幕間 嘘つきナヴィーニャの真っ赤な真実

「50mくらいの巨大化にゃらまだ巨大化は負けフラグっていう認識の押し付けが効いたンですけどねえ」


 魔女探偵、ことナヴィーニャは灰色の脳細胞をこね回しながら工作に精を出している。

 それは18mはあろうかという巨大な鼠型の骨組みだった。

 茨の骨で構成された模型は、猫第八形態チェシャ猫が産み出したトランプ庭園の中央に尊大な恰好で鎮座していた。

 それは『窮鼠猫を噛む』逸話の参照。窮地に至ってまだナヴィーニャはセオリー通りの攻略に固執しているようだ。

 とはいえ諺程度の文法があの星猫相手に通用するかは怪しいものだ。三次元の存在ではない以上、物理的アプローチから逆転の切欠は引き出せない。

 だとすれば魔術戦を挑む他ないのだが、高々鼠のゴーレム程度で何ができると言うのだろうか。

 星猫の影響力は銀河を模した存在全てに及んでいる。今頃全国のプラネタリウムにも星猫の姿が映っているだろう。

 銀河の象徴と化した神格に挑むには、宇宙船鼠号は如何にも頼りなく見えた。


「ミュニニクニャー。ちょっと張りぼてにするので、ソのへんの床からトランプ剥がして集めてくださいにゃ」


「え? ワタシ?」


 随分と呆けた声を出してしまった気がする。

 ミュニニクニャってワタシの事か。いや、確かに名前はミュニニクナだから呼べばそうなるのは分かるんだけど。なんか予想以上にダメージがでかい。クニャ。クニャって。クニャかあ。

 と言うかこう見えてワタシも暇では、いや暇ではあるんだけど。暇をつぶすので忙しい、というか。具体的には、憮然とした感情を整理するのに忙しいんだけど。そういうことにしといてくれないだろうか。


「馬鹿をお言いでにゃいの。どうせ他の連中はまともに働く気とかゼロですかラ。ワタシがこうしてお願いできるのはミュニニクニャくらいしか居にゃイんです。貴女がワタシの希望にゃんです。猫が寝てる間の希望にゃんです」


「それ褒め殺しとか泣き落としのつもり? 肉体労働だったらクスディルカにでも頼めばいいでしょうに」


 如何なる理由によってか、天にそびえる星猫は微睡みに包まれて鯨のように大きな寝息を立てていた。

 どうかそのまま目を覚ましてくれるな、という無辜の人々の祈りが世界各国から元気玉めいてトランプ庭園に届いている。

 果たしてその祈りが意味を成すのかどうか。知らず知らずのうちに全ての原因である魔女集団に世界の命運を預けていると知ったら、世間の人々はどのように激昂するのだろう。

 ナヴィーニャは心外だとでも言いたげに驚いた顔を作った。彼女は常にオーバーリアクションだ。


「べべべ別にそんニャ卑劣にゃ手を考慮したワケでは? れっきとした事実ですよ。ワタシは冗談か事実しか喋りまセんよ?」


「間違い、が抜けてるわよ。貴女本当は結構抜けてるんだから」


 ナヴィーニャは聞こえた振りをして小さく舌を出した。

 周りを見渡せば、残った魔女の面々はトランプの庭園で好き勝手に振る舞っている。

 瑠璃るり眼のフォッククィノと漆黒しっこく眼のイーイルナックことちびナックはお菓子の家に噛り付いているし、金緑きんりょく眼のフラッファナルはアーディマムの猫耳を引きちぎろうとして返り討ちに合い噴水のモニュメントに成り果てていた。

 月白げっぱく眼のバシュトナバロンはといえばトランプの庭園を解体して一人マインクラフトに勤しんでおり、藍鼠あいねず眼のマユクニトはそんなバシュトナバロンに閉じ込められて髪長姫ラプンツェルごっこをやらされている。

 そして群青ぐんじょう眼のプルフィスと琥珀こはく眼のクスディルカは互いの首を茨で絞めあって気絶していた。何やってんだあいつら。

 この魔女軍団には協調性がない。二百五十六色全員が揃っていれば同調圧力でなんとなく上手くはいくが、一度人数が欠ければ御覧の有様である。深碧しんぺき眼のレミネシュリアなどはその現状に頭を痛めているらしい。実に殊勝な志だと思う。ワタシなどは諦めが早いのでとっくに改善案を考えるのをやめてしまった。

