異世界二回転 ~投げキャラスーパースター列伝~
一石楠耳
異世界転移・開幕五番勝負編
第1話 投げキャラVSゴブリン『一回転+P』
あらかじめお伝えしよう。ファンタジー世界のモンスターを、格闘ゲームのキャラクターがどのように倒すのか。これはそういう物語である!!
◆ ◆ ◆
「ゴブリンだと? 俺の世界では、おとぎ話の魔物か何かだったはずだが……要はつかんで投げてしまえば良いわけだろう」
レスラーマスクの大男は、そう言うなりゴブリンの両手をガッシとつかみ、回転しながら宙を舞った。
動きを封じられたゴブリンは、黒衣の男に上空へと引っ張られる。つかまれた腕を引き剥がそうと、もがく暇すら与えられず――。
上昇の頂点から一転、きりもみ状にて男とゴブリンは一斉降下!
ともに落下する二者を分かつ大きな違いは、着地時の立場の上下だ。レスラーのほうが上、ゴブリンのほうが下。
つまりは哀れなこのゴブリン、大男に突然両腕をつかまれたかと思えばグルグルと回転しつつ宙を舞い、平衡感覚を失ったところで急激に落下、地面に激突した暁には筋骨隆々の浴びせ倒しをその身に受けて、巨漢レスラーの下敷きという有様なのだ。
腕を強引に極められて左右に引かれたその形は、投げた側も投げられた側も、まるでその身で十字を描いているかのように見えた。
とか考えてる間に地面にビターン! ゴブリンの骨ボキィー!
焼かれた野には潰れたゴブリンとともに、十字の形の落下跡が残った。
「武器も持たずに、なんとすさまじい力……! おお、神よ……我らをお救いくださるために、このような戦士を遣わしてくれたこと、心より感謝いたします……」
「祈っている場合ではないぞ、そこの小娘! まだ敵は残っている。試合終了のゴングも鳴ってはいない!」
そう、ここは異世界――。リングではない。
空は青天井、大地は煙りくすぶる焼け野であり、対戦相手はルール無用の悪鬼どもだ。
だがしかし臆することなく大男は、はちきれんばかりに筋肉が詰まった神父服の胸元を、でかい平手でバチン! と叩いてみせる。「俺に任せろ」と言わんばかりの猛々しいアピールだ。
続いてゴブリン軍団の一人に向かって飛びかかり、150キロ超えの体重でボディプレスを仕掛けたのだから大したもの!
ましてや助走もないその場でのジャンプとは到底思えぬ、人間一人ゆうに飛び越えるほどの跳躍は、コーナーポストから飛びかかったかのような重みと勢いと破壊力と神の恩恵である。
ボディプレス直撃! ゴブリンはまた一匹、ぺしゃんこにならざるを得なかった。
「
2メートル超えの長身から振り下ろされる頭突きは、小さき身のゴブリンにはまるで杭打ちである。三匹目は地面に刺さった。今の頭突きで!
強烈無比のヘッドバットを食らわせたマスクマンの額には、先程自らが名乗ったリングネームを象徴するかのように、金のロザリオが掲げられている。
そう、彼こそはロザリオマスク。
十字の意匠を額にあしらった覆面をかぶるレスラーであり、身にまとうは特注サイズの神父服だ。
これが実際に神父であるというのだから恐れ入る!
体格のいいレスラーの中でも、2メートル超えにして150キロオーバーの重量級。異世界へと呼び出された屈強なる戦士は、神父であり、マスクマンだったのだ。
彼の背後で戦いを見守る少女は、おずおずと話しかける。
「ロザリオマスク……。あなたが額に掲げるその『
「そういう小娘もやはり、信徒の類か? 先程から祈りの十字を切る姿が見える」
「はい! 神官です!」
「異世界と言えど、聖職者の仕草や雰囲気には共通する物があると言うわけか。とは言え衣装は、まるでファンタジーRPGのようだな。コスプレまがいのその風貌、俺はてっきりラウンドガールか女子レスラーかと思ったぞ?」
「ラウンドガー……? おっしゃっている意味がよくわかりませんが、ロザリオマスク」
「異文化交流は後だ! まずは小鬼の群れをなぎ倒そう。どうやらこいつで最後のようだからな」
神父服の覆面男は、再び宙を舞った。広きその背で陽の光が一瞬覆われ、ゴブリンは暗き影に包まれる。
「この小鬼共、ストリートファイトの基本も知らんと見える。ならばこちらも安易に飛び込み間合いを詰めて、投げにて決着をつけさせてもらおう」
人間離れした跳躍力は、四匹目のゴブリンとの距離を一足飛びに縮め、目前に着地したかと思えば、目にも止まらぬ早業で小鬼の両手をつかみ上げ。
かくして再び、ダンスにエスコートするかのごとく相手の両手を握っての、十字のポーズの回転運動! 間合いを詰めた際のジャンプ力をさらに上回る、驚異的な上昇力。空中スピンからの急転直下、ゴブリンを下敷きにしてのボディプレス!
地面にビターン! ゴブリンの骨ボキィー!
