第10話 問答

「俺が何者とか聞かなくて良いわけ?」

健太の問いに、浮浪者の男は、ニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。

「ヤツのことを知っている時点で、何者かなんて分かるからなー」

浮浪者の男は、口笛吹いて陽気なタップでも踊り出しそうなくらい、声色の軽い話し方をしていた。

健太は、わずかに見上げながら浮浪者の男の細い目を見据える。

「じゃあ、逆に聞きたい。アンタはあの髭のオッサンとどんな関係なわけ?」

「別に大した関係じゃあない。ただの架橋下のホームレス仲間。アンダー・ザ・ブリッジフレンドってやつさ。カッパはいないけどな」

「でも、アンタは今日の事件のことを知ってるだろ?」

浮浪者の男のヘラヘラと笑う表情は変わらない。

ただ一言、男は健太に問うた。

「どうしてそう思う?」

「勘」

即答すると、浮浪者は初めてニヤリ顔ではなく、口を開けて高笑いした。

「勘!久々に聞いたぜそのセリフ!非科学的で昭和的思考だが、おれは嫌いじゃあない。それに直感には脳という超高次機能の叡智が詰まってる!」

いきなり浮浪者のテンションが上がり、内心身じろぐ。明らかにヤバい奴だ。

そもそも浮浪者にまともな奴なんて、いるのかって話だけども。

「確かに俺は知ってる、今日のヤツが起こした事件を。なんせ、けしかけたのは俺だ」

浮浪者の眼光がギロリと光る。

ある程度の予想はしていたが、まさかの黒幕が自分からゲロった状況だ。さすがにビビる。

浮浪者の話は続く。

「ただ、俺は直接事件には関係していない。あくまで俺は、ヤツの心の火種を弄ってやっただけ。行動を起こしたのはヤツの意志だ」

「アンタの行動で、オッサンの人生が台無しになった筈だけど、それでも同じセリフが言えるのか?」

「もちろん。それに何か勘違いをしているようだが、今日行動していなくとも、ヤツはその内死んでいたんじゃないか?少なくとも孤独に耐えて生きられるヤツじゃなかっただろ?」

淡々と浮浪者が話す。

そうかもしれない。でも、そうでなかったかもしれない。この話は空想の域を越えることはないし、不毛なことに他ならない。

浮浪者の問いに答える代わりに、健太は質問を変えることにした。

「じゃー、何でけしかけたんだ?」

とんがり帽子のツバ越しに男のギラリと光る眼光が突き刺すように健太に向く。

「お前を試したかったんだよ」

「は?」

意味が分からない。

「って言ったらどーする?」

男の白い歯が眼光と同じく光る。

みすぼらしい風貌の癖に嫌な雰囲気を醸し出して来る。正直これ以上一緒の空間にいたくない。加齢臭で服が腐る。

だが引く気は起きなかった。

「漫画読みすぎ脳内お花畑クズ野郎ってあだ名付けてやるよ」

「そりゃあ良い!!」

ガハハハ!と浮浪者の男が高笑いをする。

ただ、すぐに男は笑顔を引っ込め、ギラリと光る眼光を健太に向けた。


「だが事実だ。お前を試したんだよ、白瀬健太。いや.....シラケン」


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