 諦めが、早い。きっとそれは利点でもあり欠点でもあるのだろう。

 少なくとも損な役回りを押し付けられやすいのは、間違いない欠点だ。


「……はあ。まったくもう、手伝えば良いのでしょう、人使いの荒い魔女さんだこと」


「どうも世界滅亡瀬戸際っていう現実感がニャいですね? 近頃の若者? さとり世代?」


「ヤバそうって雰囲気はひしひしと感じてるわよ。でもアレ相手の対抗手段とかワタシにはにゃいし? 暇して適当やってるだけ」


 ナヴィーニャの妄言に気のない返事を返しながら床面を眺める。そこには蘇芳すおう色の眼が寂しげに光っているのが見えた。

 庭園一帯は大理石のタイルで覆われている、ように見える。足音を立てればコツコツと小気味良い音が帰るし、質感もまるでガラスのように滑らかだ。

 けれどもそれは五感に作用する幻覚に過ぎない。薄く白い継ぎ目に爪を立てると、テクスチャは簡単に剥がれ落ちていく。

 浮き上がった端をつかみ取ると、ぺりぺりと軽い音を立てながら床面が剥がれる。偽装を暴かれた床面はやがて畳一枚ほど巨大なトランプのカードと化した。

 “トランプの庭園”は土壌そのものがトランプで出来ている。“お菓子の家”とその文脈はまったく同じだ。

 趣味がいいのやら悪いのやら。もし雨が降ったら大変なことになりそうだな、と思いながらワタシは黙々とトランプを剥がしていった。


 星猫に対する対抗手段がないのは事実だ。頭のおかしい……奇抜な……珍妙な発想を企てるナヴィーニャとは違い、大半の魔女は自身の能力以外の事案にはめっきり精を出せないのだから。

 守護魔術師たるワタシはどうしても後手に回らざるを得ない。

 物理的な盾であれば攻撃へ転ずることもできるだろう。圧倒的な質量と面積の使い道は幅広い。鈍器や壁面としての利用も可能だ(と参照した文献には書いてあった)。

 対して魔術戦における守護魔術は、己の世界観を己へ適用すること。つまり自分を鼓舞することから始まる。

 それは相手の世界観ワガママに対抗するべく己の世界観エゴを保ち相手の火勢を削ぐ魔術。

 結局のところ概念的な精神論に行き付く魔術戦は、気の持ちようで勝敗が決してしまう。

 蘇芳すおう眼の魔女ミュニニクナが司る守護の形は我慢と忍耐、転じて試練。

 与えられる外圧の享受を前提とするワタシの魔術はとことん攻勢には不向きだ。


 蘇比そひ眼の魔女ミュクニナナが居れば自己暗示バフ消費リソースして攻撃力に上乗せするシナジーを発揮できたのだろう。

 ミュニクナナがいれば更に盤石だ。状態増幅ブーストのトリガーを持つミュニクナナとミュクニナナにワタシが揃えばデルタアタックの定石が整う。それこそ猫第五形態シュレーディンガーの猫の瞬殺プランも実行に移せただろうし、星猫の銀河光線を完全防御ブロッキングするのだって不可能ではないはずだ。もっとも無いものねだりに過ぎないのだが。

 要するにワタシは初手の対応をトチったせいで無用の長物と化してしまった置物だった。

 今ここにいることに何の意義もない。

 ナヴィーニャか誰かが名案を思い付いてくれるまで、星猫の恐怖に怯える他ないのだ。


「スペード、スペード、スペード……フム。ココはスペードの密集地でスかね」


 ナヴィーニャはワタシが剥がしたトランプカードを巨大鼠の元へと引きずって行く。意識してはいなかったが、確かにスペードの絵柄ばかりだ。

 見れば既に鼠の顔部分はトランプで覆われていた。ジャックとクイーンが密集する顔面はコラージュのようだ。


「絵柄によって材質の向き不向きがあるのかもね? どうでもいいけど。適当に積んどくから自分で持ってってよね。一度に何枚も運ぶの重いんだから」


「十分でスわミュニニクニャ。とても大助かりです。世界一愛シてます」


「心にもにゃいことを」




 ナヴィーニャの表情は読めない。常に微笑みを湛えたその顔はどこか朧気で現実味がないのだ。

 二百五十六色の魔女──最近千二十四色になったんだっけ? まあいいや。魔女は皆が皆同じ顔だ。その顔は、表情一つでまるきり異なる面影を見せるつくりになっている。

 端的に言えば無個性な顔。より正確に言うならば人形の顔面。周囲の環境や装身具によって、その相貌は如何様にでも読み取れる。十人十色の性格を有する魔女の集団であっても互いの認識に不自由はない。あるいは、そうなるように作られている。

