魔女探偵ナヴィーニャ

ヤミキ

第1話 カーヴァー一族惨殺事件 ~What a Horrible Night to Have a Curse~

「ええ、自信と自慢と傲慢をもって言いましょウ。これは決して事故などではない、れっキとした殺人事件です!」


 魔女は指を突き出し声高らかに宣言した。

 長く伸ばした砂色の髪。陶器と見紛うほどに白い顔。

 左右非対称の前髪は左の眼を覆い尽くし、薄紅はっこう色の右眼は暗闇の中で爛々らんらんと輝く。

 見る者全てを不安へ誘う非現実的なかんばせは、常に変わらぬ幼子のような微笑みを携えていた。


「全ての切欠は二十八年前、リージェント・ストリートで発生したタンクローリー爆発事件に繋がっていタのです。今回の事件の主犯格であったアルマック・アムスプラー氏から確かな証言を得ました」


 パイプ椅子を乱雑に重ねた即席の高台で、魔女は舞い踊るように自論を重ねる。

 その身長は170cm弱はあるだろうか。

 焦茶色に黄の差し色が入った長丈のローブと鍔の広いトンガリ帽子を身に纏った姿は、ハロウィーンの仮装やディズニー映画に出てくる魔女の記号そのものだ。

 海月の触手を思わせるように枝分かれしたマントとそ服飾一帯に敷き詰められたエスニックな文様は、益々ますます胡散臭さを際立たせている。


「コレはその実行犯であったテロリスト、カーヴァー・メルナットン氏に対する無計画な集団殺人計画。カーヴァー氏有する棺桶マンションにアマチュアのヤクザ集団が押し入って、適当に銃器をぶっぱしただけのコト」


 真っ黒に染まった腕は、鉛のような質感の長大な杖をしかと握りしめていた。

 勿論それも単なる白杖ではない。杖先には燭台のような趣向が凝らされ、至る所に紅く輝く宝石が埋め込まれたそれは、時代錯誤も甚だしい豪勢な逸品だ。

 160cmはあろうかという杖は相当の重さになるはずだが、魔女はまるでバトンを操るかのように軽々と振り回している。ぼうっと突っ立っている人体を時折粉砕しながら。


「要するにマフィア同士の見るに堪えない殺し合いの末誰も彼もが死に絶えたのだという、まあなんとも推理し甲斐のない死骸の群れにでしかないのでシて」


 その身振りは劇役者のように大袈裟おおげさで極端な喧しいもの。

 眼下の聴衆へ向けたアプローチは、ひどく一方的で独善的なプロポーズだった。

 飛んだり跳ねたり騒がしくしながら己の結論を押し付ける姿は聞き分けの無い子供のようだが、時折見せる蠱惑こわく的な仕草が捉えどころのない魔女の様相を象っている。

 つまるところ、彼女はありとあらゆる世界観から完全に浮いているのだ。


「こんな事件性の欠片もない、というか探偵すら必要ない案件をプロローグに持って来るようでは書き手の品性も知れるというモノ。即ちワタシをまともに活躍させるつモりがないのは明白ですネ。やれ参った参った隣の神社。語るに及ばず万事は顛末」


 とんっ、と足元のパイプ椅子を手にした杖で一叩き。

 足場はすぐさまガラガラと崩れ、けれども魔女はその場に直立したまま。


「──というわけで全ては白昼の太陽の下! さァ、御感想の程や如何に!」


 両手を大きく広げ観衆の反応を求めた。

 魔女の演説を固唾を飲んで見守っていた肉片の群れは、あまりにも鮮やかで美しい推理を前に感涙し盛大な拍手を送っていた。

 相貌は涙するたびに滴り落ち、全身の骨は手を打つたびに砕ける。

 それはあまりにも無残な光景だったが、魔女にとっては何の意味もない。

 彼らは先の抗争によって息絶えた有象無象の死体達。

 腐食の始まった肉体は、既に人の形を保つことさえ困難になっている。

 個性豊かな屍肉の群れは、実際には魔女の妄言を聞いてすらいない。

 予めプログラムされた行動を繰り返すだけの哀れな人形に過ぎないのだ。

 観客が居なければ用意すればいい。

 探偵である以前に魔女である彼女は、観測者の存在を何よりも重んじるのだった。


 魔女は一通り周囲の反応を伺うと、満足したように深々と腰を折った。

 その体制のまま指をパチンと鳴らす。

 間もなく辛うじて人の形を保っていた血肉は糸が切れたかように崩れ去った。

 とろみの混じった液体が地面にぼとぼとと叩き付けられる悪趣味な音色が響く。

 そして死者を冒涜し切った悍ましい背景を背に、魔女はあっさりと姿を消した。

 後には完全に破壊され尽くした死体と、衝撃で折れ曲がったパイプ椅子の山。

 そして魔女が現場を踏み荒らした証拠である漆黒の足跡だけが残っていた。


 後にこの事件は不可解な集団惨殺事件として迷宮入りする事となる。

 人間技とは思えぬほど無惨に散らばった死体の山は、事件そのものの存在が闇に葬られるには十分過ぎる光景だった。


 それから暫く。

 集団惨殺事件の存在が都市伝説としてまことしやかに囁かれるようになった頃。

『全ての真相が明らかに! カーヴァー一族惨殺事件究極攻略ビデオ』、という大袈裟な添え書きと共にビデオテープが辺境の警察署へと送り付けられた。

 生憎とビデオは子供の悪戯だという結論が下され、一度も再生されることなくくずかごへと放り投げられてしまった。

 その直後、警察署は突然降ってきたナウマンゾウの化石によって瓦礫と化した。


 この珍妙な警察署倒壊事故は、集団惨殺事件そっちのけでワイドショーを日夜騒がせ、惨殺事件の風化に大いに役立ったという。

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