テンカイ
ヒイロはシロと契約し、店を出て街についての説明をしていた。そして今はトウテキ亭という看板がかかった木造二階建ての一軒家二つ分程の長さの家屋の前にいる。
「――んで、あそこが俺が部屋を借りている宿屋だ」
「ふむふむ……ウトテキ亭ってところなんですね」
「ああ、人の良い主人がいるんだ。あと飯も美味い。今日はもう遅いし、ここで休もう」「ご飯が美味しい?! それは素晴らしいです! 早く入りましょう! 善は急げです!」
「食いつくと思った……」
扉を開け、中に入るとモスグリーン色のエプロンをした栗色の髪の少女が笑顔でこちらへやってきた。
「ヒイロさんおかえりなさい! ……あれ? お連れさまですか?」
「ああ、ラニーちゃんただいま。うん、今日会って、泊まる場所が無いらしいんだ。部屋空いてるかな?」
「はい! 空いていますよ! おかあさーん! 新規宿泊の方ー!」
「はいよー! 今行くよー!」
ラニーが階段に向かって声を上げると、上の階から大きく通る声で返事が返ってくる。
ヒイロは女将さん今日も元気だな、と思いながらラニーにお礼を言っていると後ろの裾を引っ張られた。後ろを向くとシロが不安げな顔で話しかけてくる。
「あ、ヒイロさん。ボク宿泊費……」
「ん? ああ、今日は俺が払っておこう。また稼いだらそれからは自分で……で大丈夫か?」
「ほんとですか……ありがたいです! ありがとうございます!」
「気にするな。あ、女将さん」
2人が話していると階段を降りる音が聞こえてきた。ヒイロとシロがそちらへ顔を向けると、恰幅の良いラニーと同じくモスグリーンのエプロンを着けた女性が降りてきた。
女性はヒイロとシロを見ると人の良い笑顔を浮かべ話しかけてきた。
「なんだいヒイロちゃん! こんなベッピンさん連れてきちゃって! ええ?! お嬢ちゃん名前はなんて言うんだい!?」
「ちょっいっいたっいたっ」
「えっえ、えっとシロといいます」
「シロちゃんかい! 綺麗な名前だねぇ! 綺麗な髪だし……ヒイロちゃんどこでこんないい娘捕まえたんだい!」
「あーーっ! 話を聞いてくれ女将さん! 俺とシロはそういう仲じゃないし会ったのは今日の昼過ぎくらいだ!」
「そ、そうです女将さん?! ボクとヒイロさんは……その、契約の関係です!」
「契約?! 契約って、神に誓ってする契約かい?!」
「え、あ、そ、そうと言えばそう、かも……?」
「ちょっと待てシロ! その言い方だとまためんどくさい方向へ」
「なんだいなんだい! やっぱりそうなんじゃあないか! 今日は特別メニューにしないとね! ラニー! 今日の夕食は例のアレをやるよ!」
「待て待て! 待ってくれ女将さん! ちょっと話を聞いてくれ!!」
「な、なんか凄いことに……」
この事態を収束する頃にはとっぷり日が落ち、女将さんの誤解を解きヒイロとシロが落ち着いて夕食を摂れたのは日が落ちてからしばらく時間が経ってからだった。
「ああ〜〜……疲れたぁ……」
そう言いながらヒイロは自室としている宿の一室に備え付けられているベッドに倒れこむ。そうして何度か伸びをすると、今日のことを思い返す。
森で薬草採取の依頼をこなしている時に発見した倒れている少女。慌てて駆け寄ると、華奢な体から想像もつかない腹の虫の声がして、思わず笑ってしまったこと。そしてどこに入っていくんだ、と思うほど多くの食料を平らげ、街へ案内してほしい、と言われたこと。
その少女――シロについては驚かされ、不思議に思うことがほとんどだ。
いくらこの街が流れ者、旅人が多いとはいえ、今まで見たこともないほど不思議で綺麗な色をした銀髪。そして青……青というより、蒼と呼びたくなるような綺麗な瞳。そして華奢な身体に扱えるとは思えない、非常に扱いの難しい双剣を軽々と振るいゴブリンを蹴散らしていく技量。
そんな少女が記憶喪失で少しの常識と、ほんの少し自分の事を覚えているだなんて。
「――まるで、御伽噺に出てくるイミター……みたいな」
そんな考えに思い至り、慌てて頭を振る。そうだ、そんなはずがない。そうであれば俺は彼女を……。
ヒイロは落ち着こうとベッドから降り、水を飲もうと机の上にある水瓶を手に取った。
水をコップに注ぎ、一気に呷り机に置く。一息つき、椅子に座り天井を見上げる。
ふと、物音がしたような気がして窓を見ると、ヒイロは目を見開き、そして何かを諦めたような表情をしたのだった。
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