4-58 アドビスの目的

「いつこの島に着いた。ツヴァイス」


 カウンターに腰を下ろし、ティレグは遠慮なくワインを開けて飲む。

 ツヴァイスは差し出されたを片手で断った。


 この男の粗野な振る舞いはまったくもって好きではない。本当ならすぐにでもこの海賊を捕らえてアスラトルへ連れ帰り、仕置き波止場でつるし首にして、骨と皮がひからびて、それらがぶつかりからからと鳴るまで放置したい。

 けれどそんな不快さをおくびにも出さず、ツヴァイスは涼しい顔で答えた。


「さっきだよ。北の浜へウインガード号を停泊させている。ロワールハイネス号の姿は見なかったから、どうやらシャインは、夜明け前にいち早く島を離れたようだな」

「そうなるな」


 苦いものを噛み潰し、胸が悪くなったように、ティレグは床に唾を吐いた。

 一刻も早くここから立ち去りたい。

 そう思いつつ、ツヴァイスは猫なで声でティレグに話しかけた。


「それで先程の続きを聞こうか? 船長がシャインと共に島を出たのは確かに面倒な事だが……他に心配事でも?」


 ティレグがワインをビンから直飲みしてそれを机の上に置いた。

 ふっと酒臭い息を周囲に吐き出す。


「ヴィズルは俺達を裏切るかもしれねぇ」

「ほう……」


 ゆったりと肘を机につきながら、ツヴァイスは片眉を上げてみせた。


「どういうことだね?」


 ティレグはツヴァイスの方を見ず、目の前の空になったビンを睨み付けている。


「ヴィズルがアドビスを憎んでいるのは、月影のスカーヴィズを殺したのが奴のせいだと思っているからだ」

「そうなのだろう? あの男がスカーヴィズを手にかけたのだろう?」

「へっ……そいつが違うのさ」

「ほう。では誰がスカーヴィズを?」


 机に右手を付き、ティレグがツヴァイスに向かって身を大きく乗り出した。


「俺なんだよ。俺がスカーヴィズを殺したんだ。そのことを俺は奴に……あのアドビスの息子にしゃべっちまったんだ」


 ツヴァイスは黙ったまま銀縁の眼鏡をかけなおした。

 それは確かにまずい。しかもヴィズルがシャインの船に乗っている事は、海賊たちが何人も目にして、口々に言っていたから明白だ。


「なるほど、君の心配事はよくわかった」


 ツヴァイス笑みを浮かべた。ティレグは返って不安が増したように、そわそわと落ち着きなく体を動かして立ち上がる。


「てめえ、よくそんな涼しい顔してやがるな。ヴィズルが裏切ってみろ。アドビスを潰すどころじゃねえ! 俺達がアドビスに捕まっちまう!」

「座りたまえ」


 ツヴァイスは抑揚を抑えた声で一喝した。ティレグが右手の拳を振り上げかけ、それを渋々下ろして再び椅子に座った。


「何のために私がここに来たと思う? 最初からヴィズルを当てにしていた訳ではない」


 絶望感さえ浮かんでいたティレグの瞳に奇妙な輝きが生まれた。それをちらりと一瞥し、ツヴァイスは静かに椅子から立ち上がった。


「何、どのみちこの島がアドビスの墓場となる運命なのだ。ティレグ副船長。アドビスは後二日でこの島にやってくる。ヴィズルが裏切ろうと、シャインがアドビスの船と合流しようと、奴は必ず


 ごくりと、ティレグが生唾を飲み込む大きな音が響く。

 ツヴァイスは手袋をはめた右手で椅子に座ったティレグの頬を掴むと、どんよりとしたその目が、自分の顔をちゃんと見るように引き寄せた。


「アドビスの目的はなのだよ」

「そ、そいつは、一体」


 ツヴァイスは二十年前、この島で自分が目にした光景が、ふと胸に浮かんでくるのを止められなかった。


 甲板で力尽き倒れたリュイーシャ。彼女を腕に抱いて艦長室に消えたアドビスは、数分としないうちに部屋から出てきた。ただちに海兵隊を召集させ、ツヴァイスに船の事を頼んだ後、当直の者以外の水兵をすべて武装させこの島に向かった。

 海賊達をほふるために。


 あの夜から二十年という歳月がすぎたけれど、相変わらず海賊に対するアドビスの憎しみは消えようとしない。ツヴァイスは確信を持って口を開いた。


「あの男は二十年前、月影のスカーヴィズを殺した人間をずっと探しているのだ。だからお前がここにいる以上、アドビスは必ずこの島に来るのだよ」


 強く握ったティレグの頬が、手を通してぴくぴくと痙攣しているのが伝わってくる。頬の下でがちがちと歯が鳴っているのが聞こえる。


「アドビスが……俺を、殺しに来る……」


 すっかり青ざめて血の気のないティレグの顔を見ながら、ツヴァイスは薄い唇の両端に人間味の欠けた笑みを浮かべ呟いた。


「私の言う通りに動きたまえ。ティレグ副船長。そうすれば、私がお前を守ってやる」


 ティレグが目で訴えかけてきた。


「本当にか?」

「ああ。だがな」


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