 ナヴィーニャは例外だ。彼女は二百五十五色わたしたちの紀元にして創造主。255人もの代用品バックアップを産み出した主たる薄紅はっこう眼の魔女。

 二百五十五色わたしたち全員の元になったその顔は、不思議と見る者すべてを不安へ誘う言い知れぬ面持ちをしていた。


 底の知れぬ不安は反骨心を衰退させる。

 彼女は魔女を自称する者の中でも最も魔術師らしい存在。

 彼女は全ての理解を拒む。

 彼女は全ての把握を拒む。

 彼女は全ての認知を拒み、邪推と疑心を許容する。

 それは、二百五十五色わたしたちに対しても例外ではなかった。

 真意は誰にも分からない。

 あの星猫の生誕は本当に魔女のミスなのか。

 それすらも暇潰しの遊戯に過ぎないのではないか。

 そう思わせるだけの非合理と不条理が、ナヴィーニャの仕草には含まれていた。


 ナヴィーニャは本当は一人で何でもできるはずだ。器用貧乏なんて言葉はあの変人にはとても似合わない。

 彼女のあざなは『願いを叶える魔女』。過程はどうであれ、ナヴィーニャはその名の通りに全ての願望を叶えてみせる。死霊術師のエルメシアだって要望通り完璧に躾けてみせた。あれ滅茶苦茶強い奴のはずなのに。冥府から死者を呼び出せるうえに現世の死者まで細胞単位で操れるって何なんだよワケわかんない。

 本当は星猫だって容易に倒せるはずだ。何しろ星猫の抹殺を望む祈りの願いは雨のように庭園に降り注いでいる。

 ちらとでもその声に耳を傾ければ、ナヴィーニャは簡単に星猫を掌握してみせるだろう。その過程で何が犠牲になろうと、彼女は意にも解さないだろうが。

 もしかしたらその犠牲の中に二百五十五色わたしたちが入っているのかもしれないけれど。

 それでも、ナヴィーニャなら何でも出来てしまうはずだ。


 だからこそ彼女の考えが分からない。

 不安を感じていないと言えば嘘になる。

 ナヴィーニャはどんな理由で二百五十五色わたしたちに個性と得手不得手を与えたのだろう。

 集合知を頼りにしているのかもしれない。けれど彼女は意見を求めたりはしない。

 単なる便利道具という目的も考えられる。しかし彼女にとって我々は不便過ぎる。

 お人形遊びなら実に可愛くて素敵だろう。ならば彼女は何故自分の姿を模倣した?

 斯様にあるじの御心を推し量ってしまうのは被造物の傲慢だろうか。

 しゅの真意を試そうとした愚かな逆徒は天罰を受けるのが常だが、ならばワタシのこの泥沼の思考もまた己に刃を向けているに等しい行為なのだろうか。


 あるいは、試されているのは私の方なのかもしれない。

 彼女は無辜の人々の邪な視線なんてまるで気にしていないように見えるけれど、実はその眼の奥では内から出ずる暗雲を見据えているのかも。

 闇を暴く光のように。真相おわりを告げる探偵あくまのように。

 薄紅はっこううそからいかりへ転じてまことへと移る色。

 白く濁った彼女の瞳孔は何を映しているのだろう。


 ミュクニナナとミュニクナナの顔を思い浮かべる。彼女達が傍にいれば、こんな不安を抱えることもなかっただろうか。

 二人が猫第一形態キャスパリーグに食い千切られ退場してからまだ32時間と54分。

 意識と躯体を取り戻すにはあと207時間と6分がかかるが、それまで世界が存在している保障はない。

 主の気まぐれ一つで滅びる程度の存在。

 それを自覚している魔女じんるいは、どれほどいるのだろうか。

 袋小路に至った思考は、誰にも打ち明けられぬまま渦を巻き続ける。

 何時しかワタシの目の前では、死神が鎌をもたげていた。




「過大評価、です」


「うわっ、あ、わああわ」


 目の前には薄紅の瞳。驚きのあまり思い切りのけぞり中指を強く打ち付けてしまった。

 トランプのカードで出来た土壌といえど、肉体に反映される実体は大理石のタイルそのものだ。めちゃくちゃ痛い。ううっ、守護魔術が肉体防御にも使えればこんな苦労しないで済むのに。死にたい。いや死にたくはないけど、ミュクニナナとミュニクナナに会いたい。


