雪国のあるおじいさんのお話

葵 悠静

雪国のあるおじいさんのお話

これは一年中雪が降るという雪の国に住む一人のお爺さんのお話である。


「今日もせっせと雪かきを始めるとするかね」


 お爺さんはコーヒーを飲んだあと、夜の間にたくさん積もった雪の雪かきをする。これがおじいさんの日課だった。


「あー、どっこらせ」


 おじいさんは庭に立てかけてある雪かき用の道具をとると、玄関前の雪を除けはじめた。


「今日も盛大に積もりおったわい」


「お爺さん、今日も朝から雪かきかい?暇人なんだねー」


 お爺さんに一人の小さな小人が笑いながら話しかける。


「暇人ではないぞ?この後学校へせっせと向かう子供たちのために、道路上にある雪に横によけてもらってるのじゃ」


「……結局はそれも雪かきだよね? やっぱりお爺さんは暇人だね」


「わしは雪が好きなのだよ、でも他の人たちは雪に慣れてしまって雪を邪魔者扱いする。悲しいことだとは思わんかね?」


少し寂しそうに話しながら、お爺さんが振り返ったときには小人はそこにはいなくなっていた。


「ひとりごとか……。まあいいんじゃがな」


 今日もせっせとお爺さんは雪かきをする。

 誰に頼まれたわけでもないのに、いろんな家の前の雪かきをしている。

 でもお爺さんは町の人に今まで一回もお礼を言われたことはない。


 お爺さんもお礼されるなんて望んでいなかった。


「今日も景気良くたくさん降りおったなあ、いいことじゃ」


 お爺さんは地面に降り落ちてくる雪たちにやさしい笑みを浮かべていた。


「お爺さん、どうして雪に笑顔を振りまいているの?雪に笑顔をむけたって感謝なんかされないよ?」


 またお爺さんの近くに小人が現れた。


「感謝?わしがそんなこと望んでいるように見えるか?わしは、雪が好きだから皆に邪魔者扱いされぬように、踏まれてしまわぬように、道路わきによけてあげているだけじゃ」


 お爺さんは雪かきをしながら小人たちに話しかけた。


「わしはもともと太陽の国の生まれでな。太陽の国は一年中太陽が光り輝いていて雨すらも降らなかった。だから雪なんて見たこともなかったのじゃ、よく水不足で悩まされたものじゃよ」


お爺さんが遠い眼をして感慨深くなっていると、小人たちは先をせかすようにお爺さんの腰を小突いた。


「ああ、すまんな。歳をとると昔が恋しくなる時があるのじゃよ。わしは奥さんに嫁いでこの国に来た。すべてが驚きだったよ。太陽なんて見えない。わしが当たり前だと思っていたものが簡単に崩れた瞬間だった。世界は広いものじゃとその時痛感したよ」


「奥さんはどうしたの?」


「さあなー、わしが雪かきをしていたある日、突然いなくなったのじゃ、わしは雪に吸い込まれたんじゃないかと考えておる。」


「雪に吸い込まれた?」


「そうじゃ、スーッと雪の中に消えていったのじゃ。……話がそれてしまったな。どこまで話したかの……そうじゃ、わしは太陽がないのに、どうしてこんなに明るいのだろうと疑問に思うた。そして気づいたのじゃ。地面に降り落ちている雪が自ら輝いているのだと」


「そんなことないと思うけど」


「わしはその時の雪たちに生命を感じたのじゃ。それくらい感動した。白い町に。地面に輝く雪たちに。簡単に言うなら一目ぼれじゃな」


「雪に恋するなんてやっぱりお爺さんは変わっているね」


「そうじゃな、わしは変わっているのかもしれんな。人ではなく雪を守るために雪かきをしているのじゃから」


 お爺さんは一度手を止めてから、小人たちにやさしく微笑むと、また雪かきを再開させた。


「まあ……僕はそんなお爺さんが好きだけどね」


 小人は照れくさそうにはにかむと静かに雪の中に消えていった。


 

「あらー、今日も雪かきが終わっているわ」


「うちもですよ奥さん」


「だれがしているのでしょうね、私達が起きた時にはもう終わっていますものね」


「子供たちが通う道もちゃんと雪かきされていますしね」


「今日はだれの家のコーヒー豆がなくなっていたの?」


「私の家ですわ、こんなに雪かきをしてくれるのならコーヒー一杯なんてどうぞお飲みくださいって感じですけどね」


「ホント、この国には雪の精霊でもいるのかしら」


「精霊といっても雪かきの精霊ね」


 雪の国に住む奥さんたちの井戸端会議は雪かきの話から始まり、雪かきの精霊へのねぎらいの言葉で終わる。



 お爺さんは今日も早起きをしてコーヒーを飲んでから雪かきを始める。


 しんしんと降ってくる雪たちをやさしくなでながら。


 ここは一年中雪が降る雪の国

 でも町の人達は一度も雪かきをしたことがないちょっと変わった国

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