Autumn Leaves

雷坂希濤

第1話

第1話 プロローグ ①

 小さい頃、僕は、自分が人間の寿命を見えることに気づいた。それは、ひどく残酷だった。

 大好きな祖母がもうすぐ死ぬのをわかっていても、僕は何もできなかった。でも幸い、動物の寿命は見えなかった。

 それは、今でも見えて、その数字は、僕の視界の中にある限り、減り続ける。

 狂った時間は、僕の心を削る。

 僕は、いつからか、自分から死にたいと思っていたし、人間関係も、正直めんどくさいとも思っていた。

 学校にも行かない。

 毎日僕を呼び起こす母の寿命は、あと四十年。

 僕のことを無視する父の寿命は、十五年。少し嬉しい。

 これは、僕が、死を見る、小さな、命が希望で満ち溢れる物語。

 憂鬱と、絶望、そしてほんの少しの恋と幸せを練りこんだ人生の、時間。



 第一話



 ①



 桜の下には死体が埋まっている、桜の季節で僕はやはり、人間の死を目にする。

 毎朝起きて、天井を見上げる。その間で、色んな、フワって思い浮かべて、すぐに去っていく。そんな思考を繰り広げられる、素晴らしい時間だ。その時間でよく、僕は自分がどうやって死ぬのかを、考えている。

 みんな、正常なんだろうな。

 僕はベッドから起き上がって、洗面所で顔を洗う、歯を磨く、嗚呼、面倒臭い。どうせなら全部一瞬で終わればいいのに。全てが億劫で、嫌気がさす。こんなことをあと、何回繰り返すのだろうか。

 鏡を見る、普通の高校生男子。平凡、フツー、なんの見るべきポイントもない。

 上に浮かんでいる、灰色のモヤモヤ。普通なら他人の寿命は、頭の上に浮かんで、単位順に、年、日、時間。それが見えるはずなのに、僕は、自分のが見えない。最悪だ。

 今すぐ自殺っていう手もあるけど、自殺は嫌だ、痛くなりたくない。ビルの屋上からいざ、飛び降りようとすると、落ちた衝撃を想像すると、怖い。

 所詮、僕は弱虫なんだよ。親とか、世間は僕が自殺しないことを喜ぶだろうけど、僕は辛いんだ、一刻も早くこの世界から離脱したい。

 母は仕事に行く、もちろん、父もそうだ。だから家には誰もいない。

 母が作ってくれた、朝ごはんはもう冷めていた。レンジでチンするのも面倒臭かったので、僕はそのまま食べる。冷めた米粒、冷めた味噌汁、冷めたおかず。春の暖かさとは程遠い、冷めた家庭。最も、そのルーツは僕が不登校になったから。

 学校は嫌いじゃない、ただ、目に見える、寿命が嫌いだった。それが終わるまでしばらく学校に行かないことにした。

 我儘だな、と自分で思った。

 学校は大事な日だけに出席する、主に最終日と初日だな。

 それ以外、基本行かない。

 自分でも親に悪いと思っている、一度、話したことがある、寿命が見えることを、だけど信じてもらえなくて、その上精神科に連れて行かれそうだったからすぐに嘘だと言った。もちろん、本当だよ。