「ミュニニクニャは劣等感と誇大妄想と被害者意識が過ぎますねいツもですけど。こう見えてワタシ面倒見は良い方ですので皆の性格や挙動は全て把握しておりマすのよ」


 困ったちゃんを見るような困り顔で見下ろすナヴィーニャ。

 そういう嫌な部分はちゃんと自覚してるんだからを執拗に突っつかないでほしい。しかも三度も連続で言った。面倒見とか関係なく性根最悪でしょその言動。

 っていうか本当に痛いし痛くて泣きそう。痛覚は人体に大事って言うけどどうせ魔女なんて復活するんだし設計時に取り払っておいてほしかった。なんか根本から痛みが来るし良くない方向に曲がってるんじゃ、いやこれ折れてる完全に折れてる!


「そんにゃのヒールつければ治りますよほーら、治癒:痛いの痛いの飛んでけエクィミア・ォリキニシュグー。ワタシはそう意地悪じゃありませんし、全能でもありませんよ」


 片手間に回復魔術をかけながらナヴィーニャは謙遜した。たちまち痛みは和らぎ、骨が擦れる嫌な音を立てながら指が元の位置へ戻っていく。そんな無詠唱で呪文使いながら言われても説得力皆無っていうか、謙遜は強者オーラ出す手段みたいなこと前に言ってなかったっけ?


「言いましたけどソレとコレとは別ですし。お寿司ですし。ワタシだってこう見えて他人から『あの人何考えてるかわかんにゃくてこわ~い』って言われるの結構気にシてるんですよ。だから身内だと思ってたミュニニクニャにそう思われると寂しくて泣いちゃいますねえ。オヨヨ」


 普通に読心するんじゃない。お前言うことやることバラバラだぞ。そんなんだからワタシみたいに邪推するようなのが出るんだ、っていうかやっぱり間違いなくそれ目的の行動してるよね? やっぱり謙遜は強者アピールじゃないかやることがいちいちせこ痛い痛い痛いごめんなさい、治癒:痛いの痛いの飛んで来いエクィミア・グュシニキリォしないで。


「良いですかミュニニクニャ。ミュクニニャニャもミュニクニャニャもそうですが、基本的にワタシは仲間まじょを使い捨てニはしませんし、万一飽きて捨てルにしても事前通告はちゃんとします。いや物の例えです飽きません。飽きませンから泣かにゃいでください。こう見えて──これさっきも言ったわ。ワタシは、慈悲深く──いや慈悲深いは言い過ぎか。えー、常識的思考回路をちゃんと有してイるのですよ。ただ、ただ、にゃんだ。にゃんですね。それを考慮の外にした方が面白いので普段考えずにやってるだけで」


 演説へったくそだなあこいつ。しかもにゃーにゃーうるさい。不可抗力でも不愉快いだしキレそう。

 要するにあれか。こいつは、自分はちゃんと場の空気が読めるんだよと訴えているんだろうか。常識を知りながらあえて正道を外れるのと、常識を持ち合わせていないのとでは全く違うと。自分は不真面目に動いているだけだから、真面目が求められる場所であればそう振る舞うつもりだと。

 ほんとかよ。

 ミュニクナナ、貴女はどう思う?

 第四次図書館戦争の時貴女はどんな目にあったっけ。


「第四次の時は全部プルフィスが悪いノで領収書は全部あっちにお願いします。しかしまっタく、信用が全然ですねワタシは。ちょいショックです」


 ナヴィーニャは溜息を付いて腰を下ろした。いつの間にか彼女の足元には茸の椅子が現れている。

 猫第八形態チェシャ猫が作り出した不思議の国は、既に彼女の掌握下にあるのだろうか。


「さてワタシへの信用が皆無と知ってワタシは深く悲しんでいますが、そソレはソレとして貴女の思考は事実無根の妄想です。まあワタシが言って説得力あルかっていうと微妙でしょうね。まあ微妙でも良いンですよ。下手に確定させてしまうと新しい邪推が沸き上がるものですから」


 いつの間にかワタシはお茶会の席に座っていた。

 用意された席は九つ。九つのカップとケーキが並び、食器達がアルトの音域で輪唱している。一方で席に座っているのは、対面通しのワタシとナヴィーニャ、それと遠くに座る藍鼠眼のマユクニトだけだった。 なんでマユクニトが?


