第3話 双星

「さて、この中に入るだけでお前の体の情報がわかる。特に支障がないならば入りたまえ」

双星の研究室の中心には漆黒の筒のようなものがあった。

「大丈夫です。怖いことは何にもありませんから」

「は、はい」

心なしか震えながらブレスは筒の内部へと入っていった。

「では、そこでしばらく立っていてくれ。なに数秒あれば終わる」

かすかな駆動音と共にブレスの身体データが測定されていく。言葉通りに数秒で全てのデータは収集された。引き換えにブレスは酷い眠気に襲われることになった。なんとかおぼつかない足取りで筒の外へと出たがそれが限界だった。足から力が抜け、倒れ臥す。

「頭を打ったらどうする、危ないじゃないか」

それを校長が抱きとめることで難を逃れた。

「ああ、校長が受け止めるだろうと思っていた。そんなことよりこれを見ろ。余もこんなものは見たことがない」

「妾も驚きました。本当に稀有な子だったようですね」

双星が結果の束を校長へと投げ渡す。それを見た校長は目を見開く。

「これは……故障じゃないのか」

「そんなわけなかろう。正しく測定した、そしてこの結果だ」

校長が再度目を落とす。そこにははっきりと「測定結果 形成中」とだけ書いてあった。

「あの大きさになった人間が中枢の形成中なんてことがあるか!?」

「本来はありえない、だが見た目と中身が釣り合っていないことはままあるはずだが?」

「その通りです。つまりあの子はあの見た目で身体機能は胎児と同じように形成中というわけです。おそらく【恋人】との混ざりのせいです、そして生きているのも【恋人】であるおかげでしょう」

「……どういうことだ?」

「つまり、未熟な中身を【恋人】の力で無理やり動かしている。味がしないのも当然だ。そこまでの機能を有していないのだからな、これは推論だが今のままでは思考や肉体以外の機能は相当遅れる。いずれそのズレに耐えられなくなるだろうな」

「それではあの子は……!」

「早まるな。余は今のままではと言った。それならば変えてやればいいだけだ」

 鬼の双星がカルテをパンと叩く。

「ええ、そのための装置も薬も技術もここにはあります」

「やってくれるのか……」

「乗りかかった船という奴だ、なにその分の働きは育ってからしてもらう」

「きっと良いモルモットになってくれるでしょう」

校長が冷ややかな視線を送る。

「……冗談も理解できないのか」

「きっとハイセンスすぎたのです」

「そういう所が無ければ掛け値無しで尊敬できるんだがな……」

双星がブレスを指差す。

「口を開けさせろ、比翼連理の影法師あおいを使う」

「私も比翼連理の影法師むらさきを使います。くれぐれも動かさないように、手元が狂うと死んでしまいますので」

「分かった……」

校長の手がブレスの口を開く。その瞬間に周囲の器具や床などが輪郭を崩し影となる。

「そらっ」

「ここです」

双星の導きに従い影はブレスの口に中へと入り込んだ。

「余は腹の方をやろう」

「それでは妾は頭の方を」

双星の腕が目にも止まらない速さで動き出す。それはなにかを縫合するような動きと切るような動きの繰り返しのように校長には見えた。時折ビクンと震えるブレスを見つめ続ける校長には祈るほかにやることはなかった。

「ふうむ、やはり人間とは根本からして違うな。これが【恋人】の体か」

「誠にそうですね、頭の方もまるで勝手が違います」

「だが」「ですけど」

「余にできぬ施術はない」「妾ができない施術はないです」

突然二人同時に動きが止まる。そして懐から扇を取り出して相互に仰ぎ始めた。

「なにを……している?」

「ん?汗をかきそうだから涼んでいる」

「妾も同じです」

 予想外の応えに思わず校長が叫んだ。

「ブレスはどうなった!!」

ぬるりと。校長のそばに目隠しをした人形のようなものが現れる。不気味なことにその人形には額に目があった。

「魔眼をしまえ、余が失敗するわけないだろう。成功だ、これで年相応になった」

「物騒なものを消してくださいな、それにここがどこだかお忘れですか?」

「……分かった。非礼を詫びよう」

 人形はその姿を消した。

「気にしてない、お前がカッとなりやすいなんてこと300年前から知ってる」

「ふふっ、久しぶりに見ましたけどね」

 ころころと笑う姿は優雅だが今はそんなことをしている場合ではない。

「早く他の【貴不死人】を呼べ。目を覚ます前に全員集めなければならない」

「そうですね、早くしないと起きてしまいます」

「なぜそんなことを……」

「良いから早くしろ、場所はお前の屋敷だ」

「……分かった」

それぞれに役割と目的を持って行動する【貴不死人】ではあるが大至急と言われて集まらないほどの役割を背負っているわけではない。故に。ブレスの発見時と同じメンバーは速やかに集まった。

