第9話 遭遇

その後、突入した警察官に髭の男は確保された。少女の身柄は保護され、健太は事情聴取を受ける為、署に連行された。

パトカーに乗ったのはのことだった。

前に乗った日のことは、、、あまり思い出したくもない。

警察署から解放されたのは、その日の夕方だった。状況証拠や髭の男との関連性の無さから無罪放免とされたが、今後は興味本位で行動せず、すぐに通報するようにと厳重注意という名のお叱りを受けた。

署から出ると、まさに沈もうとして赤く染まる夕暮れが出迎えてくれた。なんとなく夕暮れは嫌いだ。昔のことが頭に過ぎるから。

小さく溜息を吐く。

なんて休日だったんだか、まったく。

いや無職だから毎日休日ではあるのだけども。

全身から力という力が抜けていくのが分かる。

ただ、今から家に帰るというミッションがある為、足の力を抜くわけにはいかない。

とぼとぼ歩みを進めながら、赤く染まる空を見上げる。

何すれば良いんだか。

何も考える気は起きなかった。

何ともいえない喪失感だけがモヤモヤと心の中を漂っている。心なんてありもしないのに、心とはどうしてこうも人生に大きく干渉してくるのだろうか。

傷心に浸っても仕方ない。

人生は止まってはくれないのだ。

時間は流れ続ける。

時間が経てば、今日の日のことも、どうせ忘れる。そもそも、墓場に記憶は持っていけないのだ。嫌な記憶の一つや二つ、大したことでもない。

頭で分かっていても、人の心とは不思議なもので、簡単には精算させてくれない。

自分の今日やったことは、無駄だっただろうか。

答えが出ることはない。

グルグルと巡る思考に気を取られ、健太は前方から歩いてくる人影を見落としてしまっていた。

軽く肩がぶつかり、その衝動で顔を上げる。

「あ、えっと、すんませ.....」

さらに衝動的に謝ったのだが、ぶつかった相手も自分と同じく小さく頭を下げていた。

「いえいえ、こちらこそ。ぶつかってしまって申し訳ない。ちょいと考え事をしていて」

ぶつかってしまった男性は、一言で言えば浮浪者のような見た目だった。薄汚れたとんがり帽子を被り、ボロボロのカーディガンを羽織っている。背丈は少し自分より大きい。175cmほどだろうか。

まー、そんなことはどうでも良い。

ぺこりと会釈して踵を返したその時、浮浪者から思わぬ言葉が溢れた。

「いやー、最近、近所で仲良くなった髭の生えた男がいたんだけどねー、そいつが今朝以来消えちまってなー、いやぁ困った困った」

健太の足はピタリと止まっていた。

「年取っても悩みは取れんもんだよなー」

暢気に語り続けながら歩き去ろうとする浮浪者。

健太は、気が付くと踵を返して、浮浪者に詰め寄っていた。

「その髭の生えた男の話、詳しく聞かせてくれますか?」

浮浪者は驚いた表情をするかと思ったが違った。

まるで、健太が話しかけるのを予想していたかのように、満足げにニヤリと白い歯を見せた。

「喜んで」



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