「あれはバシュトナバロンに苛められていたノでちょっと助け船を出しました。我々の会談とは関係ですのでおかまいにゃく。まあそれはそれとして……あっコレもさっきも言った。どうも閑話休題を使い過ぎる傾向がありますね……ウーン、課題ですね。それはそれとして、ワタシは登場人物ネームドに犠牲を強いるほどの邪悪ではアりませんよ。ワタシの前では連続殺人事件も全て一人目でザ・エンドです」


 ジ・エンドでしょ。

 思考を誘導されている気がする。わざと突っ込み所を作って、それまでの会話の内容をなんとなく有耶無耶にしようとしている。ナヴィーニャはよくそんな手口を使うが、それに何か意味はあるのだろうか。


「いや、ネタを入れにゃいと場が持たにゃくて……話を戻しましょうね。この際はっきりお答えいたしますが、ワタシが二百五十五色あにゃたがたを産み出した理由は、観客ガヤとして活躍してモらうためです」


 ガヤ?

 それは、合いの手とか、狂言回しとか。つまるところそういう群衆モブとしての役割だろうか。登場人物ネームドっていうさっきの話とは矛盾していないか。


群衆モブに目立たレても困るでしょう。ワタシが欲しいのは、あくまで一個人の放つれっきとした存在感です。つまり、先程の集合知との推測はある程度的を得ていますね。先程貴女は『魔女には協調性がにゃい~』とか言ってましたが、ワタシからすれば協調とかたまったものじゃありマせんよ。ふんわりした雰囲気での思考共有とか、全く意味がありません。群衆モブ登場人物ネームドの発言をオウム返しする程度の役割しかありませんから、貴女型にまで彼らのように振る舞われては困ってしまいます」


 ええっと、つまり。

 ナヴィーニャは、私達に観測者になってもらいたいのだろうか。

 魔女、もとい魔女探偵としての活躍を見物して後世に残す語り部となるべくその場に居合わせた者。

 常に誰かに宣伝をしていないと気が済まない彼女は、その寄る辺を他人に頼るのではなく己の手で産み出すことで解決した。

 それはひどく俗物的で、一方では切実な願い。であるのかもしれないが、なんて言うかこう。本末転倒気味では?


「魔女が魔女性を得るたメには観客が必要です。それは切っても切り離せぬ自己承認欲求であり、魔女、魔術師、怪盗、探偵、そして読者にも不可欠である純真無垢の『信用できる』語り手です。言ってしまえば、二百五十五色あにゃたがたの存在は──ワタシの外付けの内臓みたいにゃモノですねえ!」


「言い方!」


 もうちょっとこう、ロマンチックなこう、なんかこう、あるでしょ。なんで内臓なんだ。

 嫌でしょ自分の内臓がそこら辺歩き回ってんの。もし仮に皮膚一枚に包まれた心臓が辺りを好き勝手歩き回っていたら戦闘時どれほどの弱みとなることか。

 他の魔女がうっかり殴られた途端に自分の胃にダメージが来るみたいなの最悪じゃない?


「ミュニニクニャはたまに変に想像しますネ。物の例えと言う奴ですよ? だってまあ予め自分で驚き役を用意できていレば、わざわざゾンビを観客に仕立てたりせずに済みますからね。いや~あれめっちゃ評判悪かっタんですよ。誰もビデオ見てくれねえし。詳しくは第一話『役目を忘れたプロローグ』をチェックです」


 あれだけ魔女アピールすればそうなるのも当たり前だと思う。

 っていうかワタシも一応魔女ではあるんだけど。ナヴィーニャの理論で言えば、観測者たる五百五十五色わたしたちもまた観測されなければ存在し得ないのでは無いだろうか。ナヴィーニャが信用できる語り手とやらだとはとても思えないし。


「ですので皆はちゃんと相互参照させテおりますよ。ミュニニクニャの参照先はミュクニニャニャとミュニクニャニャですが、二人の参照先モまたお互いのものです。だから貴女は妄想の中の彼女達の目線を借りるコトで存在出来てイるのです」


