何日か経った後、僕は希濤に呼ばれて、病院に向った。

 白いリノリウムの廊下は、冷たくて、いまでも崩れそうな感じがした。希濤の病室の前に立つと、妙な緊張感が胸の底から押し寄せて来て、少し呼吸が苦しくなっった。

 彼女はいま、どうなているのだろうか。大丈夫なのか。

 僕はドアを開けて、病室に足を踏み入れる。その一歩一歩に意味があるかのように、鮮明に僕の記憶の中に残った。

 中には音楽が流れていた、エド・シーランのU.N.I

 ちょうどサビのゆったりした部分だった。

 ベッドにいる希濤は、僕があげた小説を読んでいた。そして僕に気がついたように顔を上げて、朗らかな表情を表す。

「あ、音谷くん」

 僕は、泣きそうになった。

「ごめんね、この前は、ちょっと調子が良くなかったみたい」希濤は僕を安心させたいのか、ずっと先日の状況、その後を僕に説明する。

「なんか、もう体が持ちそうにないんだって、しかもちょっと他の症状を出ちゃったみたいでね」

 彼女は僕が聞いたことのない単語を言った。

「もう、病院から出られないの」

 ただそれだけが、僕の頭に残った。だからあの時、晴風さんが僕に謝ったんだ。

「本当はあの時危なかったんだよね、音谷くんがいなかったら、死んでたんだよ」彼女は言葉を日常のように語る。でもいずれ、彼女は死ぬんだ。僕は希濤の寿命を目にする。胸が締め付けられるような感じがした「冗談じゃないよ」彼女は続けて「だから音谷くんには、すごく感謝している。だって私、もう死んでもおかしくないもん」

 僕は口を開いた。

「今は、大丈夫なのか?」

 彼女はハッとした表情で、柔らかなトーンで僕に言う。

「大丈夫だよ」

 次、彼女は少し小さめな声で「私、心配されてるの?」と僕に聞いた。

「そうだよ」

 僕は素直に答えた。

「私、今最高に幸せなの」

 どこか満足げな、とろとろした笑顔で、彼女は、僕に向ける。

「なんで?」僕がそうやって彼女に聞いて、音楽はエド・シーランのPhotographに変わった。

「おしえない」希濤はイジワルな顔をして、僕を深く見つめる。

 その答えを僕は、分からなかった。



 希濤の寿命は、一ヶ月を切った。

 希濤の命はどうやって最後まで輝けるのだろうか。

 僕はどうやって希濤の人生を希望で満ち溢れて、死なせるのだろうか。

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