 昼ぐらいになると、軽い服装をして、外に出る。高校は義務教育ではありません、そう。

 別にいいんだよ、どうせ家では勉強するし。頭がすごくよかったら、多分社会性なんてどうでもいい。だれかが僕を決めるんじゃなくて、僕が誰かを決めるんだ。

 死にたい、寿命が見える限り、僕は死にたい。こんなの、いらない。

 通り過ぎる、人々の上に、数字が広がる。時限爆弾、そんな風に見えた。実際ある意味から見ると爆弾だし。

 そして僕が見たからには、これは、病死、自然死、までの時間だった。事故や殺人、自殺は、この時間とは無関係。

 コンクリートの道を、歩く。春独特の、少し肌寒いけど、冬よりは暖かい春風が、僕を過ぎる。

 ポケットに入っている財布を開ける。本当は小説や漫画とか買いたかったけど生憎僕の欲しい本は、今売っていない、来月入荷らしい。

 コンビニに向かう、道中、カップラーメンにしようか? 塩おにぎりにしようか? ドリアにしようか? 迷っていた。お昼ご飯。

 自動ドアが開いて、僕は中に入る。店員の溢れる正のエネルギーが満ちた「いらっしゃいませ〜」が耳に届く。そして怖いとも思った。

 食べ物がズラリと並んでいるコーナーを見ている、結局、お金を節約して、塩おにぎりにした。

 そこだった、誰かが僕の背中をポンポンと叩く、掌だと思う。少しびっくりして、僕は後ろを振り向く。

 そこには、可愛い女の子がいた。???誰。可愛い女の子は、口を開いた。

「あのー、人違いだったらアレなんですけど」

 彼女は、疑問符を後ろにつけるような言い方で、

「春野音谷……くん?」

 僕は、思い出した。多分、昨日母さんが言っていた子だ。

 名前は、音琴希濤。


「音谷」

 母が、僕の名前を呼ぶ、昨日晩御飯を食べている時、話した内容だった。

「ん?」

 父はいない、飲み会だそうだ。

「あんたと同じクラスの、学校に行かない子がいるみたいだよ。」

「へー、うん」

 正直、興味はなかった。目の前にあるご飯のおかずより興味がない。

「名前は?」

 僕は適当に相槌を打った。

「んーと、確か、音琴希濤さん、らしいよ」

 音琴希濤。ねごと きなみ。ねごと……寝言……予測変換で打つと出て来そうだな。

「なかなか見ない苗字だね」

「お母さんも、見たことないよ」

 食べ終わったご飯。食器をシンクに置く、そして水を中に流す。溜まる。

 自分の部屋に戻ろうとしたら、母が悪戯っぽいトーンで僕に言う。

「偶然、会っちゃったりして」

「そんな訳ないよ」

 僕は木造の床を踏んで、部屋に部屋に向かった。

 部屋に戻ってクラスメイトの写真とか見た、可愛かった。



「はい、そう……だけど。もしかして、音琴さん?」

 彼女はパァッと笑い、頷く。

 白い肌、無駄のない体のつき方。明るい茶髪は、肩まで伸びていた。身長は僕より少しだけ低くて、遠くから見たら多分同じぐらいに見えるだろう。

「そうだよ」

「で、何? 僕たち、別に仲良くないでしょ」

「学校に行かない私と不登校の君、丁度いいでしょ」

 彼女と目があった、僕は恥ずかしくて、目を逸らしてしまう。

「一体なんだよ?」

 彼女は「そんな焦らなくてもいいのに」続けて、

「お昼、買ってあげるからさ。公園で世間話でもしようよ」

「やだ、却下、なんで僕がそうするんだよ」

 やっぱり彼女と目が合わせない、怖い。

 寿命が見える。

 そんなことができたら、つい、変な癖がついてしまう。

 相手の寿命を、見る。

 矛盾していると思う。寿命で苦しかった、なのに寿命を見るなんて。

「いいじゃん」

 3ヶ月

 4日

 11時間

 33分

 7秒

 三ヶ月四日十一時間三十三分七秒。

 6秒。

 5秒。

 4秒。

 その時間は今でも減って行く。

 目の前の現実が、過量に、僕に迫って来た。

 パニック。

「もう一度聞きます。一緒に世間話でもしましょうよ」

 生きている。

 だけど君はもうすぐ死ぬんだ。

 そんなこと、相手はわからない。

「わかったよ」

 僕は、それを、隠して、彼女に近づいて、どうするか考える。



 コンビニで買ってきたおにぎりを食べながら、僕と彼女は、ブランコを片手で漕ぐ、難しい。

 しばらく、目の前の現実に圧倒されていた。

 同じクラスの子が、死ぬ。三ヶ月で。

 今も隣で嬉しそうにおにぎりを食べている彼女は、死ぬ。

 事故死とかではないのは、確かだ。

「春野くんってなんで不登校なの?」

 僕は、心臓の音が、一瞬だけ早くなったのを感じた。息が詰まったようで、気持ち悪かった。

 どうしよう。

「行きたくないからだよ」

 寿命が見えるからだよ。

「じゃあ、病気とかじゃないんだ」

「そうだけど、え? なに? 怖いんだけど、病気にされるの?」

「違うよ、私がそんな悪いことしそう?」

 ドヤ顔で言う彼女、ブランコのスピードがどんどん落ちていた。彼女は食べかけのおにぎりをじーっと見つめて、僕に向ける。

「食べて、私、食べきれない」

「気にしないの? そんな、間接キスみたいの」

「気にしないけど、え? 春野くんって……ドーテー?」

 うるさい。

「そうなんでしょ」

 寿命削るぞ。うるさい。

 僕は少しヤケになって「あーそうだよ、うるさいなー、もう」

「ごめんごめん、傷ついちゃった?」

「全然一ミリも」

「それ絶対ウソでしょ」

「うん」

 彼女は大げさに笑う。そしておにぎりを僕に手渡しす。

「春野くんってさ、私の思ったより面白い人だね」

「性格が悪いだけだよ」

 彼女の減っている寿命を見ていると、迷う。彼女に事実を言うべきか、否か。

「あのね、春野くん」

 その一言に、重さがかかっているようだった。

 僕の思考を止める、そんな言葉だった。

 彼女は顔を赤くしていた。

「明日も、こうやって会えない……かな?」

 彼女の減っていく寿命を見ると、僕は心を、柔らかくしてしまう。

 やがて死んでいく人に、感情なんて生み出させたくない。

「うん」


 電話番号、LINEを交換した。


(音琴)よろしく〜

(僕)よろしく

(音琴)明日も、公園で会おうね

(僕)わかったよ

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