 分かりきってはいたけど酷い奴だなこいつは。

 ナヴィーニャを見守るためのワタシを存在させるためのミュクニナナを存続させるミュニクナナを観測するワタシ、そしてナヴィーニャと他の魔女たち。自転車操業ってレベルじゃねえぞ。

 だから二百五十六なんて馬鹿みたいな数字に膨れ上がってしまったのか。非効率もここまでくれば芸術なのかもしれない。いい加減爆発してしまえばいい。いややっぱやめて死ぬの怖い。

 ミュクニナナ、ミュニクナナ、お姉ちゃんは挫けそうです。でも頑張る。頑張るから草葉の陰で見守っていてね。しくしく。


「というのが二百五十六人の魔女計画の全貌ですネえ。は? 人手不足? 特にそういうのは関係ありマせんが。設定は常に最新のモノを参照してくだサい、特にワタシの設定とかもう出世魚レベルでコロコロ変わりますからね。コロコロコミックですよ。…………という具合でしたが。如何でシたか? ミュニニクニャは」


「貴女が頭のおかしい奴だっていうのは再確認できたわ」


「今更ですねえ」


「今更よ」


 ナヴィーニャは答えを聞いてわざとらしく微笑んで見せた。

 己の目的が全て達成され、成功したかのように快活な顔。

 気のせいか、それは普段よりも僅かに綻んで見えた。

 いやそれ本当に気のせいじゃないか? こいつに関しては主観があてにならない。そもそも表情一つで絆されてるんじゃない、なんかちょっとおかしいぞワタシ。魅了チャームとか使ってんじゃないだろうな。


「寂しいコトを言いまスねまったく~」


「言ってねえよ!」


「とはいえ、ミュニニクニャの真意が聴けて少しバかり安心しました。にゃるほど確かにそのような不安を抱える者もいル事というのは発見でしたね。今後は他の皆さんとの付き合い方も少し考えていかネばにゃりませんね。カウンセラーとして」


「それはやめて」


 ナヴィーニャは渋々といった様子で席を立つ。

 お茶会の空間は間も無く元通りの庭園に戻り、背後ではクスディルカとバシュトナバロンが一騎打ちのバドミントン勝負をしていた。暇そうだなこいつらも。


「暇人筆頭のフラッファニャルが張りぼて作業を進めてオいてくれたので、直に反撃作戦を結構する予定です。あの星猫が悶える姿が見れますよ。愉しみデすねえ。フフフフ」


 見れるといいけど。

 ナヴィーニャが何をするつもりなのか、結局何にも分かっていない。

 星猫を打倒する意思があるのは確かなようだが、分の悪い賭けにならなきゃいいけど。


「ああそうそう。先程言ったことでスが、全て嘘です。真に受けにゃいでくださいネ。フフフ」


 最後に、意味深な笑みを残して。

 ナヴィーニャはお茶会の席から離れていった。

 存在をすっかり忘れていたアールグレイの紅茶は、既に冷めきって温くなっていた。




 一人残されたワタシは、砂糖を掻き混ぜ再び考え始める。

 結局ナヴィーニャは、己をどのように見せたかったのだろうか?

