部座席に乗り込んだ。中がすっごく涼しくて、クーラーの性能がいいなぁと思っていたけど、多分違う。僕を載せる前に、涼しくなるまで車にクーラーをかけていたのだろう。

 この前のファミレスを通り過ぎて、近くにある小さな喫茶店の近くにある駐車場に車を止めて、そこから向かう。

 中は少し暗かった、淡い光が店内に散らばる。三人のソファー席に座る。

「音谷くんは、コーヒー飲めるかい?」

「えーっと……」飲めるけど、キャラメルマキアートぐらいしか飲めない。あと甘い何とかラテ。

「あ、すまない。じゃあこれはどうだい」そう言いながら僕にメニューを渡してきた。

 アップルジュースでいいや。

 僕が仁さんに言うと、仁さんは晴風さんに聞いた。そして店員を呼んで、注文する。アップルジュース二つとブルーマウンテン、ん? 二つ。あー晴風さん、飲めないんだ。

「この前はありがとうね、希濤のことで」

 その話は、仁さんから切り出された。

「いやいや、僕こそ、あの、希濤と一緒に学校なんて行かなければ、その、なんていうか、倒れなかったんですよ。

 だから、結果としても、僕が悪いんだな、って」

 何で僕、こんなこと言うんだろう。

「音谷くん」女の声だった。一瞬遅れて、晴風さんだ、と遅れて気付く。

「あなたは、何で自分を責めるの?」

 そう言っている晴風さんの表情は、真面目だった。仁さんが席を離れて、店員に話しかける、そしてそこで立って、どこかを見つめる 

 僕は晴風さんを見る。

「だって実際僕のせいなんですから」

 僕は少し、笑ってみる。多分大丈夫だろう。

「あなたがいなかったら希濤、死んでいたのかもしれないのよ」

 あなたがいたから、希濤が死にそうになったのよ。じゃなかった。

「もう少し、自分に自信を持って生きてもいいんだよ」その時、晴風さんが微笑んだ。少し、僕が晴風さんに対する認識がまた変わったと思う。

 ビフォー。怖い人。

 アフター。キックがめっちゃすごい人。

 アフターの二乗(今)。案外優しい人。

「ありがとうございます」

 晴風さんは「それでいいの」優しいトーンで言った。

「僕、晴風さんの事めちゃくちゃ怖い人だと思っていました」

「それ、夫も言っていたの、あ、初めて会った時。私ってそんなに怖いのかな」

「いや、初対面だけですよ」

 晴風さんは不可解な表情表す。仁さんが戻って来た。その手には僕と晴風さんのアップルジュース、そして仁さんのブルーマウンテン。器用だ、と思った。

「ん? もう話し終わったのかい?」

「ええ。あなた、何してたのよ、そこでずっと立っていて」

「なんか君達が真面目な話をするだろうと思って、ちょっと離れた」

「ふーん」

 晴風さんは相槌を打ちながら、アップルジュースをストローで吸う。仁さんは何か思い出したように、僕に言った。

「音谷くん、君には本当に感謝しているよ」

「今日二回目ですね、夫婦揃って」

「それじゃあ足りないぐらいだよ」仁さんは笑った。

 僕はアップルジュースを飲む、仁さんはその茶色いブルーマウンテンを飲む。ブルーとかが付くからてっきり青いコーヒと思って少し期待した僕が馬鹿だった。もしくは飲んだら憂鬱になるとか、ないわ。

 そういえば、希濤が前に言っていた。

「お二人とも、洋楽が好きなんですね。僕もそうなんですよ、母の影響で」

「本当か、私はあれ、知ってるかい、ビートルズ、好きなんだよなぁ」

「私はテイラー・スイフト」

 希濤の言った通りだった。自分でもよく覚えていたなぁと思う。

「音谷くんはどのアーティストが好きなんだい?」

 僕は頭から整理しているファイルから、タグがミュージック、のファイルから、欧米、から引き出す、もともとテイラ・スイフトもビートルズも相当な量聞くし、聞かされるし、だから話が作りやすい。それを逐一、二人に話したら会話が思ってたより弾んだ。

 二人とも話し相手に、飢えていたのかもしれない。



 その日は希濤の検査が終わらなくて、僕は結局、駅まで乗せてってもらった。

 スマホを見る、未読があった。母さんからだった。

・今日、ちょっとお父さんと一緒に外で食べるね

・机の上に夜ご飯代あるからそれで食べてね

・お釣りは返さなくてもいいよ(嬉しいのは知ってるぞ、少年)

 笑った。

 お金は家にあるし。財布を見る、多分お金は足りるだろう。家に帰ってから夜ご飯代を入れればいいだけだ。

 駅のホームを離れる、終点は全然先にあるし、その前にもいくつか電車は止まる。

 僕はこの前、仁さんと行ったファミレスに向かう。

 途中でようやく気がついたけど、電柱に、何かチラシ見たいのが貼られている。


《夏祭り!

 今年の目玉は往年とは違う、最後に打ち上がる特大花火とメッセージ式の花火

 気になる彼女、彼に。長年一緒にいた家族に。

 何かメッセージを花火で伝えようじゃないか。

 真っ黒な夜空で輝く思い。

 伝えよう!》


 隅っこには締め切りと文字数制限があった。でもよく見たら花火のやる範囲も書いてあった、書いても意味ないだろ、花火の範囲とか知ってどうする。

 僕は、興味がなかった。

 こんなので伝えても、意味がないじゃないか、そりゃ、ロマンチックだよ。多分。でも僕はどちらかと言うと、告白は面と向かってしたい人間だった。したことないけど。

 希濤の命は、花火じゃなくて欲しい。

 でも、同時に、花火であって欲しい。

 矛盾だな。

 花火のように、一瞬だけ、夜空で一番鮮やかに、華やかに咲き誇って輝く、そしてその瞬間が終わると、なかったように消える、そして長く輝き続ける、淡い光を纏った星しかない。

 希濤の命は、そんなに早く燃え尽きて欲しくはなかった。

 だけど、最後には、花火みたいに夜空で一番美しく、輝いて、咲き誇って、夏の桜みたいであって欲しかった。

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