授業13 母の味

 俺は食卓の椅子に座って母さんの料理が運ばれて来るのを待っている。

 母さんの料理を食べるのは久々だ。

 最後に食べたのはいつだったかな。

 ……ああ、確か俺がひきこもりになったことを教師から電話で聞いた母さんが様子を見に帰ってきた時だな。

 ということはほぼ一年ぶりか。

 なのに全くあの時のことを忘れていないあたり、母さんの料理にはそれだけのインパクトがあるってことだよな。


「お待たせしました」


 俺が思い出していると、母さんと青姉が料理を運んでくる。


「ありがとう」


 俺は青姉が持っているお盆を受け取ろうと立ち上がって手を伸ばす。

 青姉はワンピースから下はジーパン、上はTシャツとパーカーに着替えている。


「あっ、これは鈴のじゃないんだ」


 青姉はお盆を渡してはくれなかった。


「りっくんのはこっちですよ」


 後ろにいた母さんが、手にもったお盆を俺の前に置く。


「あ、ありがとう」


 俺は少し不信感を覚えつつ、お礼を言いながら席についた。

 机に並べられた料理は、サンマの塩焼きに味噌汁、それと白米に漬物である。

 どれも美味しそうだ。

 けど見た目も量もほとんど同じなのにどうして俺のだけ決まってるんだろう?


「どうかしたのか?」


 顔に出ていたのか俺を見た青姉が不思議そうに首を傾げる。


「い、いや、なんでもないよ。二人とも運んでくれてありがとう」


 気にしすぎだよな。

 きっと俺のだけ少し量多くしてくれてるんだ。うん。たまたまだ。


「ふふっ、それじゃあ食べましょう」


 料理を並べ終え、青姉は俺の横に、母さんは俺の前に座る。

 全員が席に着き、俺達は手を合わせ――


「「「いただきます」」」


 声の揃った号令を口にして、青姉と母さんはそれぞれ箸を持って料理を食べ始めた。

 二人は最初に味噌汁を飲む。


「美味しいです」


 青姉が母さんに言う。


「ふふ、ありがとう」


 母さんは嬉しそうに微笑む。

 俺はというと、自分の前に置かれた料理をただじっと見続けていた。

 手をつけようとしない俺に青姉が聞いてくる。


「食べないのか?」

「えっ? あ、食べる。食べるよ」

「りっくん、しんどいのなら無理して食べなくても良いですからね」


 母さんも心配そうな表情で俺を見て、優しく言ってくれた。


「大丈夫。食べるよ」


 俺は味噌汁の入ったお椀を持って恐る恐る中身を口へ含む。


「美味しい」


 味噌の上品な香りとワカメの味が見事に調和していてすごく美味しい。

 一口目が無くなると俺の口は早く次を寄越せと要求してくる。

 味噌汁の美味しさに安心した俺は素直にその要求を受け入れ、今度はぐびっと多めに口へ運ぶ。


「ふふふっ」


その時、母さんの深紅の瞳が怪しく光った気がした。


「んんっ!」


 俺は咀嚼し、異変に気づく。

 パキッと音がして、口内に強烈な苦味が広がる。

 ま、まさか、またなのか。

 俺はこの苦味に覚えがあった。


「ん? 鈴どうかしたのか?」

「ごくっ。ううん。だ、大丈夫だよ」


 サンマの塩焼きを摘まんでいた青姉が俺の顔を見て問いかける。

 俺は飲み込むのを拒絶しようとする体を気力で抑えつけ、口内の味噌汁を胃へ落とし、平静を装う。


「そうか。なら良いんだ。にしても早希さんの作ってくれたご飯美味しいな」


 良かった。青姉の方のご飯には入ってないんだ。


「そ、そうだね」


 俺は、上機嫌そうに笑いかけてくる青姉に同意し頷く。

 もちろん嘘なのだが、せっかく喜ぶ青姉にそれを悟られ母さんの評価を下げる訳にはいかなかった。

 そんなことをしたら後でどうなるかわかったもんじゃないからな。


「ふふっ、二人ともありがとうございます」


 母さんは上品に微笑んでお礼を言う。

 人のご飯にとんでもない物入れておいて良くそんな綺麗な顔で笑えるもんだ。

 俺は内心文句を言いながら必死で笑顔を心掛ける。

 きっとすごいひきつった笑顔になっているんだろうな。

 そう思いながらも、俺はこれは美味しいんだと自分に言い聞かせて次々と料理をかきこんでいく。


「お、美味しいな~」


 強烈な苦味や酸味、辛味や痛みまで感じて泣きそうになる。

 あー、本当に美味しいな。母さん自作サプリの入ったサプリ飯は……。


「ふふふっ」


 母さんは息子の俺にしかわからないぐらい僅かにだけ、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

 お母様、自分で作ったサプリや新薬を息子で試すのはそんなに楽しいですか?

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