第13話 逡巡
一人暮らしをしているアパートに戻った健太は、電源の切れてしまったスマホを充電器に差した後、ベッドに横になった。
まったく、とんだ一日だった。
ただ、一応就職が決まった。どんな仕事かもよく分かっていないが。
夢見屋。
夢を叶える仕事。
いや、夢を見せる仕事か。
自分は夢など見たこともないのに。
果たして、自分に務まるのか。そもそも、そんな仕事がビジネスとして成立するのか。
なのに、勢いで怪しい仕事を引き受けてしまった。若さとは怖いものだ。
辞めるなら今の内だ。まだ、契約書も何も書いちゃいない。ただの口約束。
ノるか、そるか。
二つに一つ。
ただ、次の仕事でスグに辞めたくはない。
健太は既に前の会社を3年以内に辞めていたからだ。短期離職を繰り返したくはない。
そもそも、雇用主もよく分からない相手だ。詐欺という可能性だって十分あり得る。普通ならやらないだろう。
だが、何故だか、無下には出来なかった。
それは、マサムネがあの人に似ていたから。
ラーメンの食べ方1つで熱くなっていたあの人。思えば時代錯誤のロマンを大事にする人だった。
そんなもの、自分達の生きる現実には、何1つ必要ないのに。
夢は見れば見る程、辛くなる。
夢を現実と擦り合わせる作業は、やればやる程苦しくなる。
そんなこと、よく分かっている。
23年。他人から見れば、大した年数ではないかもしれない。だが、子供だった青年にとって、何かを悟るには十分過ぎる年数を生きてしまった。
夢や希望は捨てた筈だった。
もしかしたら、マサムネは夢見屋を通して、自分に夢を見せようとしているのかもしれない。
それほどまでに、今回のことは出来過ぎている。
俺の過去を知っていないと、こんな形で接触したりはしてこない。それも、俺自身も忘れてしまった過去を。
いや忘れようとしている過去を。
「向き合えって言いてぇのかよ.....?」
夢なんて幻想。
過去なんて、ただの記憶。
思い出なんて、墓場に持っていくことすら出来ないガラクタ。
今だけ。今だけなのだ、人生とは。
くだらない。くだらない。くだらない。くだらない。くだらない。くだらない。
世界なんて、嘘っぱちで、言葉で創り上げられた偽りの世界で、真実なんて、この世界にはどこにもなくて。そんな何も確かなものなんてない世界で、自分は消えていくのだ。その筈だ。その筈だった。
夢って何だよ。
そんなに大事か、そんなものが。
ただの言葉でしか表せない事象に、何の意味があるんだ。
俺はそんなものの為に生きるのか?
それが俺のやりたいことなのか?
俺は、どうなりたいんだ?
昼間、公園のベンチで呟いた、あの時と同じ疑問が頭に過ぎる。
正解なんて、自分の心の中にしかない。心なんてありもしないものの中にしかない。要はどこにもないもの。
大きく溜息を吐く。
「アホらし.....」
何を真剣に考えているのだか。
健太は深く考えることを辞めた。
というか、冷静に考えたら、夢見屋なんてよく分からない仕事を受ける方がおかしいのだ。柄にもなく、熱くなり過ぎていた。血は争えないのかもしれない。
飯にしよう、そう思いベッドから起き上がった時、充電の復活したらしいスマホの着信音が鳴り響いた。
「!?」
驚いて、スマホを手に取る。
知らない番号からだった。
他の面接先からか?
とりあえず、出てみる。
しかし、それは予想外の人物からだった。
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