 ミステリアスだけど話してみると意外と人情のある良い人? そんな単純な人相を彼女が望むはずはない。

 そんな風に見せたいのなら、そもそも群衆を粗末には扱わないはずだ。


 全てが嘘だと言う最後の言葉は照れ隠しだろうか。

 それともワタシを茶化しているだけなのだろうか。

 おそらくはそのどちらでもないだろう。

 ナヴィーニャは、他人が己へと抱く印象を曖昧なものにしたがっている。

 嫌悪感を煽り、無理解な言動を繰り返し、けれど多少の歩み寄りを見せつつ、それでもなお全てを有耶無耶にしたがる。


 魔術師かいとうは誰にも理解されない存在でなければならない。

 魔女探偵の語る探偵哲学は、エルメシアを殺す魔法の文言。けれどそれは言外にもう一つの意味を隠していたのだと今更になってワタシは気付いた。

 “魔女たんていは、魔術師かいとう以上に誰にも理解されてはならない”。


 怪盗の真実は探偵によって暴かれるものだ。

 では、探偵の秘密をこじ開けるのは果たして誰の役目なのだろう。

 決して容易い役割ではない。主役への干渉を許されるのは、ただ一人の人物でしか在り得ない。

 それは『信用のできる』語り手ジョン・H・ワトソンのみに許された至高の贅沢だ。


 きっとナヴィーニャは、真の意味で信用のできるワトソンと出会ってはいない。

 だから、己の内を誰にも明かさず、移り変わる不透明の表層を見せつけ続けているのではないか。

 だとすればナヴィーニャは、二百五十五色わたしたちがいずれワトソンとなる道を望んでいるのだろうか。

 それはひどく浅はかな一人芝居だ。己の理解者は己しかいないと宣言しているようなものではないか。

 二百五十五色わたしたちの紀元はナヴィーニャ本人なのだから、彼女は自己愛から逃れられはしない。


 あるいは、彼女は初めからワトソンなど欲していないのかもしれない。

 私にとってのミュクニナナやミュニクナナのような生来の親族は彼女には存在しないのだから。

 それでも二百五十五色わたしたちを産み出し続けたのは何故だろう。

 己の形をした末裔が傷を舐め合うのを見て、安らぎを得るためだろうか。

 友や親類と触れ合う行為に彼女の憧憬があるのだとすれば、他者との歩み寄りを否定する彼女の姿勢は、己を苛めるための自傷行為なのかもしれない。


 確定は新たな邪推を生み起こす。

 彼女の語った言葉の通りに、ワタシは益々思考の渦に囚われていった。

 彼女が私に語った真実うその代価は、沸き上がり続ける推測と疑心、僅かな同情と、積み重なる不信。

 それは彼女にとって一体どんな意味を成すのだろう。


 ナヴィーニャの定義は揺らぎ続ける。

 他者の理解を拒む彼女の本質は、一貫しないその姿勢にあるのかもしれなかった。

 全てを詳らかにする推理空間ものがたりの中で、魔女ナヴィーニャは美しい孤立を保っていた。




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ナ「ナヴィーニャと!」

ナ「ナヴィーニャの!」

ナ「★☆なぜなに☆★魔女探偵コーナー!」

ナ「……………………」

ナ「あれ? ワタシしかいなイじゃないですか。」

ナ「ちょっと! 観客が大事とかいう話したばッかじゃないですか! なんで誰もいないンですか! もー! もーですよ! モースト・デンジャラス・コンビですよ! モーニング娘。ですよ!! 幸せのカウベルですヨ!! もー!」

ナ「…………ぜえはあ。」

ナ「くっそマジで誰も来ネえ。どうしよ。下手に本編で寂しんぼアピール(※ミュニニクナの妄想)したせいで今誰か呼んだら『えーっナヴィーニャ先輩一人だとレイディオも出来ない寂しんぼなんですかープークスクスwww』されソうな気がして迂闊に召喚できない!」

ミ「劣等感と誇大妄想と被害者意識の塊じゃん」

ナ「はい帰って! うーんまったく仕方がないですねえ。こうなればこれマでの経緯と何の脈絡もない与太空間限定存在を召喚するしかありません。フフフ、見さらせワタシの華麗なリカバリー・パワー。」

ナ「ではではうんたらかんたら、詠唱省略!」

ナ「出でよ! メカナヴィーニャ!」


(※召喚エフェクト省略)


メ「ウィーンガシャン。メカナヴィーニャダヨ。ホームランモ撃ツケドヒットモ討ツヨ」

ナ「フフフフ! パーペキですね。もう自分ノ才能が怖い。怖すぎちゃっテどーしよう。富士サファリパーク。さあメカナヴィーニャ、ワタシと共にメカ魔女探偵コーナーをメカ実行しましょうメカ!」

メ「何ノタメニ生マレテ……何ヲシテ喜ブ……」

ナ「ン~? なんかよくなさそう」

メ「時ハ早ク過ギル……光ル星ハ消エル……」

ナ「う~ん哲学めいた事言い出しテきた。NOWHEREで終わったりしないダろうな。どうでモいいけど名前欄がメナメナ並ぶとブチュチュンパみたいデすね。ナメナメ」

メ「トイウワケデワタシハ花婿ヲ所望シマス、ナヴィクター博士」

ナ「フランケンシュタインかおのれは!! 混ざってるし。ヴィクター博士と混ざってるし!」

メ「何ヲ言ッテルンデスカ、ナーブクラック博士。デハオ便リ読ミマスネ」

ナ「あれえ!?」

メ「宇宙ノ彼方イスカンダルヨリ、スターシャ様ノオ便リデス」

ナ「それワタシが受け取って平気な奴? 古代君に渡した方がいいんじゃない?」

メ『現代ファンタジーというジャンル名ですが、この世界は我々の知る地球の日本と同一なのでしょうか? 気になって箸も喉を通りません。どうか解答のほどよろしくお願いいたします』