「で、なんでまた呼び出されたんだよ、よっぽどのことなんだろうな?」

「もー、そんなんだと早死にするよ?」

「はん?死ねるもんなら殺してみて欲しいもんだけどな。なんならやってみるか太陽」

「剛とは100年くらい前にやったでしょ?一週間くらいやっても決着つかなかったよね。もう飽きちゃった」

「けっ、あんときゃ真面目にやってなかっただろうが」

「ふふーん、そうでもなかったんだよ?」

 剛と太陽の間でばちばちと火花が散る。比喩ではなく実際に火花が出ている、それぞれの持つ力がぶつかって空間が削れているのである。

「やめてやめて、二人が喧嘩始めたら僕は一たまりもないんだから」

 匠が慌てて仲裁に入る。その顔は蒼白で本心で恐れているのが目に見える。

「そんなことをして積み上げた二人の技術が失われるなんて耐えられないよ!!」

微妙にずれた発言で場が白けた。

「……興ざめだ」

「だね、匠のそういうところも嫌いじゃないけど。今は良くないかな」

「へ?」

収まったところで双星がブレスを抱えた校長とともに姿を現した。

「茶番は終わったな?それでは諸君らをまた招聘した理由を教える」

「こちらをご覧ください」

双星がブレスを指差す。未だに眠っているブレスがそこにはいた。

「今からこの子供、ブレスの真なる意味での誕生が始まる。刮目せよ」

「くれぐれも目を離さないでください。刷り込みが不完全だと不都合ですので」

「……刷り込み?どういうことだ?」

訝しみつつもブレスをじっと見つめる【貴不死人】達。そしてブレスの目が開かれた。

「-------------」

ブレスは無言であたりを見渡す、それは品定めのようであった。それぞれの顔を十秒ほど見つめて次の顔へと視線を移す、それを全員分繰り返してブレスは一旦目を閉じた。

「--------すぅ……すぅ……」

そして寝た。

「ぅおい!!何も起きねえじゃねえか!!」

たまらず声を出す剛、事実目を開けて辺りを見渡してまた眠っただけなのだ。別に【貴不死人】を呼ぶ理由があったとは到底思えない。

「いや、これで良い。これで余達はブレスの親となった。詳しい話は匠に聞くといい、ブレスは匠の差し金だ」

「あちゃー、思ったより早かったな……やっぱり無理があったかな?」

「百歩譲ってお前の話を鵜呑みにしたとしても。記憶の部分が真っさらなのは流石に看過できまい。白状せよ、ブレスをどうやって持ってきたのだ」

「ほとんどは本当の話さ、実際に身篭った【恋人】はいたしその主人もいた。でも主人が病気で死んでしまった。一緒に消えるはずの【恋人】は我が子のために永らえたんだ。それを僕が見つけてね子供だけを引き取ったって訳さ。でも致命的な不具合があることを発見してね、僕じゃ治せなかった」

「それでこの場に話を持ってきたと」

「うん、きっと双星なら治せるし。僕が子育てできないのも本当だしね。いきなり頼んでも君らは了解しないと思って」

「余も暇ではない。確かにいきなり匠に頼まれても拒否しただろうな」

「でしょう?」

「ほーん、それでオレたちはお前の手の平の上ってか?」

「え゛?」

匠の頭を剛が掴む。

「いっぺん死んどけ」

「わわわ!!待って待ってブレスが目を覚ますよ!!」

「ああん?それがどうしたってんだ……よ」

見るとブレスの体は2歳ほどまで縮んでおりキラキラした瞳で【貴不死人】達を見つめていた。

「ぱぱぁ、ままぁ」

ブレスはにっこりと笑う。調整が施され内部と能力の一致し、完全に人と【恋人】の相の子となったブレスは内部の成長に合わせて肉体が変化した。そして幼いほど生物は庇護を必要とするために愛らしくなる、どんな幼体であってもそれは不変である。

ましてや【恋人】と人間の幼体など。人間にとって最も可愛らしく守らなければならない存在となるのに不思議はない。つまり。

『(なんだこの可愛い生き物は!!)』

【貴不死人】達が同じ感想を抱くのも仕方のないことなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フィリア・フォビア @undermine

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る