焼かれた野には潰れたゴブリンとともに、十字の形の落下跡(ふたつめ)が残った。
「ロザリオマスク、その神がかった技はなんなのですか……? 相手をつかんで離さない腕力も、異常なまでのジャンプ力も、とても信じられない力です……! それがあなたの持つ『
「いいや? 俺のいた世界では、この程度のジャンプは皆こなしている。とは言え俺のような選ばれた戦士にしか、実現不可能な御業ではあるが……。しかし特筆すべきは、この投げだ! これぞ俺の必殺技!」
「必殺技?」
「その名も、スクリュー・プリースト・ドライバー!」
「スクリュー・プリースト……。あなたは司祭様なのですね?」
「ああ。コマンドはレバー一回転+Pになる」
「レバー……レバー一回転……? なんですかそれは」
ロザリオマスクは楽しげに解説した。
「ははは、そう驚くなシスター! たしかにレバー一回転には上要素が入っているからな、入力中にジャンプしてしまうだろうと思いがちだ。しかしそうした問題を解決するために、今見せたようなジャンプすかしプリーストなどでコマンド成立を簡単にすることも可能だ。安心したまえ」
「言っている意味が大半わからなくなってきましたけど……??」
「他にも小技を当てての当てプリーストや、ジャンプを経由しない立ちプリーストというのもあるぬうおっ!?」
話の腰を折ったのは、ロザリオマスクの腰に激突した岩だった。
振り向くとそこには、一定の距離を取って更なる岩を振りかぶる、半裸の大鬼の姿があった。
神父服の大男と、腰布ひとつの大鬼は対峙する。だが悲しいかな両者の間には十数メートルの開きがあり、かたや徒手空拳、かたや投石の準備中である。これでは勝負は一方的ではないか!
その事実を知っての笑みであろう。半裸の大鬼は牙をむき出してニヤリと笑って見せた。
「あれは……オーガ! 危険ですロザリオマスク、まずは一旦この場を離れ、態勢を整えましょう!」
「いいや、異世界転移早々の対戦乱入を、無碍に断るわけにも行くまい。俺は受ける!」
敵を組み敷こうとでも言うのか、両の掌を左右に構え、相手の出方を伺う姿勢でにじり寄るロザリオマスク。
しかし向かってくる攻撃は当然のごとく、オーガの投げた岩。出方を伺うも何もない、レスリングでは抗いようもない物理攻撃であり投石だ。若干ゴツゴツしていて尖っている部分もあるので当たったら絶対痛い。
果たしてこの攻撃をどう受けきるのか、そもそもこの男・ロザリオマスクとは何者か? 彼はどうしてここにいるのか。レバー一回転コマンドとは何なのか。
ならば、わずかに時間さかのぼり、このロザリオマスクが本来いた世界の話をしよう――。
そこは剣と魔法のファンタジー世界ではなく、ビル立ち並びオフィス街に人が行き交う文明社会。ところが治安は、お世辞にも良いとは言えなかった。
ここは超犯罪都市、アシッドシティ!!
「でいやーっ!!」
トレーニングルームで叫びを上げたのは、上半身裸の筋骨隆々な中年男性であった。
左右にひとつずつ吹き飛んだサンドバックが、彼の尋常ならざるパワーを示しているのは明らか。更にはバーベル代わりに鉄骨を片手で持ち上げ、振り回し、ドラム缶を割って、腕力を鍛えているではないか。
ここはアシッドシティの町長室備え付けのトレーニングルーム! あちらこちらに飾られるは、往年の活躍を伝えるトロフィーにチャンピオンベルト。そこで暴れる髭の中年男性こそ、この町の長である、M・C・シガー御当人なのだ。
そんな町長室に駆け込んできた眼鏡の女秘書は、
「シガー町長。暴力組織バッドビルによる被害報告が、町の内外から相次いでいます」
「ふむ……またか……」
その名に違わぬ
シャツとネクタイを手に取り、町長としてのデスクワークに戻ろうとしたその時。もうひとつの強力な武器が、彼の目に留まった。
「たしか君は今、報告内容でこう言ったな? 暴力組織バッドビルが、地下プロレスで闇興行を行って莫大な利益を得ていると」
「はい。シガー町長、まさか……?」
「ああ、ここはひとつ。町を救う
シャツもネクタイも鉄骨も全て手放し、髭の町長が新たに手に取ったのは、額に十字架を掲げたレスラーマスクであった。
そこから、この異世界に至るまでに起きた出来事が、走馬灯のように過ぎていく。
横転し炎上するトラックと、傷つき片脚を失った修道女!
地下プロレスにて対決するロザリオマスクと、ターバンを巻いたサーベルの男!
暴力組織バッドビルの賊に囲まれたロザリオマスク。彼を轢き殺そうと迫ってくるトラック!
崩壊するバッドビルのアジトで対峙する、道着の男とシガー町長!
懺悔室にて光の中倒れ伏す、傷だらけのマスクマン!
謎は深まる一方であるが、あらかじめお伝えしよう。これは弱き男と女が、戦い笑う物語である!!
これ以上の話をする前に、まずは邪魔な対戦者を倒さねばならない。
さあ、レバーを回したまえ。
次回、異世界二回転!!
対戦者、『岩投げの大鬼』オーガ!!
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