ナ「箸が喉通ったらヤバいでしょ」

メ「トイウワケデスノデ、ナックルボンバー博士。解答ヲドウゾ」

ナ「まともにワタシの名前呼ぶつもりないなコイツ。博士じゃナくて魔女ですしおすし。というわけで、舞台設定の質問ですね。まあ、我々が好き勝手してルのは前提として、基本的な部分はまさしく現代と同一です。白スーツ以下略エルメシアと藍鼠猫のせいで廃墟になった街は日本のどこかデすし、住民の倫理観や常識は読者の皆様と同等のモノですのでご安心ヲ」

メ「ツッテココ暫ク群衆ナンテサッパリ出テマセンケドネ、ナンクルナイサー博士」

ナ「まあそれはそのなんだ。ごめンちゃい。ま、基本としては良く知る皆様の世界に、魔女とかエルメシアとか吸血鬼とか頭のおかしい武闘派探偵とかそういうのが紛れているようなモノとお思い下さい。探偵法とかいう下地もないシ、魔法が一般流通してたりもしません。衝撃のエルメシアしんじつも一般市民には出回っテおりません」

メ「デモ象ノ化石トカハ振ルンデスネ、ナウマンゾウ博士」

ナ「まあ現実よりは変な事件多いかもですけど。スタンド事件みたいなモノですゆえお構いなく。グリーン・デイとかヘビー・ウェザーとか明らかにチョットで済まない大惨事ですよネいいのあれ?」

メ「ボヘミアン・ラプソディガ一番深刻デスヨ、ナックラヴィー博士」

ナ「あっお前さらっとワタシの名前の元ネタ言ってんジゃねえぞ。なんかあんまり融通効かないなコイツ。ヘラクレスオオカブトを燃料にして動くくラいの愛嬌はないのかしら」

メ「ピピッ。ワタシノ原動力ハ嫉妬トSHITトHOLY SHITデス、ナットウネバネバ博士」

ナ「無限動力エネルギーじゃないですカ。イデの力の表れかなんかですかね。うっかりスゲーもの作っちゃったかも。フフフフ、自分の才能が怖イ。背中ごしにセンチメンタル」

メ「トコロデワタシハ感情トカニ目覚メテ人類殲滅ヲ目論ンダ方ガイインデショウカ、ナッパヨケロ博士」

ナ「そういうのはワタシがやるのでいいデす。っていうかカタカナ多すぎて読みづらいんですよねメンソーレ助手?」

メ「デハワタシハ正義ノマシーントシテ、感情トカニ目覚メテ最後ニ非業ノ別レニ至ルヤツヤリマス、ナヴィーニャ博士」

ナ「なに?」

メ「ナヴィーニャ博士、あんたは間違っている! 人間の可能性は停滞なんかしちゃいない! 彼らの可能性は無限! いつかきっと地球だって救って見せる!」

ナ「フフフフ、メカナヴィーニャ。そレは愚かな考えです。そうせ数億年もすれバ太陽の膨張によって地球は滅ぶ。その程度の未来を予測できていながら無限を語るとは片腹痛し! そして、人類はそれより遥か以前に滅ぶでしョう!」

メ「滅んだとしても! それが今人類を殲滅する理由なんかになりはしない!」

ナ「ナるのですよ! 何故なら、ワタシの故郷である未来は、人間の手によって滅ぼされたのデすから!」

メ「なっ、なにいっ!」

ナ「これ何時まで続けまス?」

メ「飽キルマデヤリマショッカ」

ナ「貴女は人間ではない! 人間に与する理由がそンなに重要ですか? コチラに寝返りなさい、そして人類の終焉を共に見ようではアりませんか!」

メ「それが……どうした! ワタシの存在は、人類にとっての新たな種! 今この世界にいる人類は、確実に世界平和バタフライ・エフェクトを成し遂げますッ!!」

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